第5話 インスタントピラー挑戦

 土手沿いの端の近くにのっぺりとした直方体――インスタントピラーが建っていた。ビル……というよりは橋げたを巨大化させたと言った方がイメージが近い。

 雑居ビルほどの面積に立つその直方体は白一色で窓も一切ないんだ。ぽっかりと開いた入口はドアなんてものもなく、切り取られた穴で無機質なものである。

 外からは真っ暗で穴の中の様子を探ることはできない。しかしこれが一歩足を踏み入れると蛍光灯で照らされたくらいの明るさがある。一体どんな技術を使っているのか誰も解明できていないのが現状とのこと。俺にとっては特に興味もない話だがね。

 

「高さからして、3……いや、4階層くらいか」


 インスタントピラーを見上げ、感想を漏らす。

 ピロン。

 と計ったかのようにスマートフォンがメッセージが着信したことを告げる。


『そろそろ着いたかい?』

『おう。今から突入する』

『アプリは入れたか? 認証は済んでるいるか?』


 あ、まだだった。

 探索者専用のピラー挑戦アプリなるものがあって、スマートフォンから気軽にピラーへの参加登録ができるのだ。

 どうやったか分からないけど、アプリを入れるだけでギルド「影兎」の表示が出てきた。

 登録しているインスタントピラー一覧をタップしたら、指紋認証が出てきてチェックインが完了し表示が切り替わる。

 《影兎、挑戦中》

 

『挑戦中になったね』

『知ってて「認証が」とか言っただろ』

『冗談を言える余裕はあるようだね』

『おかげでリラックスできたよ』


 スマートフォンをポケットに仕舞い込む。

 浅岡とのやり取りで自然と口元が緩んだ。誰かが見ていてくれるだけで、これほど心に余裕が生まれるのか。

 余裕ついでにもう一つ。

 

『インスタントピラーへの参戦登録とかエントリーとか、別にしなくてもピラーに入ることくらいはできるんじゃ?』

『オススメはしないが、どうしてもと言うのならスマートフォンの電源を切った方がいい。政府機関がGPSで管理しているから、エントリー無しの挑戦はお縄になる』

『そ、そうなんだ……。ありがとう』

『君は手配の心配をしなくていい。全て滞りなく済ませてある』

 

 そうかあ。スマートフォンの電源が入りぱなしだったから、突然、ギルドか政府関係者から連絡が入ったのかあ。

 確か100階を越えたところだったか、は、ははは。

 過去の未来のことだ。今更どうにもならん。あの時は久々の挑戦でエントリーのことなんてすっかり忘れていたんだよね。

 一方で入院前の挑戦は確か個人でエントリーしていたはず。なので、制度上特に問題はない。

 

 パアンと自分の頬を叩き、気合いを入れ直す。

 最初だ。問題はファーストコンタクトのみ。そこを乗り切れば……。

 「父さん、きっと俺が助ける!」

 彼のお古のダガーの柄へ手を当て、目を瞑る。

 よおし、行くぜ!

 

 カツ。

 一歩インスタントピラーの中へ踏み込むと視界がクリアになる。

 無機質な外側と異なり、中は廃墟のようだった。モスグリーンの石壁に蔦が絡みと苔が生えている。

 だというのに床はぬかるみどころか、泥一つ浮いていない。床の材質はコンクリートでもなく大理石でもないと聞く。

 床材を持ち帰って研究したい学者が山ほどいるそうだ。つまり、これまでの地球の科学では生み出すことのできない素材ということ。

 

 入口の構造は「原初の塔・死」と似ている。エントランスエリアとでもいうのか。半円形の広場になっており、正面が回廊になっている。

 ここで準備を整え、進めとでも言わんばかりに。

 

(ステータスオープン)

 心の中で唱える。

 すると、頭の中にメッセージが浮かぶ。

 

『名前:滝蓮夜

 ギルド:影兎シャドゥラビット

 レベル:1

 力:1.1

 敏捷:1.2

 知力:1.0

 固有スキル:吸収』 

 

