第10話 フェイクセンス
都合の良いことに来週の火曜日と水曜日は休校日と祝日が重なっていた。
浅岡と火曜日から水曜日まで泊りがけでハイキングに行くと母に伝えたところ、あっさりと許可が出る。
あと何日ということしか頭になかった俺と違って彼は冷静だ。俺としては父が救えれば、その後はバレても構うものかと思っていたところがある。
今後のことも考えて、わざわざバレるように動く必要はないと彼は言う。その通りだよな、うん。
今日も敏腕コーディネーター浅岡の手によって、インスタントピラーに挑戦できる。更に彼と会話したことによって明確な目標を定めることができた。
スマートフォンのメモに記録しているからいつでも見直せるのだぞ。
メモを見ようとちょうどスマートフォンを触っていた時に浅岡からメッセージがきた。
『君の父の挑戦するピラーが分かったよ』
『もう分かったのかよ』
『これも影兎というギルドがあるからだよ。ギルド同士が情報交換するようなところがあってね』
『それでどこなんだ?』
『結構大き目のイベントさ。場所は富士樹海にそそり立つ古参のインスタントピラーだね。現在47階まで攻略されていて、高さから50か55階じゃないかと言われている』
『そこに父さんが……』
インスタントピラーと言えども、原初の塔より低いだけで攻略されていないものも多々ある。
特に50階を越える高さをもつインスタントピラーは攻略するのも中々大変らしい。
『複数のギルドが協力するようだね。君の父が所属する
『なるほど。だったら俺たちもエントリーして紛れ込めそうだな』
『そうだね。そのためにはギルドの実績を作らなきゃならない』
『実績かあ……。できて間もないけど』
『期間は問題にならない。スケジュール通りに行けばエントリーできるさ』
『俺はクリアをしていけばいいんだな』
『そういうこと。難しい事は考えなくていい。君は自分の成長に全力を尽くせ』
『分かった』
スマートフォンから手を放そうとすると更にメッセージが着信する。
『それと、今日までは昨日の装備になる。明日には質は保証できないが、君の戦い方に合った装備を揃えるよう手配するよ』
『いや、探索者の装備って結構なお値段だろ』
『君から預かった青い宝石を売った。それで十分さ。今日も手に入るだろ』
『その話は明日にでも聞かせてくれ』
あんな極小の青い宝石じゃ、大した金にはならんと思う。
レッドキャップが落とした青い宝石はもう少し大きいからダガーを買うくらいにはなるのかも?
◇◇◇
浅岡がエントリーしてくれたインスタントピラーに到着した。
今回も自転車で行ける距離で助かる。
ボストンバックから装備を取り出し、いざ入場だ。
探索者アプリを起動し、タップする。
《影兎、挑戦中》
と表示が変わった。
今回は壁の色が薄い赤色だ。前回と同じく入ったところはロビーのようになっている。
ここで準備を整えて回廊へ進めってことさ。
ブーブーブー。
さっそく浅岡からメッセージが来た。
『僕が預けたスマートフォンは持ってきたかい?』
『うん。電源を入れてる』
『よし、じゃあスキルを使う。そのまま待っていて欲しい』
『うん?』
浅岡の固有スキルって何だっけ……。
不思議に思いつつも彼から預かったスマートフォンを手のひらに乗せたまま待つことにする。
「うお」
思わずスマートフォンを落としそうになった。
それもそのはず、浅岡から預かったスマートフォンからのそのそと影が溢れてきて、画面から何かが這い出してきたんだよ!
