第024話 どこからどう見てもただの犬

「あっはっはっ!! 何言ってるんですか? ユキはただの犬ですよ?」

 

 何を言うのかと思えば、僕はおかしくて思わず笑ってしまった。


 ユキが最強ランクのモンスター? ないない。田舎者の一般人である僕に簡単にしつけられるような野犬が、モンスター、ましてや最強ランクだなんてありえない。


 学園長は冗談が好きみたいだ。


「犬がこのくらいが普通じゃ!! そんなに大きいわけあるか!!」

「いやいやいや、犬ってこのくらいが普通ですからね?」


 身振り手振りでサイズを現しながら怒鳴る学園長。


 そのサイズは一メートル程度。そんなのは獣の赤ん坊だ。僕が住んでいた山の中にそんなに小さな犬はいなかった。


 僕はユキを指し示して反論する。


「お主は何を言ってるんじゃ!!」

「学園長こそ何を言ってるんですか。それに、こんなに可愛いユキがモンスターなわけないでしょう?」

「クゥン?」


 認めようとしない学園長に僕は雪の愛らしさをアピールする。


 ユキはつぶらな瞳で首をコテンと傾げた。


「くっ……」


 学園長が悔し気に唇をかむ。


 ふっふっふっ。凶悪なモンスターがこんなに愛くるしいはずがない。


「ユキ、ゴロン」


 僕はさらにダメ押しをするために、雪に声を掛ける。


「クゥクゥーン?」


 僕の意図を察して、ユキがその場にゴロンと横たわってあおむけになり、逆さまになったまま瞳を潤ませてあどけない表情をする。これはポチにも覚えさせた悩殺ポーズ。皆を虜にしてしまう力を秘めている。


『ぐはっ!!』


 学園長だけでなく、武装していた女の人たちも膝をついた。


 ふっ。ユキの魔性の魅力にやられてしまったみたいだね。仕方ない。だって犬は可愛さの権化だから。


「ユキ、お前は可愛いな」

「クゥーンッ」


 僕が近づいて顔をワシャワシャと撫でると、ユキは嬉しそうに身をよじらせる。


「ね? ただの犬でしょ?」

「はぁ……そうじゃな」


 僕が顔を上げて問いかけると、学園長は立ち上がって頷いた。


 やっとユキが犬だと分かってもらえたようだ。これだけ可愛らしさを見せつけたら認めるしかないよね。


「いいんですか?」

「いくら言ったところで認めようとはしまい」

「それもそうですね」


 キリカさんが学園長に耳打ちしてコソコソと話す。


「その……ユキと言ったか?」

「はい。先ほども言いましたが、ルビィさんにお弁当を届けてきた帰りに食材調達をしている際に見つけまして、寮の留守番にちょうどいいと思って躾をして連れてきました」


 ユキに視線を向ける学園長の言葉に頷いた。まさか食材調達している時に犬と出会えるとは思わなかった。今日はツイてたと思う。


「ふむ。お主が完全に従えていると思っていいのじゃな?」

「はい」

「人に襲い掛かったりせぬのじゃな?」

「勿論です。な、ユキ」

「ワン」


 念押しのように確認する学園長。同意を得るためにユキに視線を向けると、ユキは首を縦に振って小さく鳴いた。


「ということです」

「なるほど。分かった。番犬とするのを許そう。しかし、これでは少々大きすぎるな。学園都市の住民も困惑するじゃろう」


 それは考えていなかった。


 学園長の言う通り、今のサイズだと街中ではなく、寮の裏山で飼うしかなさそうだ。敷地内で飼うには犬は少し大きすぎる。


「ウォンッ」

「ん? どうしたんだ?」


 俺たちの会話を聞いていたユキが声をあげて皆の注意を引き付けると、ユキは眩い光を放った。


 その光は徐々に小さくなっていき、一メートル程度まで縮むと、光がはじけて消えた。そこには、赤ん坊サイズのユキが立っていた。


「おおっ。ユキも大きさを変えられるのか」

「ウォンッ」


 ポチも体の大きさを自由に変えることができた。家の中で一緒に寝たいときは赤ん坊サイズに変えてたっけ。


「まさか小さくなれるとは……なんという愛くるしさじゃ……」

「こ、これは可愛い……」


 赤ん坊みたいな大きさになってさらに愛らしくなったユキに学園長たちも目を奪われている。


 大きい姿も可愛いけど、小さいと、こう庇護欲をくすぐられるよね。うんうん、分かる分かる。


 これなら街に入っても他人の邪魔になることもないはず。


「ふむ……これなら問題あるまい。くれぐれも人に襲い掛かったりしないように」

「大丈夫です。相手が何かユキが嫌がることをしない限りは絶対に襲ったりしないので」

「そうか。それなら信じよう」


 こうしてユキが番犬として認められたところで、遠くから害虫が飛んでくるのが見えた。


「あっ、見ててください」


 ちょうどいいので実際に害虫駆除を実演させることにした。これでユキの有用性を証明できる。


「え?」

「ユキ、あの害虫を駆除してきて」

「ウォンッ!!」


 ユキは僕が指さした方に向かって走り去る。


「数キロ先にイナーグォが現れました!!」

「ウォオオオオオオオオオンッ」


 キリカさんが僕が指さした方を見て何かを言ったのと同時にユキが吠える。ユキが光になって害虫に向かって直線を描く。


 数秒後、害虫たちが切り裂かれて宙に舞いあがった。


 ポチには及ばないけど、中々いい感じ。害虫は全滅したはず。僕はその様子を見て満足した。


「イナーグォ、壊滅しました!!」

「はっ、はっ、はっ、はっ」


 キリカさんの報告の後、戻ってきて褒めて欲しそうに僕を見つめるユキ。


「おお~、ヨシヨシ。偉いぞ、ユキ」

「ワフッ」


 目一杯撫でまわしてやると、ユキは嬉しそうに鳴いた。


「どうですか? ユキは番犬として優秀ですよね?」


 満足するまで撫でた後、立ち上がって学園長に笑みを作る。


「ああ、そうじゃの……」


 学園長はコクリと頷いた。


 実際に見て学園長もユキの素晴らしさを理解してくれたみたいだ。畑や家を狙う害虫も害獣もユキがいるだけでまるっと解決。


 一家に一匹いるととっても便利なんだよね。


「それじゃあ、そろそろ僕は寮に戻りますね!!」

「あ、ああ……」


 僕はユキと共に、戦乙女ヴァルキリー学園の寮に戻った。



 ◆   ◆   ◆



「確かに可愛い……可愛いが………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………あんなのがただの犬であってたまるかぁあああああああああああっ!!」


 ワシは地面に四つ這いになって拳を叩きつけた。

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