第6話 喰らいやがれ

 ローブを振り上げた棍棒に向かって投げる。

 構わず棍棒を振り下ろすゴブリンであったが、一瞬動作が遅れた。既に俺はそこにはいないぞ。

 その隙に奴の足に向かってナイフを投擲。咄嗟に投げたナイフは奴の肉に刺さることはなく、地面に落ちカランとした音を立てる。

 しかし、効果は十分あった。

 ゴブリンがナイフに手を伸ばそうとしている。そこで俺は横から奴の右の首筋に映る赤い点――フェイタルポイントに向けてナイフを突き刺す。

 ナイフを弾いたゴブリンの足と異なり、抵抗なくナイフがズブズブと沈んで行く。

 悲鳴を上げることも無く、ゴブリンは光の粒と化していく。

 

『吸収条件を満たしました』


 脳内にメッセージが浮かび、光の粒が俺の体に集まり消える。

 更にメッセージが続く。

 

『力アップ、敏捷アップ、スキル「恐怖耐性(小)」獲得』

『ステータスが更新されました』

『名前:滝蓮夜

 ギルド:影兎シャドゥラビット

 レベル:1

 力:8

 敏捷:2

 知力:1.0

 固有スキル:吸収

 モンスタースキル:恐怖耐性(小)』

 

 先ほどまで息絶え絶えで激痛が走っていた背中と胸からすっと痛みが消える。

 

「ふう……ギリギリだった……」


 過去に戻る前の経験があれば大丈夫だなんて考えが甘かった。

 元々俺が持っていた身体能力ってここまで酷いものだったとは。ゴブリンの攻撃が全然見えなかったものな。

 前回初めて倒したのはコボルトだった……と思う。あの時は死んでも構わない気持ちで突っ込んでたまたま倒せたんだっけ。

 棍棒がかすっただけで俺にとって大ダメージだった……。もし体のどこかに当たっていたらと思うとゾッとする。

 

「父さん、ありがとう」


 父のローブが無かったら死んでた。

 ローブを拾い上げ、心の中で父に感謝の言葉を述べる。

 

 一匹倒したからと言って油断するな……先ほどのゴブリンの敗因は慢心。悪い見本のようにはなってはいけない。

 確実に進めていく。まだ喜ぶな!

 自分を叱咤し兜の緒を締めた時、別のゴブリンが姿を現した。

 

 今度のゴブリンは俺と対峙するや棍棒を構える。

 人間よりモンスターの方が余程優れた嗅覚を持っているらしい。俺にはステータスが上がった実感はまだないのだけどね……。

 睨み合っていても仕方ない。敵は武器の達人ってわけじゃないんだ。

 身体能力に任せて攻撃してくるだけ。

 攻撃が届く範囲に踏み込んだ途端、ゴブリンは棍棒を振るってきた。

 見える!

 体を沈めて棍棒を回避し、前へ飛び掛かる。

 俺の体はゴブリンの身長以上に浮き上がり、自分でも驚きつつも確実に奴の右の首筋にナイフを突き立て仕留めた。

 

『吸収条件を満たしました』 

『力アップ』

『ステータスが更新されました』

『名前:滝蓮夜

 ギルド:影兎シャドゥラビット

 レベル:1

 力:10

 敏捷:2

 知性:1.0

 固有スキル:吸収

 モンスタースキル:恐怖耐性(小)』

 

 次々に流れる脳内メッセージ。これで、ゴブリンの力を越えることができた。


「どんどんこい! 俺の糧となれ!」


 叫んだのがまずかったのか、次々に現れるゴブリンたち。

 あれよあれよという間に六体の集団になっていた。

 こいつは……タラリと冷や汗が流れる。

 四の五の考える前にまだゴブリンたちが戦闘態勢に入っていない今がチャンスだ。

 左右にナイフを握り、一息で先頭にいるゴブリンのフェイタルポイントを突き、体を捻って隣のゴブリンも仕留める。


『レベルがあがりました』

『力アップ、敏捷アップ、知力アップ』

『ステータスが更新されました』  

 