スマートフォンから出た影はムクムクと大きくなってハムスターより一回りくらい大きなサイズをまで膨らんだ。
二頭身のマスコットキャラクターのような形をしたそいつは口や目がなく黒一色だった。
コウモリのような羽と細い尻尾があって、スマートフォンから離れふわりと浮き上がる。
「これで君の動きが見える。僕のスマートフォンはポケットの中にでも入れておいてくれ」
「え、え。浅岡?」
「スマートフォンを通じて遠隔でこの影と視界を共有している。喋ることだってできるんだ。便利だろ?」
「確かに便利だけど、影が攻撃を受けたらどうなるんだ?」
「すり抜ける。影は影さ。実体はない。だから、攻撃をすることもできないけどね。実際のモンスターを『見る』に十分だろ」
「一緒に行くとはこういうことだったのか。浅岡のスキルって影を作るスキルだったのか」
「少し異なる。僕のスキルは『フェイクセンス』。電子の海を操作できるのさ。そのスマートフォンに仕掛けがしてある。肌身離さず持っていてくれよ」
「分かった。スマートフォンが壊れない限り、影もついてくる感じなんだな?」
「少し違う。ピラーの中と外は違うだろう? ステータスを表示したり脳内メッセージが流れたり。影はピラーの中だけでしか出せない。そして、スマートフォンがインターネットに繋がってなければ影は消えてしまう」
「なら、大丈夫だよ」
電子の海を操作か……。浅岡はこの能力を使って前回は個人事業主をやっていたのかな?
ギルドを作ったりピラーにエントリーしてくれたりと、彼の悪魔的な迅速な対応もフェイクセンスあってのことなのかもしれない。
もちろん、元々彼がこれまで培ってきた能力そのものがあってこそだけどね。どれだけ素晴らしいスキルでも使う本人に素養がなけりゃ宝の持ち腐れになる。
俺がフェイクセンスを使えたとしても彼のようにはいかないさ。
「じゃあ。進もうか」
「今回は恐らく5~7階が最上階だ。モンスタースキルの特性からできる限り高いところまであるインスタントピラーの方がいいんだけど、ギルドの実績がないからこれが限界だ」
「なあに。クリアすれば次はもっと高いところまで登ることができるんだろ? 問題ない」
「また一階からだけど、油断するなよ。赤い壁は獣系モンスターだ。前回とは異なる」
「別系統の方が都合がいい。そうだろ?」
「そうだね。敢えて選んだよ。丁度いい距離にあったのも大きい」
「さすが浅岡だ」
初日の能力アップもあり、あっさりと三階を突破し、四階へ進む。
獣系は吠え声で硬直させてくるモンスターが多かったので、恐怖耐性(中)が大活躍したことも大きい。
慌ててロックしておいてよかった。
「さて、4階だ。気を引き締めて行くぜ」
「エイミングと恐怖耐性(中)は『上書き』されないんだね。それがロックというやつかい?」
「そそ。10個までモンスターのスキルを保持できると思ってたけど、5個だったとは。ロックしていなかったらスキルが消えていたところだったよ」
「お喋りはここまでかな。お出ましだよ」
4階に上がるや否や二首の虎が真っ直ぐ向かってきた。
フェイタルポイントが右の頭の額なんだが、姿勢を低くして体当たりしてこようなんて間抜けにもほどがあるぞ。
ナイフを前に突き出すだけで、虎を仕留める。
『吸収条件を満たしました』
『力アップ、敏捷アップ、スキル「ランブル(中)」獲得』
『ステータスが更新されました』
ランブル? 記憶にないモンスタースキルだな。
スキルを獲得できるのはいいが、使ってみないと分からないものも多い。
中には自爆して相手に大ダメージってのもあるので、おいそれと使うのも考えものだ。
モンスタースキルは文字通りモンスターが使ってくるスキルなので、実際にどんな攻撃をするか見れば想像がつく。
初日と異なり、特に苦戦することも無く6階に到達。ここがボス部屋だった。
敵は二首の犬のような魔獣オルトロス。
これまで相手をしてきたモンスターに比べると相当に大きい。
全長5メートルは優に超えるだろう。競走馬より大きいと思う。
「グルウウウアアアアア」
『恐怖耐性(中)でレジストしました』
二つの首が咆哮をあげる。
またしても吠え声かよ。恐怖耐性様様だな。
対する俺は奴に向け全力で駆け出す。
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