第4曲 クーネル・エンゲイザー
○タイトル:クーネル・エンゲイザー/作詞:電ǂ鯨 作曲:電ǂ鯨 編曲:電ǂ鯨
・イラスト:冬海ましろ・他・はしか・にじみこんいろ・団子串
・唄:琴葉茜・葵
・コーラス:ストピくん・根音ネネ・AquesTone2
○ジャンル:ボカロ
○曲構成:イントロ→①A1→①A2→①B→①サビ→②中間→②サビ→間奏(ソロ)→③A1→③A2→③B→③サビ
クーネル・エンゲイザー
寒くなってきたこの頃にふさわしい曲です。
この曲は解釈の余地はあまりないです。曲を聴いていれば終末世界のストーリーとわかります(極貧生活説もありますが)し、その理解の上で曲を聴けば解釈の必要はなさそうです。なので、これは解釈というよりも感想のようなものだと思ってもらえればいいです。もちろん、ところどころ考察は入れますので、お楽しみください。ただし、いつもの通り、これはあくまで考察にすぎません。また、昨年の曲のランキングを付けた時に、この曲について少し述べています。それと一部重複することもご承知おきください。
⓪タイトル
クーネル・エンゲイザーというタイトルが何を表すか。「クーネル」は「食う」「寝る」で間違いないでしょう。一方、「エンゲイザー」は「and gazer」「engager」「engazer」など様々考えられます。「gazer」は「見つめる人」、「engager」は「~に携わる人」だとか。engageが「従事させる」という動詞なので、そういう人だということでしょう。「engazer」は検索しても特に出てきませんでした。
こうなると二択になりそうですが、ウィズダム英和辞書では「engager」という単語も出てきませんでした。「従事者」は普通「employee」を使うようです。そうなると、「and gazer」でとった方がよさそうです。
さらに曲中で、「食う」「寝る」「見る」の三つはかなり強調されています。
1番のサビが終わった直後の歌詞には「ご飯を食べる」「それから眠る」「外を見ながら」という歌詞があります。PV中ではこの部分に色がついているのです。そのあたりから、決めてしまっていいでしょう。
①凍った世界と境界
歌詞中には姉妹という言及はありません。が、ここではこのふたりを「姉妹」として扱います。ヴォーカルの琴葉姉妹は、姉が茜、妹は葵ですので、それに準拠する形です。歌いだしで、「L:ことのはあおい R:ことのはあかね」とあります。これはイヤホンと対応しており、どちらが歌っているかがわかるようになっています。
1番Aメロ①では、外の景色が描かれます。
何らかの原因で世界が凍り付き、静かになった。
そんな世界で息を吸い込むとどうなるのか。次のような歌詞があります。
”あまり静かで思わず息を吸い込んだ人は 冷えた夜が肺に砕けて散った。”
その後、Aメロ②は、次のような歌詞から始まります。
”二人はそんな外の景色を見て怖くなって、白くて浅い呼吸をするのだ。ひぽ、ひぽ、せー、ぜ。”
「そんな外の景色」には「そんな」という指示語があることから、直前の歌詞を受けていると言えます。つまり、二人は、人が「散った」様子を見たといえます。だから怖くなって、深い呼吸ができなくなった。これは、恐怖のあまり息切れのようになったということでしょう。一方、肺が凍らないように、という「予防」の意味もあったのではないかと思います。
「外を見る」という意味の文は曲中で三度登場します。裏を返せば一貫して姉妹は家の中にいるわけです。
私が初めてこの曲を聴いたとき、次のように認識しました。
外は危険、内は安全。だが、電気が切れたら全てが終わりで、曲の最終部ではその終わりが一言で述べられている。
これは大きく外れているわけではないと思いますが、今改めて聴いてみると少し楽観がすぎると思うのです。
つまり何が言いたいのかというと、家の中にも確実に寒さは入ってきているということです。
もう一度確認ですが、姉妹は家の中にいます。家の中は電気やガスが通っており、コンポタを作ることができ、こたつも動いています。歌詞中にはありませんが、PVにはエアコンも描かれており、暖房が効いているのだろうことも想像できます。
それにもかかわらず、家の中でも「白い息」が浮かぶのです。もう一度、先ほどの歌詞を見てください。「白くて浅い呼吸」とはっきり書いてあります。
1番Bメロの「二人の口ずさむ歌も掴まれ消えたので。」とあるのも、白い息の描写なのではないかと私は思います。
実はこの部分の歌詞の解釈は難解で、私自身かなり考えました。
まず「掴まれた」とあるからには、掴んだ主体がいるはずです。
