第003話 寮母
広い敷地の中にいくつもの大きい建物が建ち並ぶ。
「ふわぁああああっ」
僕はその光景が物珍しくてキョロキョロとあちことを見回してしまう。
学園には通ったことがないけど、一体どんな勉強しているんだろう。婆ちゃんに生きていくのに必要な知識は教えてもらったけど、僕以外がどうしてるのか気になる。
僕の行動に気付いたのか、前を歩いていた女性が振り返って尋ねる。
「どうした?」
「いえ、ずっと山に住んでたのでこんな立派な建物は見たことなくて……」
恥ずかしくなって頭を掻くと、女性は自慢げに語った。
「そうか。
「へぇ~。凄いんですね」
「あぁ。ここの教師は実力で選ばれるし、生徒も募集枠の数百倍という倍率をくぐり抜けてきた才能のある子たちばかりだ」
そんなに優秀な子供たちが集まって勉強しているのか。家で農作物を作ったり、家畜を育てたりしていただけの僕とは比べ物にならないんだろうなぁ。
「そういえば、自己紹介がまだだったな。私はセルフィリア・グローリアス。この学校の警備を任されている。セリアとでも呼んでくれ。よろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします、セリアさん」
歩きながら自己紹介を聞き、僕たちは建物の中に足を踏み入れる。未知の世界に外と同じようにあちこちに視線が移ってしまった。
「ここが学園長室だ。少し待て」
長くて広い廊下を通り抜け、やって来たのは重厚な両開きの扉の前。
セリアさんが扉をノックした。
「どうぞ」
扉が少し開いてピシッとした服を着た女性が僕たちを招き入れた。
正面の奥にドンッと大きな机が置いてある。
その机には女の子が椅子に座ってふんぞり返っていた。その子はどう見ても僕よりも幼く見える。そして、その隣には先程僕たちを招き入れた女性が立った。
僕は机の前まで連れていかれる。
「ふむ。こやつがそうか……」
女の子は顎に手を当てて、僕を値踏みするように全身を見回しながら呟いた。
「はい。カトレア様の魔法印で封蝋された封筒を持っていました。レイ、手紙を」
「分かりました」
セリアさんの言う通り、幼女に手紙を差し出した。つまり、どう見ても年下にしか見えないこの女の子が学園長ということらしい。
「そうか……師匠は死んだか……」
手紙を一通り読んだ少女は顔を上げて僕を見つめる。その瞳には涙が溜まっているように見えた。
学園長は婆ちゃんの弟子だったのか。あの婆ちゃんに弟子がいたなんて信じられないけど、学園長が嘘をついているようにも見えない。本当のことなんだろうな。
「ふぅ……多少聞いていると思うが、改めて名乗っておくぞ。ワシがこの学園の学園長を務めるマリンダ・リンダス・キャリーデじゃ。よろしくな。ワシの隣にいるのは副学園長のキリカじゃ」
「よろしくお願いします」
学園長は俯いて目を揉んだ後、顔を上げて僕に名乗った。紹介された隣の女性も僕に頭を下げる。
眼鏡を掛けているキリっとした顔立ちの美人な女性。副学園長、つまり二番目に偉い人みたいだ。
「あ、はい。僕はレイ・アストラルと申します。よろしくお願いします」
挨拶を済ませた僕たちは本題に入る。
「うむ。お主は仕事と住む場所を探している、ということでいいのじゃな?」
「そうです」
「そうじゃな……師匠の孫ともなると下手なところに送り出すわけにもいかん。本来であれば男は絶対に雇い入れないのじゃが、特例としてこの学園で雇うことにする」
おお、それは願ってもない話だ。
「しかし、それでは生徒たちから不満が出るのでは?」
学園長の決定にキリカさんが口を挟んだ。
確かに女性しかいない場所に男が入るのをよく思わない人はいると思う。
「うむ。だから極力生徒に合わない仕事をさせようと思う」
「そんな仕事が? それはいったい……」
学園長は妙案がありそうだけど、キリカさんは分からなくて困惑している。
女性しかいない場所で女性に会わないで済む仕事なんてあるんだろうか。
「寮母じゃ」
「寮母?」
僕は聞いたことのない名称に首を傾げる。
「この学園には、遠方から来た生徒たちがまとまって住む住居である寮という建物がある。お主にはその一つの管理や、寮生たちの食事の世話などのサポートをしてもらいたいと考えておる。管理人室に住めば、住居の問題も解決するし、ほぼそこだけで仕事が完結する。お主に担当してもらいたい寮は学校の所有地の山にある故、寮生以外の生徒達ともあまり会うこともあるまい。それなら不満も少なくて済むはずじゃ」
「確かに。でも、肝心の寮生たちが反発すると思われますが……」
説明を聞いて納得したキリカさんは、最大の問題を学園長に尋ねた。
結局その寮に住んでいる人たちが嫌だったらどうしようもない。
「なーに。師匠の孫ならどうにかなるじゃろ」
学園長は自信ありげに言う。
何か根拠があるのだろう。
僕は仕事と住む場所が見つかりそうなことに安堵した。
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