第44話 ミスター滝
「巫女でいいんじゃないか、というのが俺の意見だ」
「どうだー。蓮夜くん」
「巫女だと結界とか回復なんてこともできそうな感じだからかな?」
紬のどやーはスルーして父に尋ねると、彼が頷く。
「じゃあ。さっそく。転職だー。ミスティック。お、おお」
特にエフェクトが発生したわけじゃなかったから、一見すると彼女に何ら変化が無い。
転職ができたのかな?
「うんと。ステータスが追加されたよ。名前の下に職業が入って、固有スキルの下に技能が入ったヨ」
「お、おお。てことは今まで使えたスキルは使えるのかな?」
「試してみるね。発動 『ワンタイムスクリーン』」
紬が手を振ると見慣れた薄い壁が出現した。
「行ける!」
「うん!」
固有スキルが残るのなら、職業は何でもいい。マイナスになることは一切ないのだから。
「助かったよ。紬ちゃん。じゃあ俺は
「鉄を加工しても、重たいだけだよな」
「そうだな。細工師なら炎のダメージを軽減してくれたりするブローチとかが作れたりするかもしれないからな」
「一儲けできるかも?」
「金は……唸るようにある青い宝石で十分だろ?」
「確かに」
そんなこんなで巨大な青い宝石こと原初のクリスタルをログハウスの中に運び込み、念には念をということでロフトの奥に布を巻きつけて置いておくことにした。
その日はそのままログハウスでゆったりとした時を過ごし、父と紬は「技能」について調べていたりして、携帯食糧を食べた後、ぐっすりと眠る。
「じゃあ。出ようか」
無言で父と紬が頷きを返す。
ボスには苦戦したが、これで原初の塔・病はクリアだ。
扉を開いたら、脳内にメッセージが届く。
『腐毒の王パロキシマスが倒されました。「病」が場から取り除かれます。「クリアボーナス」《世界の法則》一部バグが修正されました』
そして、インスタントピラーの時と同じように外に出た。同時にピラーも消失する。
「結局、母さんの病に関する情報はなかったか」
「あと四本ピラーがある。全てクリアしてから、また考えればいい」
「うん。きっと母さんは良くなる」
「そうだ。必ず、な」
残念がる俺に父が励ましてくれた。彼の方が俺より辛いはずなのに。
父は父として俺を気遣ってくれる。彼は俺の父であるが、同じ一人の人間だ。
いつまでもおんぶにだっこじゃダメだよな。父だって俺以上に焦っているはずだから、逆に俺があっけらかんとしなきゃ……無理かも。
母の病が一日でも早く良くなって欲しい。過去の未来から戻って来た日にそう願った。
父を。母を。そして、妹を。全てを救い、幸せな明日を掴み取る。
母には時間制限があるから、焦るなというのは無理な話だ。それは俺にピラーへ挑戦するのを止めろと言うのと同じようなものだよ。
バババババババババ。
外には人っ子一人いなかったが、軍用らしきヘリがやって来た。
監視していることは分かっていたけど、駆け付けるのが早過ぎないか。
戦々恐々としてヘリを見守っていたら、少し離れたところに着陸したヘリから軍服姿の男が二人こちらへ駆けて来る。
「ミスター滝。この度は原初の塔・病を消滅させて頂き感謝しております。あなた方の勇気と挑戦に大統領からも祝辞を預かっております」
日本語だ。日本語だぞ。
父を見やるが苦笑い。紬は俺と同じように「え、え」と驚き、俺と目が合った。
同類がいてホッとする。
「初めまして。滝です。もう大統領まで伝わっているのですか?」
「『原初の塔・病』から人を退去させることと影兎及びその周辺に対したサイバー攻撃に米国として規制のネットワーク網を張ることを条件にミスター浅岡がGPSの妨害を解除したのです」
「少数ギルドと少数の探索者に対し、破格ですね。それで、私たちがクリア目前にあることを把握していたのですね」
「おっしゃる通りです。ですが、『破格』の条件とは考えておりません。サイバー攻撃は犯罪行為であり、それを妨害することは米国として当然のことです。ミスター浅岡だからと言うわけではありません」
「労いの言葉。ありがとうございます。ヘリで来られたのは何か理由が?」
「ここから空港までは距離がありますので、お送りしようと。ヘリの中で一刻でも早く、あなた方の偉大なる功績をお伝えしたい思いもあり、駆け付けました」
父の社会人としての接し方を見ていると何だかむず痒い。
ソファーで寝っ転がってだらしなくビールを飲む姿が俺の中の父だってのに。
それにしても、米軍の態度が物凄い丁寧だな。大袈裟過ぎやしないか。確かに原初の塔をクリアしたことは前人未到ではあるが……急遽ヘリで駆け付けずとも、接触することは可能だろうに。
俺の疑問について、父が代弁してくれた。彼の想いも同じところにあったようだ。
「偉大なる功績とは。原初の塔・病をクリアしたことですか?」
「もちろん。原初の塔・病をクリアされたことは最も偉大な功績です。原初の塔・病が消失した瞬間。北米、南米にあるインスタントピラーの『全て』が消失しました」
な、なんだと……。
まさかの事態に絶句する。米兵に対応していた父も言葉を失っている様子。
「北米と南米とは両アメリカ大陸のインスタントピラーが、ということですか?」
確認せずにはいられなかった俺は直接米兵に尋ねた。
対する彼は「YES」と白い歯を見せて親指を立てる。
『「病」が場から取り除かれます』とは、インスタントピラーを消し去ることだったのか!
原初の塔は全部で五つ。ここアメリカに一つあり、ご存知日本にある「原初の塔・死」。他には候補の一つだった「真理」があるオーストラリア。
残りの二つはトルコとエジプトである。
両アメリカ大陸にある原初の塔は病のみ。そして、病が影響する地域というのが両アメリカ大陸だった。
「ねね。蓮夜くん。てことは、残りの原初の塔をクリアしちゃえばピラーの影響は消えるヨネ」
「だな。そうなればスキルも取り除かれるのだろうか」
「うーん。やってみないと分からないヨ」
「少なくとも、インスタントピラーからモンスターが出て来る懸念は完全に払拭されるよな」
「うんうん」と紬と頷き合う。
「詳しくはミスター浅岡と合流してから映像もお見せします」
「蓮夜。紬ちゃん。ヘリで送ってもらおうか?」
俺たちに否はない。原初の塔に挑めば必ず身バレすることは覚悟の上だ。
今更、彼らの誘いを断ったところで米軍が俺たちの顔を忘れてくれるわけでもないからな。
一応、出る前に紬からもらったゴーグルと飛行帽を装着してはいるけど、素顔ももちろん把握されている。
それに父と紬はギルドで顔と名前をオープンにしているから、俺だけ隠しても今更感が酷い。
余り顔を晒したくはないので、このままゴーグルを装着しておくかな。
「蓮夜くん。いっぱい人がいるところ以外ではそれ、とってもいいんじゃない? それとも紬ちゃんのプレゼントだから?」
「紬のプレゼントだからだよ」
「きゃー。でもでも。素顔も素敵だヨ」
「取らなくても紬は『見えてる』だろ」
心にもないことをのたまったら、紬がくねくねして右腕に抱き着いてきた。
チクリと罪悪感が胸を刺すが、父から「行くぞ」と呼ばれすぐに罪悪感など吹き飛んだ。
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