第46話 アイキャン……

 大統領との会談が終わり、お土産もたっぷり買って専用機に乗り込む。


「いやあ。それにしても、人だかりが出来てりしていなくて快適だった。父さん。米兵に言ってくれてありがとうな」

「俺があの場で言ったところで、ここまで情報統制が出来ているわけないだろ。蓮夜。一つ忘れていないか?」

「ん。何を?」

「ピラーに挑戦する際には必ずエントリーするだろ。米国でも変わらないぞ」

「あ、確かに」


 席に座ってぼりぼりとスナック菓子を食べならがら、父に話しかけると最もな答えが戻って来た。

 彼の目線はというと右隣りに座る眼鏡のイケメンに向かっている。

 

「じー」

「声に出して言わずとも説明はするよ」

「頼む」

「何々ー?」


 ひたすらオレンジ味のグミを食べていた紬も興味を惹かれた様子。

 さっきまで席順でぶつくさ言っていたのだけど、おやつをもらったらご機嫌になっていた。

 俺の右隣りは浅岡。そして、左隣は父。父の左は窓際席で景色が見たいらしい琴美に譲っている。

 浅岡の右隣りが紬。そっちも人気の窓際席じゃないか。何が不満なんだか。

 そんな彼女と目が合う。

 グミを投げてくれた。別にグミが欲しかったわけじゃないんだけど……まあいいか。

 

「米ギルド協会を通じて米政府機関と僕がやり取りをしたことは聞いているかな?」

「うん」

「君たちが250階を越えた辺りでコンタクトを取った。彼らに影兎の構成メンバーが誰なのか、個人情報も含めて既に知られていたからね」

「まあ、そうだろうな。ギルドには個人情報を登録するわけだし。非公開でも中の人なら見られる」

「今回は一時的に影兎へ滝さんと紬さん、そして琴美にも参加してもらった。なので、原初の塔・病に挑戦したのは影兎というギルドだよね」

「さすがに影兎のことは説明せずとも分かるって」

「君は抜けているところがあるから念のためだよ。単純な事だよ。木を隠すなら森さ。彼らに頼み、米政府系のギルドと米軍系のギルドにもエントリーしてもらったのさ」

「お、おおお。となると、米軍が全力を挙げて突破したと言っても説明がつくのか」

「米軍が……ではなく米軍系のギルド、だね。探索者はギルドに所属するか、個人でピラーに挑む決まりだよ」


 他にもいろいろ浅岡が調整してくれたようだけど、難しくてよく分からなかった。


「あ、あと。見えない戦いはどうなった?」

「米国がサイバー対策に乗り出してくれたからね。あとは片手間で大丈夫だよ」

「アメリカすげえ。大感謝だな」

「そうだね。君はそれだけのことをしたんだよ」

「俺が、じゃなく、みんなが、だよ」


 言わずとも分かってるって顔されたじゃないか。

 更に父が父性溢れる顔で微笑んでるし、紬なんてわざわざ席から立って俺の頭を撫でてきやがった。

 唯一の癒しは外に夢中の琴美だけである。

 

 ドゴオオオオン

 生暖かい空気が流れる中、唐突に物凄い音が響き、機内が騒然とする。


『××××』

『エンジンが爆発しました!予備エンジンも破損。不時着できるよう全力を尽くします』


 な、なんだと!

