第45話 一方で浅岡たちも大変なことに

 ヘリで向かうはグランドキャニオンがあるアリゾナ州最大都市フェニックス市である。

 ここのとあるホテルの一室にミスター浅岡が俺たちを待っているのだ。

 米国の協力を得ることができたのなら、彼の見えない戦いもひと段落ついたのだろうか?

 メッセージが来ないことが気になるものの、彼のいるホテルまで到着した。ここで案内してくれた米兵が準備が出来たら連絡を入れてくれと言って去っていく。

 

「お帰り。蓮夜。滝さん。紬さん」

「凄いです! 原初の塔をクリアしてしまうなんて!」


 ホテルの一室に入るなり、椅子から立ち上がった浅岡が迎えてくれる。

 そして、もう一人、俺もよく知る前髪の一部をオレンジ色に染めた女の子――琴美も顔を輝かせ両手を広げて喜びを露わにしていた。

 

「やはり、何かあったんだな」


 再開の挨拶もせず、父が渋面を浮かべる。

 うん。それは俺にだってすぐ分かるよ。部屋は荒れ放題になっているからね。

 壁にかかった絵が床に落ち、額縁が割れているし、窓には銃弾の跡らしきものもある。ベッドのシーツはめくれ上がって浅岡が座っていた椅子とセットのテーブルだって脚が歪んでいるところがあった。

 

「さすがアメリカというか。いきなり狙撃されたよ」

「マジか! 無事でよかったよ……」

「君と琴美のおかげさ」


 眼鏡に指先を当てた浅岡が琴美に目を向ける。

 「そんなことないですよー」などと手をヒラヒラさせる彼女であったが、護衛役として彼女にもアメリカに来てもらったことが功を奏したよ。

 浅岡はずっと目に見えない戦いをしていただろ。

 能力者である彼の防衛を非能力者が突破できることはなく、電子では無理だと諦めた輩の一部が直接行使に来ても不思議じゃない。

 でもまさか暴力的な手段に出るとまでは考えてなかった。

 しかし、浅岡は身柄を確保するなら「僕が一番だろ」と言ったことから、確かにと納得する。

 俺たちにちょっかいをかけてくる理由は様々だと思う。だけど、俺たちに要求を飲ませるに一番手っ取り早いのが仲間を拉致すること。

 拉致しようとする側からしたら俺と浅岡のどちらかなら、迷わず浅岡を選ぶよな。

 彼は非戦闘系であるわけだし。

 妹と母については問題ない。屠龍のメンバーが護ってくれている。父に感謝。

 戦闘系の能力者が一人いれば、一般人が束になってかかってもまるで相手にならないからね。


「琴美はともかく、俺は何もしていないけど……?」

「インスタントピラーに行ってレベルを上げてもらっただろ。そのおかげで銃弾なんて何のそのだったよ。さすがに能力者も絡んできたら琴美の出番となったわけだけど」

「能力者まで……。日本じゃ有り得ない話だな……」

「探索者崩れが金欲しさにやったのかもね。もうお縄になったさ」


 野良探索者なんて漫画の中だけの話と思っていた。

 日本じゃ厳しい。能力者は多かれ少なかれ監視下に置かれているから。

 能力を発現するとすぐに測定しろってお知らせがくる。どうやって探知しているのか不明。能力者が協力しているんだろうな、きっと。


「大活躍だなんてそんな。Cランク下位の探索者崩れでしたし。レベルも低そうでした」

「ありがとう。琴美」

「いえ! 連夜先輩がレベルを上げてくれたからです!」

「いやいや」


 ありがとう合戦になりそうになった時、父が「まあまあ」と止めてくれた。

 父も改めて琴美に礼を述べ、浅岡に「危険な目に合わせてすまなかった」と謝罪する。

 彼が悪いわけじゃないのに何故そこで謝るのだろうと不思議に思うが、彼なりの礼なのかなと一人納得することにした。

 

