第11話 噂になってる

 魔獣オルトロスのフェイタルポイントは両の首の付け根。

 前脚、二つの頭をかいくぐってフェイタルポイントを突くのは中々骨が折れる。

 

 ゴオオオオ。

 しかも口から火炎のブレスを吐きやがるんだ。

 ブレスは魔法の火球に比べ威力も範囲も大きい。

 しかし――。


「躱せば、追って来ない」


 口から直線的に飛んで来る火炎のブレスを回避することは難しくない。

 大きく右に転がり、火炎のブレスをやり過ごす。結構距離を取ったつもりだけど、背中辺りに熱を感じた。

 追い打ちとばかりにオルトロスが大きく息を吸い込む。

 本来、ブレスは待機時間が長いのだがオルトロスの場合は二首がそれぞれブレスを発射することができる。

 なので、すぐさまブレスを吐き出すことができるのだ。


「それが致命的な隙を晒すことになるんだぜ」


 奴の第二のブレスが来る前にナイフを投擲!

  

『スキル「エイミング」を発動しました』 


 左右の首がそれぞれの方向を向いているだけで十分だった。

 開いた首と首の間にナイフが突き刺さる。

 オルトロスが光の粒と化していく。


「見事なもんだね」


 二頭身の黒い影がパチパチと手を叩く。


「相性に助けられたな。タフさが長所のモンスターはラッキーだよ」

「フェイタルポイントは一撃必殺だからね。同レベル帯だとレッドキャップのようなタイプや、今後出て来るだろう範囲攻撃で体力を削って来るタイプがボスで来た時は注意かな」

「あ、確かに……範囲攻撃は対策を練らないと、だな」

「君の記憶で何か有用なモンスタースキルはあるのかい?」

「う、うーん。全然異なるスキルだけど、一つあったらいいなってスキルはある」

「興味深い話だけど、そいつは後で聞こうか」


 黒い影が既に出現していた扉を指す。

 そうだな。扉が消えてクリアが無かったことにされたら事だ。

 扉が消えるのかどうか、分からないけど、ね。

 オルトロスが落とした青い宝石を拾い上げ、扉をくぐる俺であった。

 

 ◇◇◇

 

 二つ目のピラーをクリアした翌日は土曜日。学校が休みのこの日と翌日の日曜日は一日に二つのインスタントピラーをクリアした。

 電車での移動もあったけど、着実に成長できたと思う。

 「原初の塔・死」か父の挑戦するインスタントピラーと同等以上の階層を持つインスタントピラーに挑戦したかったのだけど、ギルドの「実績」がまだまだで叶わなかった。

 それでも日曜最後のインスタントピラーが30階となれば、まずまずの結果と言っていいだろう。

 ギルドのことはよくわからないけど、立ち上げたばかりのギルドが他の探索者に出会うことなく30階をクリアできるなんて破格に違いない。

 浅岡の手段、恐るべしである。

 彼の活躍はこれだけにとどまらない。青い宝石を売った価格を伝えようとした彼を「父の事が済むまで黙ってて欲しい」と遮ったが、土日の朝に届いた装備を見てひっくり返りそうになった。

 探索者用の装備って安い物じゃないと思うのだけど……。

 そして恐らく本日も装備が届く。

 父のお古はコッソリ元々あった場所に戻して置いた。

 

 そんなこんなで月曜日である。

 朝から居心地が悪い……目立たぬように過ごしている俺としてはこのまま黙って過ごすしかないのだろうか……。


「おい、知ってるか。新進気鋭のギルドのこと」

影兎シャドウラビットだろ。たった二人の新設ギルドながら、たった四日で30階クリアしたって」

「それだけじゃないぜ。一度たりとも未クリアがないんだよ! 二人で30階ってAクラスの二人なのかもな」

「ひょっとしたらどっちかはSランクかもよ!」

「まさか。Sランクって世界に四人しかいないんだろ?」

「公表してないってこともあり得るぜ。そのためのギルドなのかも!」


 うわあ……。

 収まるどころかクラスの男子たちの話がどんどん盛り上がって言ってんだけど。

 じいいっと浅岡に視線を送ったが、素知らぬ顔。

 授業が始まるまで耐えるしかない。覚えていろよ、浅岡。昼休みを。

 

