第013話 お弁当

「えっと、あの、その……」


 話しかけてきた翡翠さんは、なぜかモジモジとして恥ずかしそうにしている。


 何か言いづらい事なんだろうか。


「他の人に聞かれたくないことですか?」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

「それならなんでも言ってください。僕で力になれることなら協力しますよ」


 よく分からないけど、困っているのなら力になりたい。


「そうですか? それでは失礼して。我儘を言って申し訳ないのですが、お弁当を作っていただけないかと思いまして……」

「お弁当ですか? 学生たちが集まる酒場のような場所があると伺ったのですが」


 翡翠さんの話は意外なものだった。


 だってお昼は食べる場所があると聞いていたから。


 たしか学生食堂、通称学食という名前の学生に飲食物を提供するお店があったはず。そこでは色々なメニューがあって、その中から好きな物を選んで購入すると聞いている。


 そこがあれば僕の料理なんて要らないと思うんだけど……。


「それがレイさんの料理を食べた後では味気なく感じてしまいまして……」


 翡翠さんの返事を聞いて腑に落ちた。


 そういえば、ここに来てからずっと故郷のヒノワ国料理を食べていなかったと聞いた。つまり、学食ではヒノワ国料理は提供されていないってことだ。


 それなら僕に頼むのも分かる。


「そういうことですか……わかりました。僕に任せてください」

「本当ですか!?」

「はい。腕に縒りを掛けて作らせてもらいますよ!!」


 僕のヒノワ国料理でよければいくらでも作ろうと思う。


「ありがとうございます!!」


 僕の返事を聞いた翡翠さんが、パァっと花が咲いたような笑顔を見せる。


 先ほどまでの不安そうな顔とはまるで別人だった。


「あぁ~、翡翠さんズルい!! 僕もレイ君にお弁当作ってもらいたい!!」


 話を聞いていたラピスさんがガタリと席を立って手を挙げる。


「私も」

「わ、私も、お、お願いしたいです」

「ふんっ」


 他の人たちも次々手を挙げる。


 ルビィさんだけはそっぽを向いている。


「え、え?」


 あれあれ、なぜか他の人までお弁当が欲しいって言ってくれる。


 僕は困惑しかない。


 あっ、もしかしてお店が混むのかもしれない。この学園には沢山の生徒がいると聞いている。その生徒たちが一斉に学食に行ったら、かなり混雑しそうだ。


 麓の村の酒場も昼時は酷く混雑していて、なかなか料理がこないという話を聞いたことがある。


 その点、お弁当なら待つ必要がない。それなら、お昼の時間を全く無駄にせずに済む。そして、その時間でもっと沢山勉強するに違いない。


 流石エリートだらけの学園。凄い向上心だ。これは協力しないわけないにはいかないな。


「分かりました。皆さんの分のお弁当、明日から作らせてもらいますね」

「やったぁ!!」


 僕が引き受けると、ラピスさんを筆頭に喜んでくれた。


「それならワシの分も作ってもらおうかのう」


 まだ一緒に残っていた学園長がポツリと呟いた。


「「「「「「え!?」」」」」」


 僕たち全員が驚きの声を上げた。


「なんじゃ? ワシを除け者にするつもりだったのか?」

「だって学園長は寮生じゃないじゃないですか」


 ラピスさんが学園長に指摘する。


 そう。それは尤もだ。僕の仕事の中にあるのは寮生への食事の提供。学園長は入っていない。


「別にええじゃろ? ここワシの学園じゃし」


 悪びれもせずに学園長は宣った。確かにこの学園で一番偉いのは学園長だ。


 実家でも婆ちゃんが黒と言えば、白いものでも黒になった。ここでは学園長が黒と言えば、白でも黒になるんだ。


「職権乱用」

「ふぉっふぉっふぉっ。権力とはこういう時に使うのじゃ」

「絶対に違います!!」


 セルレさんにツッコまれたけど、学園長は反省する気はない。


 最後に翡翠さんに怒られていた。


「学園長には良くしていただいてますから、ぜひ作らせてください」


 僕としては学園長は恩人だ。学園長がお弁当が欲しいと言うのなら作りたい。


「ふぉっふぉっふぉっ。言ってみるもんじゃのう」


 学園長は満足げな表情を浮かべた。


 それから一日の業務を終え、今日の業務日誌を付け終えた僕はベッドに横になる。


「さて、明日のお弁当は何にするか……そうだ、メインはアレにしよう」


 僕はお弁当について考えながら、いつしか眠りに落ちていた。

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