第8話 ボス戦

 淀みなく階段を登っている。待ち受ける敵に対する恐怖感はなく、むしろどんな奴が待っているのか楽しみといった感情の方が強い。

 モンスターよ。俺の糧になれ。

 俺は父を救出できるだけの力を付けなきゃならない。たった8日間しかないんだ。父がどこのインスタントピラーに行くのかによるが、遠方ならば移動にも時間を取られてしまう。

 あと一段で三階のところで立ち止まり、時間を確認する。

 まだインスタントピラーに入ってから2時間は経っていないのか。

 家族にバレないようにという制約がある以上、長時間ピラーに籠ることは難しい。あ、そうか。浅岡の家に泊まることにしてもいいのか。

 彼の家にずっと泊まり込む……のはさすがにちょっと。

 日中は学校もある。俺に残された時間は思いのほか短いのだ。

 階層の高いインスタントピラーに挑戦できれば時間短縮できるけど……。

 

「今は目の前のことに集中しろ。俺」


 3階は仕切りが一切なく、窓があり外の景色を見渡すことができた。

 非現実的なピラー内と窓から見える橋と川が違和感ありありだ。ファンタジーなテーマパークから外が見えて、現実に引き戻されるというかそんな気持ち。

 中央には一段高くなった円形の台があり、その上に一匹のモンスターが直立していた。

 こいつもまた2階までと同じくゴブリンだ。

 大きさはゴブリンアーチャーやゴブリンシャーマンと変わらず小柄。赤い三角帽子に赤いジャケットを羽織った姿とこれまでのボロキレを纏ったゴブリンらと一線を画す。

 装備は弓と大振りのダガーが確認できる。

 

「赤い帽子。レッドキャップか」


 そう一人呟くと同時にレッドキャップの目が開き赤く光る。

 ブオン。いきなり火球が飛んできた。


「ふん!」


 右のナイフで火球を斬り消し飛ばすと共に、駆け出す。

 お次は矢が飛んできた。ゴブリンアーチャーの矢の速度に比べ数倍はある。

 が、今の俺には全く問題ない速度だ。

 右にステップしそれを躱し、更にレッドキャップに迫る。

 

「ゴアアアアア!」

レジスト抵抗に失敗しました』


 レッドキャップの叫びと脳内メッセージが重なった。

 う、動かねえ。

 レジストに失敗したというメッセージの通り、俺の体が硬直する。

 ぐ。ぐううう。

 無理やり動かそうとしたが、指先が僅かに動く程度。

 シュン!

 そこへ、矢が迫る。

 動けえええ!

 ふっと糸か切れたかのように体が動くようになる。


「ぐ……」

 

 だが、回避しきれるものではなく、俺の肩に深々と矢が突き刺さった。

 父から借りたローブでも防ぎきれなかったか。

 畳みかけるように二射、三射と来るが地面に伏せて回避する。低すぎる位置だと矢で狙い辛いだろ?

 っと。

 今度は火球か!

 魔法はポイントを狙うことはできないものの、必中効果を持つ。

 逃げても追いかけてくるし、伏せていようが関係なく当たる。

 跳ね上がるように立ち上がり、その勢いのまま左腕を回し火球を切り裂く。

 ドゴオオオン。

 すると、火球が爆発し跳ね飛ばされた。


「爆裂火球か……ち、ちくしょう」


 さすが5階のモンスターだな。4階を経て力を吸収してきていれば楽に戦えたかもしれないが、ないものねだりをしても仕方がない。

 更に火球がくる。一方はオレンジ色。もう一方は中がぐつぐつ煮えたような気泡が浮く赤色だった。

 オレンジ色は速く、赤は少しだけ速度が落ちる。


『スキル「エイミング」を発動しました』


 左右にナイフをそれぞれの火球に投げると、ナイフが軌道を変えそれぞれの火球に中る。

 赤は爆発し、オレンジはそのまま消えた。

 ナイフがカランと音を立てて転がる。

 

 すでに走り出していた俺はオレンジ火球に当たったナイフを回収し、すぐさま投擲。


『スキル「エイミング」を発動しました』 

 

 前方には目もくれず、もう一方のナイフを拾う。

 と時を同じくしてカアンと金属がぶつかる音が響いた。

 レッドキャップが大振りのダガーで俺の投げたナイフを弾いたようだ。

 

 だが、それでいい。

 元より遠距離で仕留めれるなんて思ってないさ。

 ナイフを弾くと矢も魔法も撃ってくることができないだろ?

