第008話 異変

■ルビィ・ブラッドレイ視点


「そろそろ教室に行きましょ」

「そうだね」


 準備を終えた私は、ラピスを誘って教室に向かう。私とラピスは同じ二年生でクラスメイトなので、一緒に教室まで行くことが多い。


 ちなみにセルレとコクヨウが一年生。翡翠さんが三年生だ。


「それにしてもレイ君が作ってくれた朝食美味しかったね」


 教室までの会話は必然的にアイツの話題になる。


 それは、今日から寮母として働き始めたレイ・アストラルのこと。


 銀髪で空のように蒼い瞳を持つ線の細い少年。一般的に見ればかなり容姿は整っている方だと思う。


 でも、私とアイツとの出会いは最悪だった。


 アイツは私が着替えている脱衣所に勝手に入って来たかと思えば、あろうことか謝罪もせずに挨拶をしてきた。


 女性しかいないこの学園に男がいること。男に着替えを覗かれたこと。私の体を見てもなんの反応もないこと。


 色んな感情がないまぜになって私はアイツに斬りかかった。


 後で話を聞いてあいつの境遇は分かったけど、だからと言って納得できるかと言えば全くできない。


「ま、まぁ確かにそこそこ美味しかったわね」

「素直じゃないなぁ」


 だから私は素直にレイの料理を称賛できなかった。ラピスがニヤニヤとした顔で私の脇を肘でつついてくる。


「ふんっ。寮母なんだから料理くらいできて当然でしょ」

「あっ。待ってよー!!」


 イライラした私は足早に教室に向かった。


「前回の振り返りから始めたいと思います」


 今日の最初の授業は魔法史。


 魔法の歴史を学ぶ授業だ。ただ、私はこの授業が物凄く苦手だった。


 淡々と教科書を読み上げ、要点を板書するだけ。退屈な上に先生の声が心地よくて眠くなってしまい、内容が全然入ってこない。


 それに、偉人の名前や事件の名前が多すぎて覚えきれない。そのせいでテストの点数がすこぶる悪かった。


「あれ?」


 それなのに今日は違った。


 授業を聞いていても全く眠くならない。それどころか、先生の言っている言葉がスッと頭に入ってきて、内容がストンと腑に落ちていく。


 今までこんな感覚になったことはなかった。


 特別なことは何もしていないので、今日は調子がいいのかな、なんて思っていると、隣に座っているラピスが話しかけてきた。


「ねぇ」

「なによ」

「なんか今日おかしくない?」

「どういう意味?」


 あまりに漠然とした内容なので詳しく話を聞く。


「いつもより授業内容が頭に入ってくるというか、集中力が上がっているというか」

「ラピスもそうなのね」

「ルビィもそうなんだね」

「なんでかな」

「分からないわ」


 私だけならともかくラピスも同じなら気のせいじゃないはず。


 でも、その原因が分からなかった。


 昨日私たちはいつものように休んで、朝アイツが作った朝食を食べて学校に来ただけ。何も特別なことはない。


「うーん、もしかしたら……」

「何か分かったの?」

「いや、消去法でいくと、レイが作った朝ご飯かなって」


 よりにもよってアイツが原因だというラピス。あんな変態にそんな力があるはずがない。


「確かに味は美味しかったけど、流石にないでしょ」

「うーん、でもそれ以外にいつもと違うところってある?」

「……」


 そう聞かれると何も言えない。


 確かにいつもと違ったのは、アイツが作った朝食を食べたことだけ。


 確かに可能性としては一番高い。


「いいえ、それはないわ。これは私たちの調子がいいだけよ」

「そうかなぁ」


 でも私は認めたくなくてついつい否定してしまった。




 おかしな現象は別の授業でも続く。


「それでは、本日は中級の火魔法を教えたいと思います」


 それは魔法の実習の授業で起こった。


「今回教えるのは、ファイヤートルネード。炎を伴う竜巻を起こし、周囲を巻き込んで燃え上がらせる魔法です」


 座学はともかく、実習に関して私は履修済みと言えるだけの力がある。


 それと、基本的に髪と瞳の色は得意な魔法の属性に影響を受ける。私は火の魔法との相性がかなり良いので、深紅の髪と瞳を持っている。


 逆に青い髪と瞳を持つラピスは、水魔法との相性がとても良い。


「そうですね。ブラッドレイさん。お手本を見せていただけますか?」

「分かりました」


 それを知っている先生に指名され、私はファイヤートルネードを放った。


「はっ?」


 しかし、自分が放ったファイヤートルネードを見て間抜けな声を漏らしてしまう。


 なぜなら、ファイヤートルネードが普段の数倍巨大になっていたからだ。


 ――ゴォオオオオオオッ!!


 凄まじい音をたてながら周囲にあるものを飲みこんで燃やしていく。


「うわぁあああああっ!!」

「逃げろぉおおおおっ!!」


 訓練場にもかかわらず、辺りに被害が出そうになった。


「ブ、ブラッドレイさん、やりすぎです。すぐに止めてください!!」

「は、はい!! すみません!!」


 呆然としていた私は、先生に言われてすぐに魔法を消した。


 魔力のこめ過ぎだと説教されたけど、私は普段通りに魔法を使った。


 改めて探ってみると、私の魔力が大幅に膨れ上がっていた。なぜか私の魔力がいつもより大きくなっていたみたい。


 ファイヤートルネードが大きくなったのは間違いなくこのせいだ。


 それから各々実践する時間になったとき、ラピスがはしゃぎながら言った。


「見てよ。僕でもこんなに大きな竜巻が出せたよ!!」


 ラピスの前方には、私には及ばないものの大きな炎による竜巻が形成されていた。


 基本的に得意な属性の反対の属性が不得手になる。彼女の場合で言えば、火魔法がかなり苦手のはずだった。


 その彼女がいつもの私にも劣らないファイヤートルネードを放っている。


 これはどう考えても気のせいで済ますことはできない。


 原因は十中八九アイツの朝食。


 多分アイツは私たちのご飯に違法な薬か何かを入れたに違いない。そうじゃなければ、ここまでの威力が出るなんてありえない。


 私は帰ったら、とっちめてやることに決めた。

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