 飛行機事故のドキュメンタリーは見たことがあるから、空での事故がどういうものなのかも分かっているつもりだ。

 高高度で操縦不能となった飛行機の行く先は……。


「先輩! あれ!」

「こっちもだヨ」


 左右の窓からは炎上するエンジンが確認できた。あの爆発具合……機体も破損しそうな勢いだな。


「軟着陸を目指す前に飛行機ごと爆発炎上しそうじゃないか!」

「緊急事態だよね」


 浅岡が澄ました顔でそうのたまった。

 そうだよな、仕方ない。仕方ない。

 通常、能力者がピラー以外でおおっぴらに固有スキルを使うことは忌避すべきこと。

 俺がキャンプスキルをピラーの外で使って荷造りしてたじゃないかって? 俺たちしかいないところでやったし、問題ない。

 今回はパイロットや乗務員のみなさん、能力者以外の人たちにも影響を与えてしまう。

 生命を護るために能力を使わなきゃ、いつ使うんだって話だよ。人命救助に関してはやれることは何でもやって、非難を受けるなら甘んじて受けようじゃないか。

 この場にいる全員がそれを間違ったこととは考えていない。

 端的に示したのが浅岡の言葉だ。


「パイロットさんたちを呼んでくるネ」

「俺も行く」


 専用機であったことが不幸中の幸いか。乗客は俺たちのみで残りは飛行機のスタッフのみ。

 突然立ち上がった俺たちに客室乗務員の一人が「座ってください」と諫めるが逆に彼女を説得する。

 「俺たちの周りに全員集まってください」とね。

 ひと悶着あったが、エンジンが完全に壊れているだけじゃなく機体も空中分解しそうと絶望的な状況であったため、一縷の望みをかけ全員集合してくれた。


「あと何分ほどで地面に衝突しますか?」

「『無事に』衝突するとすればあと10分かそこらです」


 無事に、と来たか。


「発動 『ログハウス』」


 突如出現したぬくもりを感じさせる木の扉にスタッフ全員が驚きの声を出す。

 構わず俺が扉を開き、真っ先に父と浅岡が中に入った。

 中には青い宝石がわんさか入っているから、いくら緊急事態とはいえキッチリとスタッフの人たちを監視してもらわないと。

 続いてスタッフを、最後に紬が扉をくぐる。

 

「先輩。失礼します」

「いや、手を繋ぐだけでいいんじゃ」

「もし衝撃で離れてしまっては、先輩が真っ逆さまですよ!」

「それもそうか」


 ギュッと後ろから俺を抱きしめて来る琴美にドキリとしたが、彼女は真剣だった。


「外に出ちゃった方がいいかな?」

「どちらでも。大丈夫です!」

「じゃあ、せっかくだし!」

「いつでもどうぞ!」


 よっし、確か緊急脱出用の扉があったよな。

 スタッフはログハウスの中……どこか分からん。

 素手で破壊できるかな? 思いっきり機体をぶん殴ってみたらまるで豆腐のようにあっさりと機体に穴が開いた。

 途端に吹きこんでくる氷つきそうな空気にブルリと体が震える。琴美の腕にも力が籠った。


「アイキャンフライ!」

「きゃー」


 棒読みだって琴美……。そんなわけで、外にダイブを敢行する。

 あっという間に飛行機との距離が離れ、一面の空、空、空。雲を突き抜けた先は地平線の向こうまで海だった!

 

 海面まで残り1000メートルくらいのところで急激に落下速度が緩やかになっていく。

 琴美のスキル「重力」がその効果を発揮する。

 上向きの重力がかかった俺たちは残り海面まで残り100メートル辺りで完全に静止した。

 

「琴美。どっちが日本だ?」

「私に聞かれても、分かるわけないじゃないですかー!」

「それもそうだよな。浅岡に聞くか。そのまま重力を維持してくれよ」

「もちろんです。絶対に先輩を離しません」


 ログハウスを発動させ、木の扉を開ける。

 

「浅岡。どっちが日本だ?」

「この中はGPSも繋がらないんだ。扉を開けると大丈夫なようだね。一旦陸地に上陸したらどうだい?」

「島か。地平線の彼方まで海だぞ」

「スマートフォンでコンパスアプリを出して。そして……蓮夜に説明するには難しいか。僕が誘導したいところだけど、琴美の重力から出ると真っ逆さまだ」

「俺が浅岡を掴んでおけばいいんじゃない?」

「絵的に気が進まないのだが……」

「だったら琴美に後ろから抱き着けばいいんじゃ?」

「手が空かないだろ」

「ったく。我がままだな。あ、そうだ。ログハウスの窓を少し開けたら外と繋がらないか?」

「試してみよう。一旦二人とも中へ」


 浅岡が開けてくれればいいじゃないかと思ったけど、ここはピラーの外でパーティを組んだりとゲーム的なことはできない。

 一旦俺もログハウスの中に入り、ロフトにある窓を少しだけ開けてみたら外と電波が繋がった!

 そんなわけで、再び外へ。

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