第027話 普通のイチゴのショートケーキ

「あっ、ハンバーグ」


 ユキが離れたルビィさんが配膳をする僕の方にやってきて、今日のメイン料理を見るなりポツリと呟く。


 そう。今日のメイン料理はハンバーグだ。豚キングの肉と牛肉の合い挽き肉にしてみた。なかなか悪くない味になったと思う。


 そういえば、彼女たちの好き嫌いを聞いていなかった。


 寮母として大失態だ。後で改めて確認しておこう。


「もしかして、嫌いでしたか?」

「き、嫌いじゃないわ。む、むしろ……好きよ、ハンバーグ」


 ルビィさんが、少し恥ずかしそうに視線を逸らして呟く。


「ホントですか!? 良かったぁ。ウチでは婆ちゃんがお祝い事の時によく作ってくれた料理で、僕もつい作ってしまったんですが、口に合わなかったら申し訳なかったので」


 主役のルビィさんが嫌いじゃなくて良かった!! 好物みたいだから、学食で食べていた物に見劣りしないといいんだけど。


「あ、あんたの料理は美味しいから、な、なんでも大丈夫よ」

「ありがとうございます!! これからも頑張りますね!!」


 僕はルビィさんに褒められて無意識に頬が緩んでしまった。


 期待に応えられるように日々思考錯誤していきたい。




 配膳を終え、揃ったのでユキと戯れるのを止めてみんな席に着く。


「今日はすんごい豪勢だね!! ハンバーグ美味しそう!!」

「はい、ルビィさんの労いも兼ねて少し頑張ってみました」

「うふふっ。これからお仕事を頑張った後にこんな美味しそうな料理が食べられるんですね。張り切ってしまいそうです」

「依頼、頑張る」

「私はその前に魔装を……」


 ルビィさんだけでなく、他の皆も嬉しそうな反応をしてくれるので僕も嬉しい。


「ルビィさん、今日はお疲れ様でした。いただきます!!」

『いただきます!!』


 全員の目が料理に釘づけて、もう我慢できない様子だったので、すぐに挨拶をして食べ始めた。


 学園長はよく分からないけど、すぐに酒をぐびぐびと飲み始める。


『美味しい!!』

「ありがとうございます」


 一口食べた途端、口を揃えて寮生と学園長がそう言ってくれるだけで心が温かくなる。


 それからしばらく皆無言で料理を食べていた。


「そういえば、今日、ここにフェンリルが向かって来てたらしいよ」


 ある程度満足したところでラピスさんが今日の出来事を話し出す。


「私は依頼に出てたから分からないのよね」

「私はいつでも出撃できるように準備しておくように言われて待機していました」

「こ、校舎内がバタバタしてたのは、そ、そのせいだったんですね」

「う、うむ」


 ルビィさん、翡翠さん、コクヨウさん、そして学園長が反応する。


 セルレさんだけは未だにモキュモキュと料理を頬張っている。リスみたいに両頬が膨らんでいて可愛らしい。


 寮生の中で一番小柄なのに一番食べている。凄い食欲だ。


「フェンリルってなんですか?」

「最も強いと言われる区分に属するモンスターですね」

「えぇええ!? そんなモンスターが近づいていたんですか……それは怖いですね」


 どんなモンスターか知らないけど、凶悪なモンスターの中でも最強となると、それはそれは僕なんか一瞬で食べられてしまうくらいに強いはず。


 恐怖で思わず体が震えた。


「レイさん、大丈夫ですよ。学園長先生が倒してくれたそうですから。そうですよね?」

「う、うむ。ワシに掛かれば、神級モンスターの一匹や二匹朝飯前よ、かーっかっかっ!!」


 翡翠さんに話題を振られた学園長は、グラスに入ったお酒をぐいっと煽った後、自信ありげに笑いながらふんぞり返った。


 先ほどまで様子がおかしかったけど、すっかり元に戻ったみたいだ。良かった、良かった。


「流石、学園長ですね!!」


 やっぱり、モンスターと戦う戦乙女を育てる機関の一番トップの人は強いんだなぁ。見た目が小さな女の子だからって絶対怒らせたりしちゃだめだ。


 僕は気を付けようと心に誓った。


「はーい、お待ちかねのデザートですよ」


 セルレさんが料理を全て平らげた後で、僕は今日のデザートであるイチゴのショートケーキを持ってきた。


「なにこれ、パーティとかに出てきそう」

「何段になってるのよ……」

「まるでパティシエが作ったみたいですね」

「芸術……」

「綺麗で食べるのが勿体ないですね……」


 テーブルに置くと、皆がまた褒めてくれる。頬が自然に緩んでしまうけど、だらしない顔にならないように必死に務めた。


「こ、これは!?」


 その時、顔を真っ赤にした学園長が目をカッと見開いて立ち上がった。


「ど、どうかしましたか?」

「これはアーマオではないか!!」


 僕が恐る恐る尋ねると、学園長はテーブルをドンと叩いて叫ぶ。


 答を聞いた皆は各々頭をひねっている。僕も同じだ。


「学園長先生、それはいったいなんなのですか?」

「う、うむ。アーマオというのは、一粒食べれば、重傷でも一瞬で回復させ、疲労も全て消し去ってしまう、百年に一度しか実を付けないとても希少な果物じゃ」

『えぇえええええええっ!!』


 翡翠さんの質問の答えを聞いた皆が驚きで叫んだ。


 まさかそんな果物があるなんて知らなかった。


 でも、学園長は勘違いしている。


「いやいや、それはないですって。これはイチゴっていう果物でアーマオではないですよ。全然希少じゃないですから。実家の周りに沢山成ってますよ」

「バカを言うでない!! アーマオがそんなに沢山あってたまるか!!」

「いやいや、ホントですって。今から証拠を見せますね」


 認めようとしない学園長に僕はエプロンから収穫してカゴに入れてあったイチゴを取り出して皆に見せた。


「ホントだ。いっぱいある」

「これだけあったら、伝説の果実ってわけじゃなさそうね」

「そうですね」


 パンパンに詰まっているイチゴを見て寮生たちが僕の考えに同意する。


「そうかのぉ……」


 学園長もおかしいと思ったのか、腕を組んで悩み始める。


「ほら、学園長はお酒飲んでますから見間違えちゃったんですよ。それよりも、折角レイさんが作ってくれたのですから。早く食べましょう、ね?」


 最後まで悩んでいたけど、翡翠さんに促され、渋々頷いた。


 切り分けて皆の前に置いて、紅茶を用意する。


「なんじゃ、これ。うま、うっまぁ!!」


 学園長は滅茶苦茶食べた。それも一番おいしそうに。


「うわぁ、いくらでも食べられるよ」

「私も。ずっと食べたいかも」

「でも、そんなに食べたら、太ってしまいますよね」

「乙女としてとても悩ましい選択」

「で、ですねぇ……」


 皆も最初は美味しそうに食べていたけど、今は深刻な表情をしている。


「どうかしたんですか?」

「いや、ケーキ沢山食べたら太っちゃうなって」


 僕の質問にラピスさんが答え、皆も同じようにウンウンと頷く。


「ケーキって食べたら太るんですか?」

「え? 違うの?」

「えっと、婆ちゃん言ってましたよ? うちのケーキは食べても太らないって」

『……』


 僕の返事に皆が沈黙する。


 おかしなこと言っちゃったのかな……。


『はぁああああああっ!?』


 僕が不安になっていると、数秒後、皆が絶叫した。

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