第004話 宿無し無職の危機

「ゼーッタイに反対です!! こんな男と一緒に住むなんて!!」

「わ、私も、は、反対です……」

「僕も反対だなぁ」

「セルレも反対」

「こなたも反対致します。夫でもない殿方とひとつ屋根の下など……」


 この寮に住む生徒が集められ、決議を取った結果、全員に反対されてしまった。


「反対五か。ふむ。まさかここまで反対されるとは……どうしたものか……」


 学園長は自信満々だったのに、悩んでしまっている。


 すんなりいくと思っていたら、こんなことになるなんて……。


 僕はこの寮にやってきた時のことを思い出していた。




「ここが指定された寮だよね?」


 僕がやってきたのは少し年季が入ったこじんまりとした建物。ここは戦乙女学園の裏門を抜けた先にある山を少し登ったところだ。


「ここに行って待っててくれ」


 それだけ言われて地図を渡された。


「すいませーん」


 僕はおそるおそる中に足を踏み入れる。


 ちらほらホコリが溜まっていたり、建物のあちこちが痛んでいたりする。掃除はしていないんだろうか。


「誰かいませんかー?」


 僕はきょろきょろと辺りを見回しながら中を歩いていく。


 それなりに声を上げているけど、誰も出てこない。


 ――カタリッ


 人がいる音がした。僕はそっちの方に向かって歩いていく。


「ここかな?」


 音がした場所には扉があった。僕は挨拶をするためにその扉を開けた。


「え?」

「あっ」


 そこには下着姿の真っ赤な髪の女性が。女性は僕を見てぽかんとした表情になる。


「あ、あの、レイ・アストラルと言います!! 学園長にここで待って居ろって言われたんですけど、寮生の方でしょうか?」


 僕はすぐに頭を下げて挨拶をする。


「い……」

「い?」


 女性が何かを言ったような気がしたけど、聞き取れなくて頭を上げて聞き返す。


「いやぁああああああああああっ!! この変態!! 不審者!! 色情魔!!」

「えぇええええええ!?」


 女性は一瞬炎を飛び散らせた後、手に剣を出現させて僕に向かってくる。


 その顔は憤怒の表情。


 僕は訳も分からず逃げ出した。


「待ちなさぁあああああいい!!」

「ひぇえええええええええっ!!」


 女性がその剣で僕を突き刺そうとしてくる。僕は剣を躱しながら奥へと走る。


「ええい、ちょこまかと!! 躱すなぁ!!」


 な、なんでこの人は怒ってるんだ!?


 僕には彼女が怒っている理由が理解できないまま、とにかく走った。


「あっ」


 すると、二階からまた一人、黒髪の女の子が降りてきた。


「コクヨウ、そいつを捕まえて!! 変質者よ!!」


 追ってくる赤髪の女の子が、黒髪の女の子に指示を飛ばす。 


 へ、変質者ってなんのこと?


「え、ええ!? は、はい!! やぁあああああっ!!」

「ぬわぁああああっ!!」


 黒髪の女の子は戸惑いながら恐る恐るといった様子で僕に飛び掛かってきた。


 そんなに躊躇いがちの攻撃では、流石に一般人の僕でも捉えることはできない。


 僕は彼女を躱して二階に登る。


「逃げるなぁあああああっ!!」


 そう言われてもそんなに怒った顔で追いかけられたら逃げるしかない。赤髪の女の子に黒髪の女の子が加わり、僕の後を追いかけてくる。


「ん?」


 二階の廊下を走っていると、途中にあった扉が開いた。


「ラピス!! そいつを止めて!!」

「え……うん、分かった!!」


 青髪の女の子が出てきて僕を待ち構える。


「やぁ!! えっ!?」


 その子は僕を捕まえようとするけど、スルリと躱して僕は奥へと向かう。


 婆ちゃんと鬼ごっこをして鍛えられた、回避スキルは伊達じゃないのだ。


「なんで捕まえらんないのよぉ!!」

「あの子なんなの?」

「私の着替えを覗いたのよ!!」

「えぇ~!? それは捕まえなきゃね!!」


 後ろで女の子たちが合流して話し始める。


 なんで着替えを見たら捕まえられないといけないんだろう。僕は彼女たちが言っていることがよく分からなかった。


 前から女の子がまた一人歩いてくる。


「翡翠さん、そいつをとっちめて!!」

「むっ……男? そういうことですか。承知。成敗いたします」


 その女の子も僕を見るなり、手元に鞘に入った武器を出現させて腰だめに構えた。


「はっ!!」

「ひょわぁあああっ!!」


 僕はジャンプしてその攻撃をかわして着地。さらに奥に走る。


 こわー。あの人も本気じゃなかったみたいで簡単に避けることができた。案外優しい人なのかもしれない。


「こなたの居合を躱すなど……」

「呆然としてないで行くわよ!!」

「は、はい!!」


 後ろからの圧がさらに上がった。


 ひええええええっ、何がどうなってんの?


 階段があったのでさらに上に昇る。登り切った先には扉があり、僕はその扉を開けて飛び出した。


 そこは屋上だった。


「誰?」


 そこでは水色の髪をした少女が座って本を読んでいた。僕を見るなり首をかしげる。


「えっと、僕は――」

「セルレ、そいつを捕まえて!!」


 挨拶しようとしたら、後ろから女の子達が追いついてきてしまった。


「分かった。アイスプリズン」

「えぇええええっ!!」


 僕は突然氷の檻に閉じ込められてしまった。


 でも、氷の檻くらいじゃ僕は閉じ込められない。婆ちゃんはもっとエグい魔法使ってきたし。


 この子も僕を本気で閉じ込める気はないみたいだ。


「もう逃げられないわよ!!」

「は、話を聞いて下さいよぉおおおおおっ!!」


 ――パリーンッ


 僕は檻を突き破って屋上から飛び降りる。


「え!? あっ、こら、待ちなさいよぉおおお!!」

「魔法……破られた……」


 後ろで何やら聞こえるけど、このまま大人しく捕まるわけにはいかない。


「あっ、学園長!!」


 山を下りていくと、学園長が歩いてきていた。


 助かった。


「ん? どうしたのじゃ? 待っておれといったじゃろう」

「それが何故か追われてまして……」

「どういうことじゃ?」


 学園長は首を傾げた。


 僕にも良く分からない。


「あっ、学園長先生!! そいつを捕まえてください!! 不審者です!!」

「ん?」


 少女の声を聞いた学園長が僕の方を見てくる。


「いやいや、僕は何もしていませんよ!!」

「わ、私の着替え覗いたじゃない!!この変態!!」

「覗いてません!!誰かいると思って扉を開けたらその方が下着だったんです!!」

「お風呂なんだから当たり前でしょ!!」

「なるほど。そういうことか」


 僕たちの口論を聞いていた学園長が腑に落ちたように頷く。


「すまない、皆。ワシの落ち度じゃ。こやつには先に行って待ってもらうつもりだったんだが、こんなことになるとは思わなかった」


 そして、女の子達に申し訳なさそうに頭を下げた。


「えっと、どういうことですか?」

「うむ。こやつはお前たちの寮の寮母をしてもらうことになったレイ・アストラルという。ちょっとばかし常識が怪しいが、これからよろしく頼む」


 首をかしげる少女たちに学園長が僕のことを説明する。 


『……はぁああああああああっ?』


 数秒の沈黙の後、彼女たちから街の端まで届きそうな声が上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る