第025話 揺れる乙女(?)心

「心中お察しします」

「ああ、すまぬな。みっともない所を見せた」

「いえ、とんでもありません」


 後ろからキリカに声を掛けられたワシは、そそくさと立ち上がった。


 皆もキリカの言葉に同意するように何度も頷いている。


 あれを見せられて正気でいられる者は少ないじゃろう。フェンリルを瞬時に倒して手懐け、本当に犬のように扱っておるのじゃから。


 レイはなんとも思っておらなんだが、こっちは目と鼻の先にずっと"死"をチラつかされて気が気ではなかったわ。


 思い出すと体がぶるりと震える。


 レイの相手は命がいくつあっても足らんな。後でまたご飯をせびりにいかねばなるまい。


「ここで起こったことには緘口令かんこうれいをしく。くれぐれも他言無用じゃ。フェンリルは我々が討伐した、ということにしておく。その方が住民たちも不安にならんですむじゃろう。あまりに一瞬過ぎて住民も何が起こったのかまでは分からんじゃろうしな」

「承知しました」


 ワシの言葉に、キリカに倣うように全員が頷いた。


 まぁ、実際に起こったことを話したとしても信じる者は皆無じゃろうが、どこから漏れるか分からん。口止めしておくにこしたことはあるまい。


 それに悪いことだけでもなかった。


 神級モンスター相手に誰も死なずに済んだんじゃから大金星じゃ。それに、今後はあの神級モンスターのフェンリルが味方になってくれる。それを考えれば、これほど心強いことはないじゃろう。


 レイが味方である限り、という条件が付くが。


 だから、ますますレイを他所よそにはやれなくなった。なんとしてもウチで囲い込まねばなるまい。


「よし、引き上げるぞ。急に呼び出してすまんかった。戻り次第、ゆっくり体を休めてくれ」

『はっ』


 ワシはこれからのことを考えながら街へと引き返した。



 ◆   ◆   ◆



「ふぅ……ま、まぁまぁね!!」


 私は依頼の帰り道で、朝の分だけでなく、お昼の分のお弁当も全て食べてしまった。安心したら、物凄くお腹が空いてしまったのだから仕方がない。


 本当にレイの料理ってどれもそこそこよね…………んーん、もう、意地を張るのはよそう。本当はめちゃくちゃ美味しい。


 確かにアイツとの出会いは最悪だったけど、アイツはきちんと寮母としての仕事をこなそうと頑張っていたし、確かに結果を出していた。


 家が一日で新築みたいになるとか、ご飯を食べると一日数倍の力が出るようになるとか、予想の斜め上だったけど。


「はぁ……でも、よりにもよって、アイツがとんでもなく強いだなんてね……」


 空を見上げて呟く。


 それに、今回私はアイツには命を救われた。アイツがいなければ私は生きていなかったと思う。


 帰ったら、お礼を言って、今までのことを謝らないと。


 そして、アイツに寮母を続けてもらうんだ。



 ◆   ◆   ◆


 

 寮へと帰ってきた僕は今日のお仕事を済ませた。ユキも手伝ってくれたおかげで割と早く終わった。


 今日はいつもより沢山作るので、早めに料理を作り始める。


 豚肉が沢山あるから使いたいけど、お祝いとなるとやっぱりアレかなぁ。ウチではお祝い事となると、アレ作ってたし。


 よし、僕は今日のメイン料理を決めた。


 メイン料理を作りながら、サブで豚肉を使った肉料理と、冷しゃぶサラダなんかを用意して、スープはメイン料理に合わせたポタージュを作った。


 最後にデザートのとっても美味しいイチゴのショートケーキを作って完成だ。


 ルビィさんは喜んでくれるかな。


「た、ただいま……」


 ちょうどその時、ルビィさんがなんだかモジモジした様子で食堂に入ってきた。


「あっ、おかえりなさい。お仕事お疲れ様でした!!」

「あれはほとんどあんたが…………いえ、なんでもないわ。きょ、今日はその、あ、ありがと……た、助かったわ」


 何か言いかけたけど、首を振った後、ルビィさんが顔を赤らめて僕に礼を言った。


 多分お弁当を忘れたのが恥ずかしいんだろうな。


 あれ? もしかしたら、食材を獲ってくれてたのも、お腹が空いて豚を丸焼きにして食べようと思ったついでだったとか?


 ルビィさんは料理はあまり得意じゃないのかもしれない。


「いえいえ、お弁当を届けるくらいわけないですから」

「そういうことじゃないんだけど……はぁ……まぁいいわ。後、私、そのあんたのこと――」


 なんとも言えない表情をした後、ルビィさんが意を決したような顔になる。


「たっだいまー!!」

 

 しかし、ラピスさんの声が遮って良く聞こえなかった。


「ルビィさん、すみません。聞こえませんでした。なんでしたか?」

「あ、いや、わ、私お風呂入ってくるわ」

「あ、はい」


 聞き返したけど、ルビィさんは首を振って僕に背を向ける。


「覗くんじゃないわよ?」

「わ、分かってますよ」


 振り返って念を押してくるルビィさんに慌てて返事をした。


 実際、二回も覗いてるから信じられないか。


「ふんっ」


 ルビィさんは不機嫌そうに鼻を鳴らして食堂の外へと歩いていく。


「いい匂いがする~。あっ、ルビィ、おかえり。お仕事大変だったみたいだね」


 ラピスさんが鼻をひくひくさせながらやってきて、ルビィさんの恰好をジロジロと見る。


「そうね。それはまた後で話すわ。お風呂入りたいから」

「それもそうだね」


 ルビィさんは返事をしてまた歩き始め、ラピスさんも納得して頷いた。


 全身汚れだらけだし、服はボロボロだし、早く体を洗ってサッパリしたいよね。


「ラピスさん、おかえりなさい。今日はルビィさんの労いも兼ねて少し贅沢な料理を作ったので楽しみにしていてくださいね」

「それは楽しみだね。あっ、犬だ!! 可愛い!! この犬どうしたの?」


 僕の話を聞いたラピスさんが嬉しそうに目を輝かせた後、ユキに駆け寄ってモフモフしながら俺を見上げる。


「番犬にちょうどいいと思って連れてきました。ユキって言います」

「それいいね、可愛いし。ユキ、また後でね」


 ラピスさんは名残惜しそうにユキから離れて立ち上がった。


 早速癒しとしても力を発揮している。やっぱり連れてきて正解だった。


「ワフッ」


 ユキは嬉しそうに尻尾を振って頷く。


 構ってもらえるのが嬉しいんだな。後で僕も少し遊んでやろう。


「私もお風呂行ってくるね」

「はい、いってらっしゃい」


 食堂を去るラピスさんの背中に返事をすると、夕食の準備を再開した。


 ルビィさんはさっき何を言おうとしたんだろう。


 ルビィさんの顔がずっと頭から離れなかった。

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