 声を上げる間もなく二体の仲間を仕留められたゴブリンたちが浮き足立つ間に更に三体仕留め、残すは一匹。

 逃げ出そうとするゴブリンを後ろから背中を斬って、立ち止まったところでフェイタルポイントを突き刺す。


『力アップ』

『ステータスが更新されました』 


 よし。

 光の粒となったゴブリンの跡に小指の先ほどの小さな青い宝石が残っていた。


「お、初の青い宝石じゃないか」

 

 指先で摘まみ上げ、懐に極小の青い宝石を仕舞い込む。

 

「よおし、乗って来た! この調子でガンガン行くぞ!」


 ブーブーブー。

 いいところだってのに、さっきからスマートフォンのバイブが動きっぱなしだ。

 浅岡からのメッセージが大量に……同じメッセージを何度も送る辺り、いかにも彼らしい。

 

『蓮夜。ゴブリンかコボルトと遭遇したのか?』

『蓮夜。ゴブリンかコボルトと遭遇したのか?』

 かける20メッセージ以上もあるぞ。

 返信しとくか。

『もう処理した』

 返信するとすぐに浅岡からレスが来た。

『幸運にも一体仕留めたのか?』

『いんや。ゴブリンだけだが8体だ』

『な、なんだって! 本当に本当なのかい?』

『嘘を言っても仕方ないだろ』

『信じられない……』

『後から説明するよ』

『分かったよ。君に一つお願いがある。君がゴブリンを7体も仕留めたカラクリは後で聞くとして、僕も安心して君の帰還を待ちたいんだよ』

『ん?』

『君のステータスを見せてくれないか?』


 ステータスって自分の脳内に映るだけだし、スマートフォンにも表示できたんだっけ?


『ステータスは本人以外しか閲覧できないんじゃなかったか? そもそも浅岡はここにいないだろ。メッセージに書いてもいいけどいつモンスターが来るかわからないから』

『スマホに触れたままにしていて欲しい。今から君に「同意」メッセージを送る。心で「同意」と考えながら「はい」をタップして欲しい』

 ピロンという音が鳴った。

 今までと異なり、アプリ上ではなくスマートフォンの画面にでかでかとメッセージが出てきた。

 浅岡が俺と同じギルドメンバーになったから? 分からん。戻ったら浅岡に聞いてみよう。

 

《浅岡が同意を求めています はい/いいえ》


 ええと、同意と念じながら……。

 「はい」をタップする。


『タップしたぞ』

『ステータスを表示してもらえるかい?』


「ステータス」


 言われた通りに口に出してみた。念じるだけでもステータスは表示されるんだけど、何となく。


『名前:滝蓮夜

 ギルド:影兎シャドゥラビット

 レベル:2

 力:23

 敏捷:3

 知性:2

 固有スキル:吸収

 モンスタースキル:恐怖耐性(小)』


『どうだ? 見えたか?』 

『な、なんだい、このデタラメなステータスは!』

『ゴブリンを倒したから』

『いやいや、おかしい!』

『ごめん、モンスターだ』

『分かった。落ち着いたらまたステータスを出してもらえるかい?』


 返事をせずスマートフォンをポケットに仕舞い込む。

 今度も集団か。一回目と二回目が単体だったのは奇跡だったのかもしれない。

 先頭にいる二体はゴブリンより頭一つ身長が低い直立する犬のようなモンスターだった。

 あいつはコボルト。武器は錆びたダガーを握っている。

 後ろの三体はゴブリンで、やたらとこちらを威嚇していた。

 

 俺が動き出す前にコボルト二体が上を向き、大きく口を開き遠吠えする。

 

『ワオオオオオン』


 鼓膜がビリビリと揺れるほどの音量ではあったが、うるさいと感じる以外には特に何ともない。

 何ともない理由は脳内メッセージが示している。


『恐怖耐性(小)でレジストしました』


 こちらが固まることを期待していたらしいコボルトが真っ直ぐ進んでくるところを、右脇腹を右のナイフと左のナイフでそれぞれ切り裂き仕留める。

 残りのゴブリンも攻撃態勢に映る前に仕留め切った。


『吸収条件を満たしました』

『レベルが上がりました』

『力アップ、敏捷アップ、知性アップ、スキル「吠え声」獲得』 

『ステータスが更新されました』  

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