第007話 何の変哲もない朝食
「ただいま~」
僕は食材の調達から帰ってきた。食堂の台所で下ごしらえを始めて朝食を作り始める。
婆ちゃんに教えてもらった料理は全部覚えてる。今日の朝ご飯は焼魚定食だ。朝獲ってきたばかりの魚を捌いて塩焼きにする。
スープは大根と人参とお揚げの味噌汁。そして、ウチの山の鶏からもらってきた卵でだし巻き卵を作ろう。最後に山の裏側の海で採れたヒジキの煮もの。
婆ちゃんが良く作ってくれた朝食のメニューだ。
料理を覚えてからは交代で作ったっけ……でも婆ちゃんが動けなくなってからはずっと僕がご飯を作ってた……。
婆ちゃんのことを思い出して涙がこみ上げる。
いやいや、こんな風に悲しんでたら、旅だった婆ちゃんを心配させてしまう。僕が一人でもちゃんと生きていけるってとこを見せないと。
頭をブンブンと振って改めて朝食づくりに没頭した。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
東雲さんが一番初めに食堂にやってきた。
「この匂い……もしかしてヒノワ国の料理ですか?」
東雲さんが鼻をスンスンとひくさせて僕に尋ねる。
「そうです。今日の朝ご飯は焼魚定食ですよ」
「焼魚定食……まさか国を出て二年。この国でヒノワ料理を食べることができるとは……」
返事を聞いた東雲さんは、憂いを帯びた表情で遠くを見つめて呟く。
「もしかして東雲さんはヒノワ国のご出身なんですか?」
「はい。この学園に入学するために国を出ました」
そうだったのか。婆ちゃんの料理は美味しかったけど、本場には負けるよなぁ。
彼女に料理を出すのは少し緊張する。
「そうでしたか。地元の方に出すのは恥ずかしいですね」
「いえいえ、楽しみにしています。あっ、お手伝いしますよ」
「大丈夫ですよ。すぐ終わりますから」
「そうですか。それなら、皆さんを起こしてきますね」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
配膳を手伝おうとする東雲さんの申し出を断ると、彼女はウキウキとした様子で他の寮生を起こしに行ってくれた。
皆を起こそうにも部屋に入ってまた着替えとかしてたらマズいだろうし、彼女が代わりに行ってくれるのならありがたい。
それに、本当に朝ごはんを楽しみにしてくれているみたいで嬉しい。
「あぁ~、良い匂いがするね」
「そうかも」
盛り付けて配膳をしていると、スカイロードさんとフロストラントさんがやってくる。
二人も東雲さんと同じように鼻をひく付かせた。
スカイロードさんは頬を緩ませ、フロストラントさんはほんのり口角が上がっているように見える。
「お、おはようございます」
「あ、おはようございます」
「ひっ」
次に食堂に入ってきたのは黒髪のシャドウナイトさん。
挨拶を返したら、配膳している僕から凄い勢いで距離を取った。
「あっ、あんたコクヨウになんかしたんじゃないでしょうね?」
ちょうどそのタイミングでブラッドレイさんがやってきて僕を睨みつける。
「な、何もしてませんよ」
「嘘でしょ。そうじゃなかったらコクヨウがこんなに怯えるわけないわ。私が叩きつぶしてあげる!!」
首を振って否定してもブラッドレイさんは聞く耳を持たず、昨日と同じように剣を出現させて僕に近づいてくる。
「本当ですって!!」
「問答無用!!」
もう一度否定したら、ブラッドレイさんは僕に跳びかかってきた。
「なっ!?」
しかし、彼女の攻撃はシャドウナイトさんによって止められた。
「ご、ごめんなさい。ルビィ先輩、私が驚いちゃっただけなんです」
彼女は僕たちの間に立って通せんぼをするように手を広げている。
「ふんっ。命拾いしたわねっ」
ブラッドレイさんは剣を消し、鼻を鳴らして席に着く。
「すご……」
彼女は腰を下ろすなり、ボソッと呟いた。
「何か言いました?」
「なんでもないわ。さっさと配膳しなさいよ」
聞き返すと、彼女は不機嫌そうに明後日の方を向いて僕を追い払う。
なんて言ったんだろう……。
僕は疑問に思いながらも言われた通り、全員分の料理を並べ終えた。
「それじゃあ、いただきます」
「「「「「いただきます」」」」」
東雲さんも戻ってきたので、寮母ということで僕が仕切って食前の挨拶をする。
あぁ~、これこれ。自分で言うのもなんだけど上手くできたなぁ。
「なにこれ、うっまぁ!!」
「おいし」
「お、美味しい……」
スカイロードさん、フロストラントさん、シャドウナイトさんが、ご飯を食べるなり目を見開き、その後で顔を綻ばせた。
どうやら喜んでもらえたらしい。
婆ちゃん以外に料理を振る舞うのは初めてだったので、僕は心の中で安堵する。
「……」
しかし、東雲さんが次々と料理を食べていくが、無言のままだ。
「し、東雲さん?」
僕が話しかけても全く返事をすることなく、凄いスピードで料理を減らしていく。
「ふぅ。すみません。余りに美味しかったもので、夢中で食べてしまいました」
全て食べ終わった後、口元を拭って少し恥ずかしそうに頬を染める東雲さん。
ヒノワ国出身の彼女にそんな風に言ってもらえて凄く嬉しい。
「そうでしたか。地元の方の方に合うか心配だったので安心しました」
「いえ、レイさんの料理は我が家の専属料理人以上でした。まさかこれほどとは……どこかで修業されたんですか?」
「いえいえ、僕なんてそんな……ただ、婆ちゃんと料理を作っていただけですよ」
東雲さんが絶賛してくれるけど、彼女の家の専属料理人より美味いだなんてお世辞がすぎる。
僕は山暮らしの田舎者。修業なんてしてない。本職の料理人に勝てる要素は何もない。
なんて優しい人なんだろう。
「それでこの味……信じられません……」
「あっ。もしよかったら、おかわりはいかがですか?」
「「「「お願い(します)」」」」
なんだかバツが悪くなって提案すると、ブラッドレイさん以外の全員がお代わりを要求した。
こんなに嬉しそう食べてくれるなら寮母冥利に尽きる。
「あ、あの、ブラッドレイさん」
朝ご飯を食べ終わった後、黙って食堂を出ていこうとするブラッドレイさんに話しかける。
「なによ」
「美味しく、なかったでしょうか……」
ブラッドレイさんだけ何も言わずに淡々と食べていたので心配になった。
「……わよ」
「すみません、聞こえませんでした。もう一度言ってもらえますか?」
ブラッドレイさんの声が小さくて聞こえなかったので、耳に手を当てて聞き返す。
「美味しかったって言ってるの!!」
「ホントですか? 良かったぁ」
ブラッドレイさんの気持ちが聞けて僕は心の底からホッとする。
「あっ!! でも、そこそこなんだからね。あんたのこと認めたわけじゃないんだから!!」
「はい!! もちろん分かってます!!」
「ふんっ!!」
ブラッドレイさんは僕に釘をさすと、そっぽを向くように食堂から出ていった。
「よし、これで第一歩だ。これからもっと頑張るぞ!!」
手応えを掴んだ僕は後片付けに精を出した。
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