私はこれを、歌声という形のないものが、「寒さ」によって白い息という形をとっていると捉えました。理科で「再結晶」という現象を勉強しますが、あれの極限ととってもいいかもしれません。いずれにしても、無形のものをも有形にしてしまうほど、外の寒さが厳しい様子を表しているのではないか。
最後には「ので」という因果関係を表す接続語が入っています。これは当然、サビに繋がっていくはずです。
Bメロ部分が外の寒さの比喩だと表すのだとすると、こういう構造になります。
歌声が形をとるほど外の寒さが厳しいので、ふたりは次の季節が来ないと泣いている
家の中にも外から冷気が入ってきており、白い息が浮かぶ。歌声は形になる。
もちろん、外と内とでは内側の方が寒さが和らいでいることは間違いありません。だからこそ、二人は食べたり寝たりできているのです。それくらいの環境で、姉妹は生きています。
②好きって言ってあげてもいいよ。
姉妹の関係についてです。
たった二人の姉妹の絆の強さは、2番サビ「かたくなに手を繋ぐ」からわかります。サビのPV(おそらく一番印象的なドット絵の踊る二人)でも仲がよさそうです。
ここからは、かなり飛躍しますが、二人の性格を考えてみたいと思います。
まず姉の方は、途中までは謎です。しいて言えば、普通というべきでしょうか。
一方、妹は、1番サビと2番サビの中間の歌詞で、次のように言っています。
”やっぱり世界が眠らなかったら、すきって言ってあげてもいいよ。”
これは、姉に対する感情です。ここからは、妹が「ブラックジョークともとらえられる、おどけた台詞を言ってみせるキャラクターである」ということが読み取れます。
「やっぱり」という言葉には「思っていた通り」というニュアンスがふくまれることから、どこまで本気かはわかりませんが、妹は世界が滅びない未来をある程度は希求していることがわかります。当然ですね。
しかし同時に、それがかなわぬ未来であることも知っている。だからこそ、姉と「かたくなに手をつなぐ」(2番サビ)のです。
また、3番Aメロでは、妹が窓を開けてしまうという事件を起こします。この描写の秀逸さについては③で述べるとして、ここでは妹の心理を考えてみたいと思います。
まず3番Aメロでは、窓を開ける直前の心情がきちんと書かれています。
”そんなくらしがある時急にかなしくなり”
この時の妹の心情は、「未必の故意」と「期待」でいっぱいだったのではないかと思います。
「未必の故意」とは、ある事象の発生を積極的に起こそうとしたわけではないものの、それが起こり得る認識を持っており、それが起こってしまってもかまわないとする認識の事です。
たとえば、友人の自転車を借りた時、ブレーキが壊れてしまったとします。そのとき、頭の中には一瞬、これを放置したら友人がけがをしてしまうかもしれないという考えが過ぎるでしょう。最悪の場合、死んでしまうかもしれません。しかし「もしそうなったとしても、まあいいか」と思ってしまい、その結果友人が怪我をした場合、これは「未必の故意」によるものと言えます。
この場面でも、そうなる素地はできあがっています。
つまり、いつまで続くかわからないが確実に終わりを迎えてしまうこのくらしに対して、妹は「かなしさ」を感じてしまった。それによって、「もし自分が「くだけて散った」としてもまあいいか」と思ってしまい、窓に手をかけてしまった。結果は、悲惨なものでした。
後者の「期待」に関しては、もっとシンプルで、もしも窓を開けて何事もなかったなら、何も恐れることはないということです。先ほどの「好きって言ってあげてもいい」条件は、まさにそれでした。
妹からすれば、ある種の賭けだったのかもしれません。しかも、「未必の故意」であるならば、損はしない。
しかし、実際はそんなことはなく、これ以後、悲壮感はいよいよ増していきます。
③二階の窓を開けたが最後
この曲を聴いた人にとってもっとも印象深く記憶に残るのは、最後のAメロ→Bメロ→サビの部分でしょう。
”そんなくらしがある時急にかなしくなり
二階の窓を開けたが最後
ぼくは冷たい空気をまともに吸い込んで
右の手と肺と心が凍ってしまったの。”
妹は、ふと悲しさを覚えて二階の窓を開けてしまいます。窓の外は、恐ろしいくらいの冷気が漂っています。妹は当然それを知っている前提で、窓を開けていることは前述のとおりです。
そして、この部分はとても秀逸です。
窓を開ける→手が凍る→肺が凍る→心が凍る
冷気が妹の身体を冒す順序がはっきりと示されており、PVにもそのシルエットが写っています。
続く歌詞、ここは難解です。
”夜は箱庭 歌の分子さえも 3メートルで凍り付く”