「積もる話は後にしよう。米兵が待っているからな」


 父の発言にそれもそうだな、と揃ってゾロゾロと部屋を出る。

 

 米兵がまず見せてくれたのはスクリーンに映し出されるアメリカ国内の地図だった。地図にはポツポツと光の点があって、インスタントピラーの場所を示していると説明を受ける。

 これが現在はこうだと、全ての光の点が消えた。

 50階を越えるインスタントピラーについては消えた瞬間の映像もあり、いくつか見せてもらうとクリアした時と同じような感じで消失しているという。

 実際にクリアされたインスタントピラーを外から見るのは初めてで思わず「おお」と声をあげた。


「以上です。それとあなた方に一つお伝えしたいことがあります」


 そこで言葉を区切った米兵は驚くべきことを告げる。

 

「大統領が皆さんにお会いしたいと言っています。ホワイトハウスにご招待したいとも」


 「ええええ」とお互いに顔を見合わせた。

 でもなあ……。そこで唐突に壮年の男性がスクリーンに映る。こ、この人ってアメリカ大統領じゃないか!

 アメリカ大統領となればさすがの俺でも顔を知っている。

 英語で喋った彼の言葉はすぐに通訳されて音声が流れた。 

 

 話し合いの結果、大統領とはウェブ会談を行うことになる。

 大統領としては直接会いに行きたかったと何度も繰り返していた。

 この時は大統領に10分しか時間が無く、別の時間で改めてとなったのだ。

 俺たちはすぐにでも日本に帰りたかったから、このまま滞在することもワシントンに移動することも謝辞したんだよね。

 そこで大統領は「専用機を用意する」と申し出てくれ、日本へ帰るためにフェニックスからロサンゼルスまで移動する必要のなくなった俺たちはその時間を大統領とのウェブ会談に当てることにしたのだ。

 そんなわけで、大統領とのウェブ会談の場所は俺たちが宿泊していたホテルににほど近い別のホテルなった。

 そうそう、妹がさ。「お兄ちゃんだけアメリカ旅行ずるい」って膨れていたんだよ。それで彼女にたっぷりとお土産を買う時間も必要なんだ。専用機で帰るのでお土産時間もちゃんと確保できたのでよかったよ。元々はロサンゼルスの空港での待ち時間にお土産を買うつもりでいた。

 余談であるが、彼女には父の手伝いをするために俺もついて行くということにしていて、俺が原初の塔に挑戦するってことを知らない。「探索者ならピラーに入ることもできるから」って理由をつけて妹を無理やり納得させたんだよな。父が。

 

 あっという間に翌日になり、指定されたホテルに向かう。

 それにしても、このホテル……物々しいな。一国のボスが指定するだけに豪華なホテルであるのだが、入口で昨日俺たちの相手をしてくれていた米兵が待っているし、中に入るとSPらしき黒服もいるわで……。しかし、マスコミ関係らしき者はおらず、写真を取られたりすることはなかった。

 ヘリの中で父が功績に感謝してくれるのなら、なるべく公にしたくない、と言ってくれたことが功を奏したようだ。

 この分だと日本に帰ってからも一躍人というシチュエーションを避けることができるかも。

 俺は世間から注目されたいとか、インフルエンサーになりたいとか、そのような気持ちは一切ない。

 過去の未来を経験せず、父が存命で母も病気になることがない人生だったのなら、名誉欲とか出世欲、そしてちやほやされたいと思ったことだろう。

 今の俺はそうじゃない、それだけだよ。

 有名になったら変に付きまとわれることが増え、政府関係者との関わり合いが強くなれば何らかの式典に出たり、などと余計なことに時間を割かれてしまう。

 そんな時間があるのなら、とっとと原初の塔に挑みたい。

 母が元気になればその限りではないが……結局のところ家族や友人たちが安全に暮らすためにはピラーを消滅させるのが一番だ。

 だから俺は原初の塔に挑むことを止めない。

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