 っとと。

 矢が来やがった。

 ここで奴の攻撃の手が止まる。これは――さっきの「ゴアアアア」か!

 不味い、ナイフ……は使うと拾うことができない。ならば、これだ!

 

「火属性魔法(低級) ファイア」


 レッドキャップの放ったものとそっくりなオレンジ色の火球が奴に迫る。

 奴の動きが戻り、同じく火球で俺の火球を打ち消した。

 

「ついに懐へ入ったぞ」


 魔法を使った直後で隙が出来た奴の赤い点が浮かぶ眉間にナイフを振り下ろす。

 レッドキャップは光の粒と化して消えていく。

 肩に刺さった矢がひとりでに抜け、いつもの脳内メッセージが流れる。


『吸収条件を満たしました』

『力アップ、敏捷アップ、知性アップ、スキル「恐怖耐性(中)」獲得』 

『レベルがあがりました』

『ステータスが更新されました』

『名前:滝蓮夜

 ギルド:影兎シャドゥラビット

 レベル:7

 力:290

 敏捷:150

 知性:60

 固有スキル:吸収

 モンスタースキル:吠え声、火属性魔法(低級)、毒耐性(小)、エイミング、恐怖耐性(中)』

 

「ふ、ふう……強かった……」


 吸収の効果で傷も癒え、事なきを得た。

 部屋の中央に扉が出現する。

 一方でレッドキャップがいたところには小指ほどの大きさがある青い宝石が落ちていた。

 2階のものに比べて妙に大きいな。5階のモンスターでもここまでの大きさにはならなかった記憶だけど……。


「ボスだったからかもしれない」


 扉をくぐると入って来た入口の前に移動した。

 扉を閉めたら、インスタントピラーが光を放って消失する。

 

「これでクリアだな」


 スマートフォンを掴み、浅岡にメッセージを送っておいた。

 

『3階がボスだった。終わったよ』

『終わった? クリアしたのかい?』

『なんとかな。レッドキャップだった』

『明日、学校で詳しく聞かせて欲しい。今はゆっくりと休んでくれ』

『分かった。ありがとう』


 ポケットにスマートフォンを仕舞い込み、ふうと息を吐く。

 投げたナイフは回収したのかって? 

 さすがに父から借りているものなのだから、抜かりなく回収してから扉をくぐったさ。

 

「父さんと母さんはもう帰っているかな?」


 自転車にまたがり、帰路につく。 

 あ。忘れてた。

 部活用のボストンバックにも似たバックに父のローブとナイフを仕舞って、よし、完了。

 

「ただいまー」

「あら、浅岡くんの家に行っていたんだって?」

「うん。しばらく入院していただろ、それでさ」

「浅岡くん。どうして蓮夜と同じ高校に行ったのかしらねえ」

「それ……どういう意味だよ」

「そうそう。浅岡くんのご両親にお礼を」

「きっちりお礼を言ってきたから大丈夫だよ」


 浅岡の家に電話されても困るって。

 母とのこういったやり取りも懐かしく、しんみりとしてきた。

 内心を隠すように顔を逸らし、ボストンバックを抱えて自室に戻る。

 

「蓮夜。お風呂、あとご飯も!」

「すぐ行く」


 当時は母のこういったところを煩いって思ったものだ。

 彼女は俺の為を想って言ってくれているのに、何てことを考えもせず。

 

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