第005話 首の皮一枚

 そして、僕は今、無職の危機に追い込まれている。


 でも、ここを追い出されたら困る。ここは自分からお願いするしかない。


「お、お願いします!!ここで雇ってもらえないと、行くところがないんです!!炊事、洗濯、掃除は得意です。ちょっとした日曜大工、錬金術、魔法、身体の診療なんかもできます。どうかここに置いてください!!」


 僕は座っている椅子から立ち上がり、土下座をして頭を下げる。


 これは婆ちゃんから謝罪や請願の意を表す最上級の礼だと聞いている。


「わ、私の着替えを覗いた変態と一緒に住むのなんて、ゼッタイに嫌よ!!」

「すみません……僕、女の人の着替えを見てはいけないなんて知らなくて……」


 僕はあの時、なんで追われているのか理解できなかった。赤髪の女の子に言われて初めて、女性と男性はお風呂や着替えが別なのだと知った。


 婆ちゃんにそんなこと言われたことなかったからなぁ。


「なっ!?そ、そんなわけあるわけないじゃない!!」


 女の子は僕の言い分を激高しながら否定する。


「それがないこともないのじゃ」

「どういうことですか?」

「こやつは生まれてからずっと師匠と二人きりで山奥で生活していた。そういう男女の機微について知らないのも無理はないじゃろう。それどころか、一般常識に疎くてもおかしくはない」


 え……婆ちゃんが生きるのに必要な知識は教えたって言ってたのに、僕って一般常識も知らないのか……?いやいや、まさかそんなことは……ないよね?


「それは……でも、それでも覗いていいという理由にはなりません」

「それはそうなんじゃが、大変世話になった方だから放り出すこともできんのじゃ。ここなら他の生徒と会う可能性も低い。なんとかここに置いてやってはくれぬだろうか」

「なっ!? や、止めてください!!学園長!!エイトワイズのあなたが一介の生徒に頭を下げるなどあってはいけません!!」


 赤髪の女の子は学園長の態度に驚き慄く。


 僕は少し頭を上げると、赤髪の女の子に対して学園長が頭を深々と下げていた。他の女の子達も驚きで目を見開き、慌てた様子になっている。


 学校で一番偉い人なんだから偉いとは思っていたけど、予想以上に偉い人なのかな?国には王様っていう偉い人がいるって聞くけど、どっちが偉いんだろう。


「ワシが無理を言っておるのじゃ。このくらいは当然じゃ。勿論他にもできるだけ要望には応えるつもりじゃ。なんとか頼めないだろうか……」

『……』


 申し訳なさそうな学園長に対して皆は押し黙って考え込む。


「あの……それでは、ひとまず一週間、試用期間を設けるのはいかがでしょうか?」


 しばしの沈黙を破ったのは緑髪の女の子。


「試用期間か……」

「はい。そのような事情なら学園長が無碍にできないのも理解できます。ただ、女性しかいない学校の寮に男性が住むというも前代未聞ですし、本来ありえないこと。ですから、一週間試しに働いてもらって問題が起こらないようならそのまま寮母をやってもらう。問題があるような別の仕事を探してもらう。これでいかがでしょうか?」

「一週間あれば、他の仕事も見つけられるか……」


 緑髪の女の子の提案を聞いて学園長は考え込む。


「一生懸命働きますので、どうか僕にチャンスをいただけないでしょうか!!」


 僕もここぞとばかりに頭を下げて懇願する。


 ここを放り出されたら、僕みたいな田舎者は何処に行っても仕事が見つからない可能性が高い。なんとかここで雇ってもらわないと。


「セルレはそれでいい」

「僕もそのくらいなら様子を見てもいいよ」

「わ、私も、いいです……」


 水色の髪の女の子、青髪の女の子、黒髪の女の子が許可してくれた。


 残りは赤髪の女の子だけ。


「分かった。分かりました!!一週間で私たちが認めなければ、出ていってもらいますからね!!」


 腕を組み、そっぽを向いて不満げに頷く。


 なんて寛大な人たちなんだ!!


「おお、ありがとうございます!!ありがとうございます!!」


 感極まって赤髪の女の子の手を握って感謝を告げる。


「きゃああああっ!! 何するのよ!!」

「ぶほぉっ!!」


 そしたら、なぜか女の子に殴られてしまった。


 こうして僕は首の皮一枚の所で仮で採用された。


 彼女たちに認めてもらえるように一生懸命働くぞ。

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