第19話 頼りにしてるよ
「君の父も同じ意見だと思うけど、君の名が知れることはなるべく避けたい。だけど、優先順位は君の母の病気のことだよ」
「俺も同じだよ」
「君の方針から聞いてみようか」
「あ、ええと」
過去の未来で起こったことが確実に起こる……わけじゃないと楽観的にはなれない。
近く母の病が発症すると考えて動く。父の時と同じだ。
「まとまってなくてごめん。俺の夢では母さんの病は徐々に進行していくタイプだったと思う。対症療法しかないと担当医が言っていた」
「最優先事項は君の母の治療、だね」
「うん。すげえな。要領を得ないのに察してくれるとは」
「対症療法しかない、どのような症状が出ていたのか覚えているかい?」
浅岡にも以前話をした気がするんだけど、父を交えての確認の意味が強いか。
「こう、体の力が常に抜かれている、と言ったらいいのか。日に日に衰弱していく。体のどこも悪くないのに」
「体は健康体そのものだけど、加齢による衰えじゃなく、衰弱していく、と」
「うん。今思い出しても口惜しい……。栄養のある食べ物とか適度な運動がストレスが、とかそんな問題じゃないんだ」
「分かった。君はどうすればいいと思う?」
そうか。これが方針を決めるってやつか。やっと理解した……。
「できる限り資金を集めたい。母さんの病の原因を突き止め、治療して欲しいから」
「そうだね。お金はあるだけあった方がいい。影兎にとってもね」
「富士樹海で取った青い宝石で結構稼げたかな?」
「聞いておくかい?」
「いや、いい。これだけあるんだから、と気が緩むことは避けたい」
父を救うまでにあった強烈な焦燥感と緊張が緩んでいる。
これでもう大丈夫なんじゃないかって。父がいるなら母のこともって甘えが生まれているのだ。
全てを一人で達成できるなんて露ほども思っていない。
父のことだって浅岡がいたから何とかなった。頼ることができる人がいるのなら、遠慮なく頼る。
だけど、それで安心しちゃあいけないんだ。
これじゃあいけない。気を引き締めろと俺なりに自分を律している。
ここにお金があるから……とはなりたくない。浅岡に任せっぱなしで申し訳ないが、資金については彼に管理してもらう。
彼は笑って「任された」と言い、眼鏡に指先を当てる。
資金を稼ぐとなれば、選択肢は一つだ。
「俺はただピラーに挑めばいい。だったよな」
「そうだね。僕が手配する。君はピラーに集中。ただ、原初の塔に行くのはまだにしよう」
「まだ実績が足りないかあ」
「実績は問題ない。だけど、原初の塔は身バレする危険性が非常に高い。あそこは連日誰かしら撮影に来ているからね」
「影兎としてエントリーしたら、いや、浅岡が言うんだ。そういうことだな」
「ははは。信頼してくれて嬉しいよ。いざとなれば挑んでもらう。原初の塔ほど君の実力を高めてくれるところはない。ただし、300階はダメだ」
「言わんとしていることは分かる。俺も同意見だよ」
浅岡と顔を見合わせ笑い合う。
300階のボスは命と引き換えに能力をあげるスキルを使ってやっと渡り合えるくらいだった。
次に彼は父に目を向ける。
「お願いがあります」
「分かってる。
「ありがとうございます。僕も調べます」
「Webを通じて、は浅岡くんに任せる。俺はギルドやらの人脈を使うよ」
「僕に一任、ですか」
「蓮夜との会話を聞く限り、君ほど切れる者はそうはいないと思ったよ。それに、フェイクセンスは調べものにも向いているんだろう?」
「おっしゃる通りです」
だいたいこんなところか。
集まってまでする内容じゃなかったが、父と浅岡と俺の三人で集まることが大事なんだ。
父は今のところ、母の病気について調べてくれるだけであるが、事態が変われば彼とピラーに挑んだり、もすることになるだろう。
俺にとって家庭内は父が、影兎に関しては浅岡がいてくれて心強い。
「ええと、まとめると。母さんの病を調べることと、資金集め。俺は実力をつけることも兼ねてピラーに挑む」
「そうだね。今のところはそれでいいと思うよ」
「浅岡くん。うちの不出来な息子をよろしく」
「父さん、間違ってないけど」
「蓮夜。言葉そのままの意味じゃないよ。挨拶の言葉だよ」
「え、そうなんだ」
父に突っ込みを入れたら浅岡から逆に突っ込みが入った。
な、なんだと。そんな挨拶があったのかよ。
一般的には愚息って言葉を使うらしいんだけど、浅岡が言うには俺が愚息って意味を理解できないと考えた父が言い換えたのだろうとのこと。
じゃあ、愚息って何だよ、って話だが、愚息は息子をへりくだって言う場合に使うんだって。
だ、ダメだ。眠気が。
眠そうに眼をこする俺の名を呼ぶ浅岡。
「蓮夜?」
「実はピラーから帰ってきてから寝てないんだ」
「それで授業中ずっと寝ていたんだね」
「ちょ、父の前で何てことを」
幸い父は苦笑するだけだった。
◇◇◇
浅岡を送り届けてから車内で俺と父の二人きりになる。
到着するまで寝てしまおうと思ったんだけど、ふと出て行く前のことを思い出す。
「父さん。着物姿の美女が訪ねて来てなかった?」
「お。蓮夜はああいうのが好みか」
「そう言う話じゃなくて。たしかに綺麗な人だったけど」
「そうか、そうか」
「その顔やめろ。全く。ギルドの人?」
「ギルドの人ってのは間違ってないが、うちのギルドじゃないな。蓮夜は探索者をやっているがその辺うといんだな。結構有名な人だぞ」
「そうなんだ」
いつもピラーの情報を追いかけているクラスの連中なら知っているかも。
そんな有名人が何故父に? 愛人でもないのに。仕事上の何か? だったらギルドに行きそうなものだけど。
「
「知ってる。この前日本新記録を作った時のパーティだよ」
「なんだ。知っているんじゃないか」
「顔まで覚えてないって」
「ビックリしたぜ。ほんと。いきなり日本唯一のSランクが来たんだからな」
「父さんも有名人だったんだ」
「違う違う。お前のことを聞きに来たんだって。変なウサギのマスクを被ってたから誰だかわからんって言っといた」
ガハハと父の下品な笑い声が車内に響く。
「……大怪我をしたって報道されてたけど、すっかり元気になったんだ」
「まあ、あれだけ大々的な挑戦だったからな。回復系のスキルを持つ探索者くらい控えているだろ」
「確かに。そういうスキルもあるんだな」
「まあな。お前みたいに吸収すれば全快なんてことはない」
「あれ、浅岡がそこまで説明してたっけ」
「聞けば分かる。そもそもソロで55階まで登るなんて体力的に無理だろ」
「確かに……」
ぐうの音も出ないわ。
もうすぐで自宅というところで、父がふと独り言のように口を開く。
「そうだな。彼女に頼るのもありかもしれん。連絡先ももらった」
「ん?」
「着いたぞ」
首を傾けるも、「さっさと降りろ」と手を振られてしまった。
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