第022話 そうだ、番犬にしよう

「お弁当は届けたし、戻ってお仕事しないと。あっ、そうだ。ルビィさんはとっても強いモンスターとの激闘で大変だっただろうし、お仕事が完了したお祝いも兼ねて精のつく料理を作ろう。後、婆ちゃんが女の子は甘い物が好きだって言ってたし、ケーキも作ろうかな」


 やっぱり、沢山手に入れた豚肉を使った料理が良いよね。ケーキは甘ーいクリームがタップリのイチゴのショートケーキにしよう。


 僕は帰り道に夕食の食材を追加するために少し回り道をすることにした。



 ◆   ◆   ◆



「少し寄り道をして帰ってくるようです」

「そうか」


 レイが街を出て十分弱。たったそれだけの時間で国に影響を及ぼす程の脅威であるオークエンペラーの群れは消え去った。


 ワイバーンの異常種を瞬殺したと聞いていたが、まさかレイがあそこまでの戦力を保持しているとは思わなかった。


 キリカの報告によると、千里眼をもってしてもレイのスピードを追えないほどのスピードでオークたちの群れを蹂躙したらしい。


 まるで手品か何かかと見紛う程の早業でオークが部位別に肉として解体され、その肉が忽然と何処かに消えたとのこと。


 恐らくあのエプロンの不思議ポケットの中に入っているのじゃろう。あの場には数百匹以上のオークの上位種がいた。それだけの量が入るポケットってなんなの?


 もうわけわからん。


 とりあえず、これでルビィ君も認めざるを得ないはずじゃ。レイが正式に採用になったところで、寮生たちにはきちんと話をしておいた方がいいじゃろう。


 そういえば、レイはどうやってこれほどの力を手に入れたんじゃ?


 師匠との生活ぶりを詳しく聞いたことがなかった。レイが戻り次第、聞いてみよう。


 ――ドンドンドンッ


 荒々しく扉を叩く音が思考の海に沈んでいたワシを引き上げる。


「入れ」


 扉を開けた途端、勢いよく入室してくる戦乙女ヴァルキリー部隊の隊員。


 大汗をかいていて、息も絶え絶えと言った様子。明らかに普通の状態ではない。


「き、緊急!! フェ、フェンリルが凄まじいスピードで我が国に向かって来ています!!」

「なんじゃと!?」


 その報告は俄かには信じられないものじゃった。


 なぜならフェンリルとは、魔境の奥にいる十メートルを超える巨大な狼型のモンスターで、モンスターの頂点に君臨する神級モンスターの一体だったから。


 神級モンスターはもはや天変地異と同じ。人の力では到底抗えない災害じゃ。同じ神級の戦乙女ヴァルキリーとて分が悪い。


 そのモンスターが国に攻め入ろうとしている。かのモンスターが暴れれば、我が国の被害は甚大。


 そうなれば、なし崩し的に他のモンスターによってさらに被害が広がり、弱ったところに敵国から戦争を仕掛けられるということにもなりかねない。


 ワシも世界に八人いる神級戦乙女ヴァルキリーの端くれ。ここはワシが出て、少しでも被害を抑えるほかあるまい。


「キリカ、至急準備せよ」

「はっ」


 ワシは直属の部隊を引き連れて出撃することにした。



 ◆   ◆   ◆



「ん? ポチ?」


 僕が食材集めをしていると、昔実家で飼っていたペットによく似た気配を感じた。

 

 ポチという名前で白銀に輝くフサフサの毛並みを持つ、凛々しい顔つきの犬だ。実家の辺りに住む獣の中では割と強い方だったので、番犬に丁度いいと、婆ちゃんと一緒にしつけをして飼うことにした。


 今も言いつけを守って実家を守っているはずだけど、どうしてるかな。今度様子を見に行ってみよう。


「そうだ。捕まえて寮の番犬にしよう」


 そこで僕はふと思いついた。


 今日みたいに僕も外に出かけることがある。その間、寮の留守番を任せられるペットがいた方がいいんじゃないだろうか。


 寮の維持は僕の仕事。寮が壊されないように守るのは義務だ。皆が出かけている時に獣がやって来て荒らされたら困るからね。


 それにペットは癒しになる。あのモフモフの毛並みに埋もれるのは最高に気持ちいいし、犬は可愛い。寮生の健康管理も僕の仕事だし、毎日頑張って勉強したり、訓練したりしている寮生たちの心の癒しになるのならペットいてもいいはず。


 連れて帰って学園長に相談してみよう。


 僕はすぐにその気配の許に走った。


「ポチよりも少し大きいかな?」

「ウォウッ!? ガルルルルッ」


 近づくと、犬は僕から距離を取って威嚇してくる。


 実家を守るポチよりも体が大きいけど、どことなく柔らかい印象を受けた。


「ガウッ」

「おすわり」

「キャンッ!?」


 じゃれてきた犬のお尻を叩いて地面に降ろさせて、おすわりの意味を覚えさせる。


「おすわり、おすわり、おすわり……」


 ちょっと強めに躾をしないと中々覚えないので徹底的にやった。最初は少し反抗的だったけど、もうすっかり従順になった。


 これで準備オッケー。


「お手」

「ヒィンッ」


 右前脚を僕の手に乗せるように動かす。


「おかわり」

「ピィーッ」


 左前脚を僕の手に乗せるように動かす。


「チンチンッ」

「クゥーンッ」


 最後にお座りさせて、両手を挙げて直立状態を取らせて、両前脚をだらんとさせるポーズ。


 他にも沢山のポーズを覚えるまで叩き込んだ。


「これでよし。名前はどうしようかなぁ……」


 ペットにしたからには名前がないと不便だ。


 真っ白だからシロって名前にしようかな。流石にそのまま過ぎるだろうか。


 あっ、なんだか実家の山に積もる雪のようにも見えるからユキにしよう。


「お前の名前はユキだ。分かったか?」

「クゥンクゥンッ」

「あははははっ。くすぐったいよ!!」


 名前を付けてやると、ユキは嬉しそうに僕の顔を舐めてくる。


 気に入ってくれたようだ。


「ユキ、ついてきて」

「ウォンッ」


 僕はユキを引き連れて食材の調達を再開した。



 ◆   ◆   ◆



「学園長!!」


 目まぐるしく準備を進める中でキリカがワシに声をかけてきた。


「どうしたのじゃ!! 急がんとマズいのじゃぞ!!」


 今は一秒でも早く準備を終わらせてフェンリルを迎え撃たなければならない。そんな時に邪魔をするなど、言語道断じゃ。


 しかし、次の報告を聞いてキリカがワシに話しかけてきた理由を知る。


「それが……レイ君がフェンリルを倒しました」

「なんじゃとぅぉおおおおおおおおっ!!」


 今日何度目かの驚きに、ワシは再び大声で叫んでいた。

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