第032話 裏……庭?

 寮での生活もだいぶ慣れてきた。今日も炊事、洗濯、お掃除を終え、夕食の準備を済ませ、裏庭に造った畑の世話をしている。


「ウォンウォンッ」


 ユキが付近を走り回り、マルは日の当たる温かい場所で日向ぼっこ。

 

「ふぅ……もうそろそろ収穫かなぁ」


 僕は作業がひと段落したところで昨日よりもかなり大きくなった大木を見上げる。


 その枝には丸々と太った果実がっていた。


「うぉおおおい!! な、なんなのじゃ、これはぁああああっ!!」

「あっ、学園長。どうかしましたか?」


 僕が作業をしていると、学園長がやってきて何か叫んでいる。


「どうしたもこうしたもあるか!! なんなのじゃ、これは!! 山はどこに行った!! 山一つ消えとるではないか!!」

「え、学園長にこの裏山より北は全部学園の土地だと聞いて、畑を作ってもいいかって相談したら「好きにせい!!」っていってましたよ?」

「何してくれてんじゃ、過去のワシ!?」


 なんで怒ってるんだろう……あっ、分かった!!


「もしかして畑狭かったですか? すみません」

「逆じゃ、逆!! 広すぎるんじゃ!!」

「え? 畑ってこのくらいは普通なんじゃ?」

「そんなわけあるか!! 農家でもないウチの家庭菜園なんて裏庭くらいがせいぜいなもんじゃ!!」


 なんと、そうだったのか……全く知らなかった……実家の畑はもう少し大きかったからてっきり……。


「それよりもなんじゃあの木は!! どう見ても普通の木ではなかろう!!」


 学園長がビシッと大きく育った大木を指を指す。


「いや、普通の桃の木ですけど……」

「桃の木はあんなにデカくならん!! 朝までは何もなかったであろう? なんでしばらく見ないうちにこんなにデカくなっておるんじゃ!!」

「これくらい普通ですよね?」


 桃の木は数週間くらいで育つ。最後の方は一日で百メートルくらい背が伸びて、数日で樹高が数百メートルを超える。


「違うわ!! 普通は収穫まで何年も掛かるんじゃ!!」

「そうなんですか? 婆ちゃんから教わった肥料を撒いて育てたらこのくらいになりますけど……」


 木が育つのに何年も掛かったら、すぐに食べられれない。皆そんなに我慢できるのかな。僕だったら、そんなに待てないんだけど。


「はぁ……どう考えても普通ではないわ。それにあの果実は文献で読んだことがある。桃ではない。仙桃ってやつじゃ。千年に一度しか実を付けないと言われる不老長寿の実じゃぞ?」

「いやいやいや、それはないですよ。実を付けるのは千年に一度じゃないですし、寿命が延びたりもしません。ただの桃ですって。現に食べていた婆ちゃんも死んじゃいましたし」

「ううむ。それを言われれば、確かにそうなのじゃが……」


 僕の返事を聞いた学園長が顎に手を当てて考え込む。


 もし、この桃が仙桃だったなら、婆ちゃんは死ななかったし、ここにくることもなかったはず。


「いやいやいや、それだけではないぞ!! 畑になっている野菜も果物もどれも希少な品ばかり。やはりこの前食べたのは伝説のアーマオではないか。他にもホースイやデーラウェア、サトゥーニシキ、オーリン、幻の能力値アップの果物ばかりじゃ」

「あはははっ。そんなはずないじゃないですか。全部普通のイチゴに梨、ブドウとさくらんぼにリンゴですよ。折角だから食べてみますか?」


 さっきまで問い詰められていたのに、急に褒められて恥ずかしくなったので勧めてみる。


「う、うむ。食べればハッキリするであろうからの。いただこうではないか」

「分かりました」


 僕はそそくさと収穫してザルに載せて学園長に渡した。


「これは……!!」


 学園長は果物を齧った瞬間、目をカッと見開いた。


「どうですか?」

「うまぁああああああああああああいっ!!」


 返事は大きな叫びとなる。


 僕も少し食べてみたけど、いい出来だと思う。これで今後裏庭ですぐに必要な食材を調達できるようになる。


 牛肉や鶏肉、卵なんかも近くの山で獲れるようにしようかな。


「あぁああああああっ!! 学園長先生が何か食べてる!! ってなにここ!? 山は!? 何あのでっかい木!!」

「昨日まで何にも見えなかったはずなんだけど、いつの間にあんなに大きな木が現れたのかしら……」


 学園長の叫びを聞きつけたのか、ラピスさんとルビィさんが裏庭にやってくる。

 

「あっ、ラピスさん、ルビィさん、おかえりなさい。どうですか? ご飯前ですが、少し食べますか?」

「あ、うん食べる!!」

「勿論食べるわ」


 二人も学園長と同じように美味しそうに食べてくれた。


 料理もそうだけど、自分が作ったもので人が笑顔になるのを見ると、作って良かったなって気持ちになれる。


 この後、翡翠さん、セルレさん、コクヨウさんもやってきて皆に食べてもらった。


 皆凄い勢いで食べてたけど、夕食に支障が出るので止めてもらって、夕食の後に改めてデザートとして提供することに。


 甘いものは別腹、という婆ちゃんから聞いた言葉の通り、彼女たちはご飯をモリモリ食べた後、さらにフルーツをモリモリ食べていた。


「失礼します!!」

「どうしたのじゃ、キリカ」


 団欒をしている所にキリカさんが息を切らし、血相を変えて飛び込んでくる。


「魔境で大氾濫の予兆ありです」


 僕にはよく分からなかったけど、皆がゴクリと喉を鳴らした。

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