「箱庭」とは、「浅い箱に土や砂を入れ、小さい橋・家・人形などを置き、木や草を植え、庭園・山水などに模したもの。」(goo辞書)を表します。「分子」は「原子の結合体で、その物質の化学的性質を失わない最小の構成単位」(goo辞書)を、「3メートル」は、人間の声が届く限界の範囲です。そこまでは調べればわかることなのですが、ではそれらの言葉たちが、総体としてどんな意味をなすかは、作者にしかわかりません。
「箱庭」は「姉妹の家」を表している、と単純化してとらえることもできますが、あくまで歌詞は「夜=箱庭」です。
この曲での「夜」の用例はここと、「冷えた夜が肺に砕けて散った」、「ぐるぐる夜に二人の口ずさむ歌も掴まれ消えたので」の二カ所。一般的に想像する、時間帯を表す単語「夜」と大きな
「歌の分子」は「歌の単語一つ一つ(これはもしかしたらもう少し細かく、母音・子音単位かもしれません)」、それさえも「3メートルで凍り付く」。これは1番Aメロの部分、すなわち前述の歌すら形をとる、という解釈と繋がる部分がありそうです。
ともかく、こうして妹の右手、肺、心は凍り付きます。姉にはそれを話すことができません。よって、最後の歌詞は、それぞれ別の歌詞になっています。
ここでは、初めて姉の気持ちがわかります。
姉の口から、「次の季節は何をしようか」という未来志向の言葉が現れるのです。直後にそれを「夢に見る」と続くので、その未来を確実視はしていないことがわかりますが、とはいえ、未来のことに思考が向いているのです。「来ない未来を、それでも来ることを希求する」、それは本来、妹が持っていた考えです(②参照)。もしかしたら、妹の言葉やブラックジョーク交じりとはいえ楽観的であった妹の姿に感化されたのかもしれませんね。
しかし、今や、妹はそれに応答する気力を持ちません。
仮にそういう未来が来たとしても、この腕は、肺は、動くことはないからでしょう。
サビの歌い出しも、姉が「今日もふたりは」と従来の歌い出しなのに対し、妹は「ねえね さむいよ」と始まります。そして、PV上の窓の右下にも、「さむい」と表示されます。(ちなみにこのとき、最後のカットになにか文字が表示されています。誰か解読してください)
そして、未解読ゾーンを挟んで、たった一言残して、この曲は終わります。
”電気止まっちゃった。”
④かなたの他者
最後に、動画のコメント欄にとても興味深い視点のコメントがありました。
ざっくりと言うと、「姉妹が生活できていた背景には、必ず発電者の存在がいただろう」というものです。
確かに、窓の外には電線が描かれています。また、電気と同じく生活に欠かせないガスについても、ガスが溜まっている球体のタンクがPV序盤に描かれています。
電気はこたつやエアコンの、ガスはコンポタには必須のお湯を沸かすもととなる資源です。
他にいるかもわからない存在のために電気を回し続けるというだけでもなかなかドラマチックですが、発電者は、もしかしたら姉妹の存在を知っていたのではないかとも思います。
これは完全に想像ですが、サビでラジカセが登場しています。そのラジカセにはふきだしがあり、二人の声が出ていることがわかります。
配信のような形で姉妹の声が発電者に伝わっていたとしたらどうでしょう。彼もしくは彼女にとって、それだけで発電を続ける原動力になります。
世紀末の世界で、人が最も知りたいと願うのは、自分と同じ生存者がいるのかどうかということだと考えられます。姉妹側もそういう考えの下、配信を行っていたのかもしれません。そしてそれは確かに誰かに届いていた。しかし、互いに外には出られません。息を吸い込んだ瞬間砕け散り、声すら凍る外の世界に出ることは、できないのです。だから発電者は、電気を送り続けるという形で応えた。
「まだ、私はここにいます」と。
そのつながりが最後の最後で絶えてしまった。そこには、凍り付いた妹と、息絶えた発電者と、間もなく凍り付く姉だけが残った。そんな物語だったのかもしれません。
以上、「クーネル・エンゲイザー」の解釈でした。
私は映画はほぼ見ないのですが、世界が滅びる、あるいは滅びる直前までいくようなストーリーに親しんでいる人であれば、また違った視点が得られるのかもしれません。今一度視聴して、なにか所見があれば勉強させてください。
蓬葉でした。
※なお、最後の未解読部分は歌詞も作者によって明かされています。(https://marshmallow-qa.com/messages/f4cd8214-a130-4429-b004-16b5a9a4688c)しかし、この部分の解釈は避けました。なぜなら、私が暗号解読が苦手だからです。(あと、どうせ他の誰かがやっているだろうと思うので)。この部分も、もし何か解釈がありましたら、教えてください。
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