「どこまでクリアしていくんだろうな! 次は35? 40? に挑戦か」

「さあなあ。俺は影兎を追いかけるぜ! 最初に目を付けたのは俺だもんな!」

「新設ギルドのチェックをしていたらたまたま見つけただけだろ」

「嫉妬はいかんよ。この調子でいけば天竜やヒノカグツチもうかうかしてられないぜ」

「さすがにトップギルドと比べると……人材が」


 もうやめてくれええ。

 心の声が届いたのかやっと朝のホームルームが始まった。

 

 昼休みになると浅岡の肩をむんずと掴み、そのままいつもの場所へ連行する。

 

「なんだい。何も買わなくていいのかい?」

「サンドイッチでいいなら持ってる。ほら」

「お、気が利くね」

「浅岡、影兎の噂を流したりした?」

「メリットがない。それとも攻略しているのは二人じゃなくソロだって言って欲しいのか?」

「そんなわけあるかああ」


 ハアハア……。

 むぐう。サンドイッチを口に突っ込まれてしまった。

 落ち着けと言う事だろうけど、思ってもみなかった恥ずかしめ展開に俺の心が追いついてないんだよ。

 

「いいかい。結論から言うと影兎はとても目立つ」

「ギルドって星の数ほどあるし、インスタントピラーだって連日クリアされてるよな?」


 俺の問いかけに浅岡が急に口をつぐんだ。

 それほど言い辛いことなのだろうか? しかし、答えは思ってもないところにあった。

 

「そうですよ! 先輩! 少なくとも地元では影兎の話題でもちきりですよ!」


 背後から女の子の声。

 誰?

 振り返ると、どこかで見たことがあるようなないような女子生徒が立っていた。

 内心、ドキリとする。

 彼女にときめいたとかそういうのではなく、ここは学校で人気のない場所を選んでいるとはいえ、他の生徒に聞かれる可能性がるということを改めて認識したからだ。

 

「君の知り合いじゃないのかい?」


 そう言われましても、確かに彼女の顔はどこかで見たことがある。

 黒髪を肩口で切り揃え、前髪の毛束を一部赤く染めていた。しかし、前世での記憶なのかそうじゃないのかハッキリしない。


「滝先輩ですよね。佐奈のお知り合いの」

「あ、ああ。結城さんと一緒に挨拶をしてくれた」

「そうです。坂本琴美です」

「滝蓮夜。こっちは」

「『浅岡葉月』先輩ですよね!」


 あれ、浅岡のことを知っている。

 なんだ。浅岡の知り合いだったのかあ。

 彼に目くばせすると左右に首を振られた。

 

「残念ながら、僕は君と初対面なのだけど?」

「浅岡先輩のことは兄から噂を聞いたんです」

「君の兄か。まさか、坂本先輩か」

「はい! 坂本陸は私の兄なんです。それで……」

「なるほど。君が坂本先輩の妹か。僕も君のことは坂本先輩から聞いているよ」


 先輩、先輩とややこしいったらありゃしない。

 浅岡の先輩とやらが坂本の兄ってことか。

 

「浅岡先輩なら影兎のことも知っているんじゃないかって。お見かけしたのでつい声をかけてしまいました」

「残念だけど、特にはないね」

「そうでしたか! 突然、すいませんでした!」


 坂本琴美はにこやかに笑い、ペコリと頭を下げる。

 顔を上げた時に髪が目に入りでもしたのか、彼女はほっそりとした指で髪をかきあげた。

 やはり俺は彼女のことをどこかで……佐奈の同級生という意味ではなく。思い出せなくて歯痒い。

  

 

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