第023話 おや、皆の様子が……

「よーし、こんなところかな」

「ウォンッ」


 食材の調達が終わると、ユキが伏せて僕を呼ぶ。


 そういえば、ポチが僕を背中に乗せる時こんな風に伏せて尻尾を振っていたっけ。


「乗れってこと?」

「ワフッ」


 予想通りの答えに僕はユキの背中に飛び乗った。


「うーん、ちょっと臭いし、ちょっと毛がゴワゴワしてるね」

「クゥーン……」


 僕に指摘されたガーンッと絶望したような顔をするユキ。


 野生の犬だったせいか、飛び乗った瞬間、眉をしかめる匂いが臭ってきた。それにポチのようなフワッフワの毛並みじゃない。


 こんな状態でみんなに会わせるわけにはいかないな。


「ちゃんと水浴びしてないんでしょ。学校に行く前に体洗うからね」

「ピーピーッ」

「そんな顔しても駄目だよ。ウォッシュ」


 ユキが鼻を鳴らして悲しげな顔をするけど、先に綺麗にするのは決定事項。僕は有無を言わさずにユキの体をウォッシュの魔法を包み込む。


「ヒィン、ヒィン」

「溺れたりしないから大丈夫だよ」


 水球から顔だけ出しているユキが脚を動かしてバタバタと暴れる。


 怖いかもしれないのでちゃんと安心させる。


 水が回転するように動いてユキの毛の汚れを落としていく。一瞬にして水が濁った。遠目は綺麗に見えたけど、結構汚れている。


 濁った水がすぐに元の透明な状態に戻ってまた濁る。それを何度も繰り返してようやくユキの体は綺麗になった。顔もちゃんと息ができるようにして洗った。


「うわっぷっ!!」


 ウォッシュから解放されたユキが体をブルブルと震わせて水気を飛ばした。おかげで僕はずぶ濡れだ。


「ユーキー?」

「キャンキャンッ」


 少し威圧しながら詰めよると、ユキは伏せて申し訳なさそうに前脚で頭を抱えた。


 ふぅ、このくらいにしておこう。


「全く……次からは気を付けるんだよ?」

「ワンッ」


 僕の言葉にユキは何度も首を縦に振った。

 

「ドライ」


 毛が濡れて萎んでしまった雪とずぶ濡れの僕に乾燥の魔法を使う。一瞬で水分が飛び、毛も服も乾いてしまった。


 便利だけど、天日干しの方が仕上がりが良い気がするので洗濯物には使用しない。


「これから毎日体を洗ってやるからね」

「ウォンッ」


 スッキリしたのが気持ちよかったのか、ユキは嬉しそうにしている。


「ヨシヨシ。そろそろ帰ろう。あっちだよ」

「ワフッ」


 方向を指さして示してユキの背中に飛び乗ると、ユキは颯爽を駆けだした。



 ◆   ◆   ◆



「学園長!!」

「今度はなんじゃ!!」


 先ほどからあり得ない事態が何度も続いて気が立っていて少し荒い返事になる。


「レイ君がフェンリルに乗ってこちらに向かっています!!」

「ぬわぁあああにぃいいいいっ!? フェンリルを倒したのではなかったのか!?」


 何がどうなったらそんなことになるのじゃ!?


