第012話 呼び名

「レイさん、レイさんはいらっしゃいますか!!」


 僕の無実が証明された後、山道の方から東雲さんの声が聞こえた。


 当たりはもうすっかり夕暮れ。もう皆が帰ってきてもいい時間だ。


「あっ、こちらにいらっしゃいましたか!!」


 興奮した様子やってきた東雲さんは、他の面々に気付くことなく僕に近づいてくる。


「おかえりなさい。東雲さん」

「ただいま戻りました。と、それどころではなくて、どういうことでしょうか?」


 僕に合わせて丁寧に頭を下げた後、再びその勢いを取り戻す。


 言っていることの要領を得ない。


「落ち着いてください。それはどういう意味ですか?」

「ふぅ……はい。本日トーナメント方式で対人戦闘訓練があったのですが、トップになることができました」


 一呼吸置いて東雲さんが何があったのかを説明してくれる。


「それはおめでとうございます」


 それは目出度いことだ。もうちょっと早ければお赤飯を炊いたんだけど、今日はもう準備してしまったので明日にしよう。


「ありがとうございます。ってそうではなくて、私はいつも五番目ほどでそれ以上の相手に全く歯が立たなかったのですよ。でも、今日は圧勝。相手の動きが良く見えましたし、どんな状況にも対応できました。とても調子が良かったのです。いつもと違うのはレイさんの食事だけ。何かされましたか?」


 ああ、つまり、ブラッドレイさんやスカイロードさんと同じというわけか。

 それなら答えは一つ。


「皆さんの体調を整える食材を使用しましたが、他には特に何も」

「そうでしたか。それでは一体あれはなんだったんでしょう……」


 僕の返事をきいた東雲さんは困惑の表情を浮かべた。


「いやいや、特別なことはしているじゃろうに!!」

「え?」


 学園長が血相を変えて僕たちの会話に口を挟む。


 東雲さんは学園長を見て目を丸くした。


「お主が作った料理を食べたら、調子が良くなるのは実証済みじゃろう」

「少しは効果はありますけど、そんなに大した効果じゃないですよ」

「あれを少しというか。魔法の威力が数倍になることが?」

「いやいや、それは気のせいですよ。多少体の調子を整えることはできますが、料理を食べるだけでそんなに上がる訳ないじゃないですか。何を言ってるんですか?」


 学園長はそう言ってくれるけど、僕の料理を食べただけで魔法が何倍も強くなるなんてありえない。


 体調が整ったことで多少向上することはあるかもしれないけど、その程度だ。それ以上は、皆の調子が良かっただけだ。


「はぁ~……」

「し、失礼しました。み、皆さん、おそろいですね。どうかされたんですか?」


 なぜか呆れるようにため息を吐く学園長。


 そこでようやく僕だけ以外の人がいることを認識した東雲さんが恥ずかしそうに言った。


「お主と同じような理由じゃよ」

「なるほど……そういうことでしたか」


 学園長の返事を聞いた東雲さんが腑に落ちた顔をする。


「ただいま」

「た、ただいまです」


 そこにフロストラントさんとシャドウナイトさんが山道を登ってやってきた。


「何したの?」


 そして、フロストラントさんが無言で間近まで近づいてきて僕を見上げる。後ろでシャドウナイトさんも同じようにウンウンと頷いている。


「えっと……」

「こやつの料理には調子を良くする力があるのじゃ」

「そう」


 困惑する僕の代わりに学園長が答えると、フロストラントさんは僕から離れていった。


 それだけでいいんだ……。


「えっと、そろそろ夕食にしませんか? 時間も時間ですし」


 それはそうと、皆が揃っているのなら丁度いい。後は温め直して配膳するだけなので、すぐに準備できる。


「うむ。そうじゃな」


 当然のように残る学園長。キリカさんは一人で帰っていった。


 料理は多めに用意していたので問題ないけど、キリカさんは恨めしそうな視線を学園長に向けていた。


「配膳、手伝わせてください」


 食堂に移動すると、東雲さんが朝と同じように声を掛けてくる。


「東雲さん、大丈夫ですよ。これは寮母の仕事ですから」

「私がお手伝いしたいんですよ。ダメですか?」


 そこまで言われたら、断るのは東雲さんの厚意を無碍にすることになる。


「ふぅ、そうですね。分かりました。そこに並べた物をお願いできますか?」

「分かりました。それと、名前で呼んでもらえますか? 皆さんそう呼ばれるので」


 東雲さんから以外な提案をされた。

 僕に否やはないので、彼女が良いならそう呼ばせてもらおうと思う。


「翡翠さん。これでいいですか?」

「はい。それでお願いしますね」


 僕に名前を呼ばれた翡翠さんはニッコリと笑って料理を運んでいった。


「ふぅ~、食べた食べた」


 スカイロードさんが食事の後、お腹を擦って満たされた顔をする。


 うんうん、満足してもらえてうれしいな。


「私、片付けますね」

「翡翠さん、いいですって僕がやりますから」


 翡翠さんが、僕の仕事をしようとするので慌てて止める。


「あぁ!! レイ君、翡翠さんのこと名前で呼んでる!!」

「はい。翡翠さんからそう呼んでほしいと言われたので……」


 そんな風に驚かれる理由が分からないけど、どうかしたのかな。


「それなら僕もラピスで良いよ」

「セルレで良い」

「わ、私もコクヨウでいいです」


 よく分からないけど、翡翠さんと同じように皆も名前で呼ぶのを許可してくれる。


 僕としては名前の方が短い人が多いのでとても助かる。


 只一人を除いては。


「ふん、好きに呼べば?」


 皆の視線がブラッドレイさんに集まると、彼女はそっぽを向きながら許可してくれた。


 食事が終えると、皆は部屋に帰らずにそのままワイワイと話をしている。僕は彼女たちの声を聞きながら洗い物をする。


 ずっと婆ちゃんと二人きりだったから、こんなに賑やかなのは初めてだな。賑やかなのはとても楽しい。できればこれからも皆と一緒に居られればいいんだけど……。


 でも今は試用期間。一週間で僕は皆に認めてもらわなければならない。


「あの、レイさん。ちょっとよろしいでしょうか?」

「どうしました?」


 考え事をしながら洗い物をしていると、翡翠さんが僕に話しかけてきた。

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