第017話 逃がすわけにはいかない

■マリンダ視点


 ワシが寮に到着すると、驚愕の光景が目に入った。


 水球が五つ浮かび上がり、中で衣類がグルグルと回っている。


「せ、精が出るな、レイよ」


 ワシは思わず声が上ずってしまった。


「あ、学園長。おはようございます」

「うむ。おはよう。それは何をやっておるんじゃ?」


 衣類が入っている所を見ると、恐らく洗濯なのじゃろうが、念のため確認する。


「洗濯ですよ」


 やはりその通りじゃった。


「魔法を五つ同時に操っとるのか?」

「そうですね」

「ふむ。やはりお主は規格外のようじゃな」


 魔法の並列使用は難しい技術。それを五つ同時になど簡単にできることではない。 


 これも師匠の教えの賜物か。


「なんのことですか?」


 レイは全く何も分かっていないという顔で首をかしげる。


 こやつ、料理の時もそうじゃったが、自己評価が低すぎる。師匠はいったいどんな育て方をしたんじゃ……。


「お主の歳でそんなに魔法を同時に操るのは難しいのじゃ」

「はっはっはっ。またまたぁ。褒めても朝ご飯くらいしか出ませんよ?」


 レイはワシの指摘を本気にせずに聞き流す。


「……そうじゃな。朝食をいただいてもいいかの?」

「はい。構いません」


 ワシはひとまずレイの言葉に従い、洗濯物がグルグルと回る水球の隣を通り過ぎて寮内に足を踏み入れた。


「どうぞ、朝食です」


 ワシが食堂のテーブルにつくと、レイはエプロンの前についているポケットから明らかに容量を超える質量の物体を取り出して食器に盛り付けてワシに提供する。


 しかも料理から湯気が出ていて熱々なのが窺える。


「はぁああああっ!? お主何処から料理を出したんじゃ?」


 我慢できず、ワシは大声で叫んでいた。


 こ、これはもしや……で、伝説の時空魔法ではないか!?


 遥か昔は見た目以上に中身をいれることができ、中に入っている物の時が止まるという信じられないバッグが普及していたと聞く。


 しかし、そのバッグに使用されていた時空魔法はいつの間にか失伝してしまい、今では使える者はいないはずじゃ。


 そのありえない魔法が普通に使われている。


 ワシが叫んでしまうのも無理はなかろ?


「え、普通にエプロンのポケットから出しただけですよ?」


 しかし、レイは全く自分がやっていることの凄さを理解していない。


 時空魔法は今も研究は続けられているが、実現できたものはおらんのじゃから。


「いやいや、普通エプロンのポケットにそんなに大きな物は入らんからな?」

「またまたぁ。そんなに褒めてもデザートが追加されるだけですからね?」


 再度指摘しても、レイはワシの言葉を全く真に受けようとはしない。


 これはこれ以上言ったところで無駄そうじゃな……こやつはそういうものとして扱う方がよかろう。


「はぁ……もうよいわ。いただきます」


 ワシは諦めて朝食に箸をつけた。



 ◆   ◆   ◆



 学園長が突然やってきたびっくりした。


 洗濯や朝食を出した時に褒めてくれたけど、全部お世辞だよね。だって、僕は何の取り柄もない田舎者だし、あのくらい皆できるはずだから。


 でも、褒められるのは嬉しいので追加でプリンを出しておいた。


「それで、僕に何か用があったんですか?」


 落ち着いた所で僕もテーブルにつく。


 まさか……か、解雇の話だろうか……。


 僕はビクビクしてしまう。


「うむ。お主に尋ねたいことがあっての」


 ふぅ、良かった。どうやら辞めさせるわけじゃないみたいだ。


「僕で答えられることであればお答えしますが、聞きたいことって?」

「うむ。今日の早朝、どこかに出かけたりしたかの?」

「はい。今日は皆さんにお弁当を作ったので、その食材を調達に行きました」


 なんでそんなこと聞くんだろう。もしかしてあの山って入っちゃいけない場所だったりしたんだろうか。


 そう思いつつも正直に答える。


「なんの食材を探していたのじゃ?」

「えっと、メインは羽根つきトカゲのお肉ですね。他にも山菜やキノコなんかの細々としたものはありますが」

「羽根つきトカゲとはどういう生き物なんじゃ?」

「うーん、羽根つきトカゲは羽根つきトカゲなんですけど……」


 学園長は羽根つきトカゲを見たことがないらしい。結構いるから、そんな人いるとは思わなかった。


 とは言え、それ以外にどう表現したらいいか分からない。


「うむ……大きさや姿形の特徴を教えてくれんかの」

「そうですね……大きさはこの寮のくらいですかね。それと見た目はトカゲっぽくて、名前の通り羽が生えています」

「なるほどのう」


 学園長は僕の説明を聞いてウンウンと頷いた。


「その時、誰かに会ったか?」

「はい。僕と同じように羽根つきトカゲを捕まえに来たお姉さんたちと会いました。お姉さんたちは初心者だったみたいで、お仲間の一人が頭を打って怪我をしていましたね」

「やはりそうか……」


 学園長は顎に手を当てて考え込むように俯く。


 もしかして羽根つきトカゲの所有権を主張してきたのかな。でも彼女たちは失敗したし、きちんと確認は取ったので渡すつもりはないぞ。


 皆のためにとってきた食材だし。


「それがどうかしたんですか?」

「いや、そやつらが礼を言っておっての。助けてくれてありがとう、と」

「なんだ。そういうことでしたか。いえいえ、初心者だと羽根つきトカゲを捕まえるのはほんのちょっと大変ですからね」


 羽根つきトカゲは一歩間違えれば、初心者は大怪我することもある。


 ベテランが初心者を助けるのは当然だ。まさか学園長のお知り合いだと思わなかったけど、感謝されるのってやっぱり嬉しいな。


「それでは、聞きたいことも聞けたので、そろそろお暇しようとするかの」

「はい。お仕事頑張ってください」

「うむ。朝食美味かったのじゃ。それではまたの」


 しばらく雑談した後、学園長は去っていった。


 僕はお仕事を再開した。



 ◆   ◆   ◆



 今日も寮で見たものは信じがたいものばかりじゃった。


「魔法の並列使用に、時空魔法、異常種のワイバーンを一瞬で倒す戦闘能力……ますます逃がすわけにはいかんのう。監視を付けるか」


 ワシは思案しながら執務室に戻った。

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