「はい、学園長のおっしゃる通りなのですが、殺したわけではなく、手懐けてしまったようです。躾をして楽しそうに水浴びさせてました」

「神級モンスターを手懐けたじゃと!? ありえん!!」


 確かに魔装によってはモンスターを使役できる戦乙女ヴァルキリーもおる。


 だが、神級モンスターを手懐けた者はおらん。一番テイム能力に長けていた戦乙女ヴァルキリーでもワイバーンが限界だったはずじゃ。


 それなのに、レイは神級モンスターを簡単に使役してしまった。どこまで規格外だったら気が済むんじゃ、あの師匠の孫は……。


 ただ、今はレイとフェンリルをどうするか考えなければなるまい。


 レイがフェンリルを完全に掌中に収めているのかも分からんのだ。万が一のために、我らがレイたちを出迎えるべきじゃろう。


 本当はレイを隠しておきたかったが、この際仕方あるまい。


「準備を続けよ。武装したままレイとフェンリルを待ち構えるぞ」

「はっ」


 ワシはキリカに指示を出して街の外に移動する。後ろには戦乙女部隊の最高戦力を学園都市の外に集結させた。


 これで神級モンスター一匹くらいならなんとか追い返せるじゃろう。


「来たか……」


 遠くから砂煙を巻き上げながら猛スピードで走ってくるフェンリルの姿が見えた。


「ひっ!?」

「あ、あれがフェ、フェンリル……」

「あんなの無理でしょ……」


 最高戦力とは言え、彼女たちは実際に神級のモンスターに出会ったことはない。神級の威圧感を受けて怯えてしまうのは当然じゃろうな。


「狼狽えるでない!! ワシがおる。死なせたりはせん。冷静になるのじゃ!!」


 ワシの鼓舞で戦乙女たちが落ち着きを取り戻す。


 しっかし、あの威圧感は本物。流石のワシも襲って来られたら何処まで戦えるか分からんぞ……一瞬で殺されるやも……。


 近づいてくる強大な神級モンスターの気配に、ワシのこめかみを一筋の汗が垂れた。


「止まるのじゃ!!」


 数十メートル先に迫ったフェンリルに叫ぶ。ワシの声に応じたのか、フェンリルは少し進んだところでおすわりして止まった。


 その大きさと威容に、ワシらはゴクリと喉を鳴らす。


 張り詰めた雰囲気が漂う。


「あれ? どうしたんですか、学園長。こんなに大勢で」


 フェンリルの背中から飛び降りたレイが、不思議そうにワシに近づいてきて、空気を弛緩させた。


 呑気なレイを見て苛立ったワシは口を大きく開いた。



 ◆   ◆   ◆



 おや、皆の様子が……。


 沢山の女の人たちが武装して物々しい雰囲気が漂っている。


 何かあったんだろうか。


「お主のせいじゃ、この阿呆!!」


 学園長に近づくと大声で怒鳴られてしまった。


 なんで怒ってるんだろう。あっ、もしかして勝手にペットを連れて帰ってきたせいかな? 連れてくる前に相談すべきだったか。


 反省。


「グルルルルッ……」


 怒鳴られた僕を見て、攻撃されたと勘違いして皆を威嚇するユキ。


 学園長たちはぶるりと身体を震わせた。


「こらユキ、お座り。威嚇しちゃダメだ。僕がとてもお世話になっている人たちなんだから」

「クゥン」


 叱られたユキはしょんぼりとお座りし直す。


「分かったならそれでいいよ」


 反省しているみたいなのでそれで許す。


 学園長たちもホッとため息を吐いた。


 あのまま飛び掛かっていたら、毎日凶悪なモンスターと戦っている学園長たちに殺されてしまうからね。


 学園長も殺さなくて済んで安心したんだろうな。


「勝手にペットを拾ってきてすみません」


 僕は改めて相談もせずにユキを拾ってきたことについて頭を下げる。


「いや、そういうことではなくてな?」

「犬なので強くはないですが、害獣くらいは倒せますし、留守番にちょうどいいと思います」

「だから、そういう話でもなくて」

「それに、モフモフで皆の癒しになるので飼ってもいいですか?」

「じゃから、話を聞け!!」


 ユキが有用な理由をこんこんと説明していたら、怒鳴り声で遮られてしまった。


 どうも勝手に連れてきたことを怒られているわけじゃないらしい。


「それじゃあ、なんで怒ってるんですか?」

「こやつが最強のランクのモンスターじゃからじゃ!!」


 学園長がユキを指さしながら叫ぶ。


「はぁっ!?」


 理解できない返事に、僕は間抜けな声を漏らしてしまっていた。

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