第026話 犬と戯れるだけの話

 ラピスさんの帰宅を皮切りに、他の寮生も帰ってきてお風呂に向かう。


「来たぞー」


 それと、今日も学園長の声が聞こえてきた。


「おっ。今日は豪華じゃな」


 食堂にやってきた学園長はテーブルの上に並ぶ料理を見渡しながら呟く。


「はい。ルビィさんがモンスターの討伐に行かれたので、その労いにと思いまして」

「そ、そうか……」


 僕の返事を聞いた学園長の表情が曇った。


「どうかしましたか?」

「いや、何でもない」


 気になって尋ねてみたけど、はぐらかされてしまった。


 何か思うところがあるのかもしれないけど、これ以上聞いても教えてくれないだろうな。


「そういえば学園長。ここのところ、毎日来てますね」


 学園長は寮生でもないのに、毎日寮にやってきてご飯を食べて帰っている。それがちょっと不思議だった。


「お主の料理が美味しくて、ついの」

「それは嬉しいです。今日は多めに作ってるので大丈夫ですけど、できれば事前に言ってもらえると助かります」


 お世辞でも褒めれるのは嬉しい。


 でも、僕の料理が偉い人が食べる料理より美味しいとは思えない。まだ数日しか経っていない僕のことが心配で様子を見に来てくれてるのかも。


 学園長も優しいな。ここには優しい人たちばかりしかいない。


「ふむ。それじゃあ、ワシもここに住もうかの」


 顎に手を当てて少し考えるような仕草をした後、学園長はポツリと呟いた。


「えっと……それはありなんですか?」


 思わぬ返事に僕は困惑する。


「ありもあり。ワシ、学園長じゃから」

「そうですか。本当にありがとうございます」


 偉そうにふんぞり返ってニヤリと笑う学園長に僕は頭を下げた。


「なんのことじゃ?」


 学園長は恍けているけど、僕のことを心配して住み込みまでしてくれるなんて、感謝しかない。


「ワフッ」

「ひょえっ!!」


 私もいるよ、と言わんばかりにユキが鳴いて僕たちの会話に割り込んでくる。学園長はユキのことを忘れていたのか、声が聞こえた途端に飛び上がった。


「だ、大丈夫ですか?」

「う、うむ。大丈夫じゃ、大丈夫……そう言えばここにはフェンリルが……」


 あまりの驚きように心配になったけど、学園長がそう言うのなら問題ないか。


 ユキが学園長の足元を体を擦り付けながらクルクルと回る。


「ひょわわわわわっ!!」


 学園長が変なポーズを決めて固まった。


「ふぅ~、良いお湯だったわ。あっ、学園長、今日もいらっしゃったんですか?」


 そこに、ルビィさんからお風呂を上がってきて食堂にやってくる。


「う、うむ」

「何かあったんです?」

「い、いや、なんでもないのじゃ……」


 不自然な格好をしている学園長にルビィさんは首を傾げる。


 本当にどうしちゃったんだろう。最初は普通だったと思うんだけどな。


「クゥンッ」

「ひっ!!」


 ユキがルビィさんの足元にすり寄っていくと、学園長がまた飛び上がっておかしなポーズで固まった。


 もしかして、何かの遊びなんだろうか。


「あ、何この犬、可愛い」


 ルビィさんはしゃがんでユキの頭の後ろの辺りをワシャワシャと撫でる。ユキは気持ちよさそうな顔をしながらルビィさんに頭を擦り付けた。


「うふふふっ。くすぐったいわ」


 ルビィさんは嬉しそうに笑う。


 なんだろう。ルビィさんから感じていたとげとげしい雰囲気が消えた気がする。今までのルビィさんも可愛いと思うけど、こっちの方が魅力的だ。


「あわわわわ……」


 その様子を見て、学園長は口元に手を当ててなぜか顔を青くしているけど、本当に大丈夫なんだろうか。


「あっ、ルビィ、ズルい。私もユキちゃん触りたい」

「この子、ユキっていうのね。飼うの?」


 こんなに自然にルビィさんに話しかけられたのは初めてかもしれない。


 それがなんだかとても嬉しい。


「はい。今日みたいに僕が出かけることもあるので、誰もいなくならないように、留守番をさせようかと」

「あ~、そう。それは良い考えね」

「ひょわぁっ!?」


 ルビィさんと話している間も学園長は変な踊りを披露している。


「あら、こちらは狼……でしょうか?」


 翡翠さんもお風呂から上がってきてユキを見つける。


「狼ってなんですか?」

「うーん、犬の祖先で鼻の部分が長くて歯牙の大きい動物ですね」

「へぇ、そんな生き物も居るんですね」


 初めて聞いたので感心する。世の中には僕の知らないことが沢山ありそうだ。


「ウォンッ」


 話を聞きつけたユキがルビィさんたちの許を離れ、構ってほしそうに翡翠さんの足に絡む。


「あら、可愛い。狼にしてはとても人懐っこいですね、やはり犬、なんでしょうか」

「ひぃええ……」


 翡翠さんがしゃがんでユキを目を細めて撫でる。ユキはなすがままに気持ちよさそうに目を細めた。


 学園長はまた妙な声を出しながら、顔を強張らせた。学園長の顔が百面相をしている。めちゃくちゃ気になる。


「犬。可愛い」

「犬!? ひぇ、ちょ、ちょっと怖いかも」


 そして、最後にセルレさんと、コクヨウさんが一緒に戻ってきた。


 セルレさんが積極的にユキを触りにいき、モフモフする。ユキは嫌がることなくされるがままだ。ほとんど無表情だけど、ほんのり頬が上がっているように見える。嬉しいのかな。


 コクヨウさんは動物が苦手なのか、少し怯えている。


「コクヨウ、大丈夫」

「う、うん」


 コクヨウさんもセルレさんの様子を見ていて安全だと分かったのか、セルレさんに促されて恐る恐るユキの頭に手を載せた。


 僕も小さな頃、蛇に触れるのを怖がっていたのを思い出す。初めての動物を触るのって怖いこともあるよね。毒があったりもするし。


「ふぅ~」


 何事もなく撫でられて安心したのか、コクヨウさんは深く息を吐いた。


「ひょわぁあああああああっ!!」


 学園長は僕たちがユキと戯れている間ずっと奇声と奇行を繰り返し続けた。


「学園長、本当に大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫じゃから!! 大丈夫、大丈夫……」


 どうしても気になって声を掛けたけど、学園長は大丈夫の一点張りだった。



 ◆   ◆   ◆



 あ、あぁ~、いつ食いちぎられるか分からないのに腕を差し出して……いつ丸かじりされるかも分からないのにあんなに舐められて……。


 あわわわわわわわ……。


 レイがユキを従えてると言ったものの、相手は人を喰らう最強のモンスター。魔法的な制約もない以上、いつどうなるか分かったものではない。


 こやつらはユキがフェンリルだと知らないからいいものの、知ってるワシにとっては恐怖そのものじゃ。


 本当に気が気じゃない。


 さっきここに住むとか言ってしまったが、無しにならないじゃろうか?


 こ、怖いよぉ~!! だ、誰か助けて!!

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