 これもピラーの不思議の一つ。ピラーの中ではステータスなるものを表示することができる。例のごとく技術背景は不明。

 何故そうなっているのかも分からない。

 ピラーを作った者がいるとすれば、こうして俺たちモルモットがあがく様を見て楽しんでいるのかもな。今に見ていろよ。

 俺の家族を不幸に陥れた一番の原因を許してなるものか。作成者がいるなら見つけ出し、右ストレートをお見舞いしてやる。

 

 ピロン。

 と計ったかのようにスマートフォンがメッセージが着信したことを告げる。

 何このデジャブ。

 

『まずはステータスを開いて現実を見つめることをお勧めする』

『もう表示したよ。殆どが1を少し超えたくらいだ』

『君のスキルはステータスの底上げをしないんだったね』

『そうだな。戦闘系スキルでもないらしいし。Fランクを舐めるなよ』

『そこは自慢するところじゃない。引くなら今が最後だよ』

『引くつもりはない。スキル「吸収」の底力を見せてやる』

『全く。

「ゴブリン

 力:8

 敏捷:2

 知力:1」

「コボルト

 力:5

 敏捷:5

 知力:2」

 危なくなったら躊躇せず、逃げろ』

『モンスターのステータスか。ありがとうな。どっちも俺の五倍の筋力があるのかよ』

『数字が示している。悪いことは言わない』


 一般的な身体を鍛えている成人男性の平均値は1.0だと聞く。

 1Fの最弱のモンスターでこれなのだから、他は推して知るべしである。

 敢えて返信しなかったってのに、浅岡からメッセージがきた。

 

『君の悪魔的な勘で幸運にも一体仕留めたとして、レベルがあがるには二体倒す必要がある』

『レベルアップしたらステータスがあがって、ゴブリンが楽に倒せるとかで油断なんてしないから安心してくれ』

『二体目の心配はまだ早い。とにかく慎重に。弱点を示した図も送っておくよ』


 全く、心配性だな。

 それもそうか。同じようなことをして病院に担ぎ込まれ、退院したばかりだもの。

 母に知られたら部屋から出してくれないかもしれない。

 それにしても、弱点。弱点ね。

 ゴブリンの弱点は額。コボルトの弱点は左の脇腹と浅岡が送ってくれた。

 俺には他の探索者には見えない弱点が見える。こいつは通常の弱点とは違う。勝手に名前をつけたがそいつをフェイタルポイント致命的な弱点と呼んでいる。

 文字通り、そこを突けば一撃でモンスターを仕留めることができるのだ。

 大怪我を負って入院したあの時も。「前回」やけくそて塔に挑んだあの時も。

 「見えていた」。モンスターの「フェイタルポイント致命的な弱点」が。

 入院をした時とは俺の「知識と死線をくぐり抜けた数」が圧倒的に違う。

 あの時は知らなかった。吸収スキルの真の力を。吸収スキルの真髄はフェイタルポイントではない。

 今の俺ではゴブリン一匹でも文字通り「死闘」となる。だが――。

 

 ゆっくりと一歩一歩を踏みしめ、慎重に回廊を進む。

 不意打ちなんてされたら即死確実だからな……。

 真っ直ぐ進むとT字路に差し掛かった。

 右手……何かいる。

 そろっとT字路を右手に入るとモンスターが待ち構えていた。

 

 俺より頭二つほどの身長に濃緑の体色、ボロボロの腰布を纏い、手には棍棒を持つ。

 鋭い牙を口から覗かせたそいつはニタアと口から涎を垂らし様子を窺っている。

 ゴブリンだ。

 様子見か? その余裕が命取りになるぜ。

 低い体勢から伸びあがるようにダガーで斬りつける。

 しかし、僅かに体を逸らしただけで躱されたしまった。ニタニタ笑ったままのゴブリンが構えも何もなく腕の力だけで棍棒を振るう。

 そんな見え見えの攻撃……は、速すぎる!

 目で追う事が難しい位の速度で振るわれた棍棒に対し、咄嗟に後ろへ体を引き何とか回避に成功した。

 ゴブリンにとって今の攻撃は「軽く」棍棒を振るっただけ、目にも止まらぬ速さで二撃目が振るわれる。

 ブオン。唸る風の音。

 バックステップで躱そうとするものの、棍棒が脇腹をかする。

 後ろに衝撃を逃がし、しかもかすっただけだというのに俺の体は吹き飛び、壁に叩きつけられた。

 

「ごふ……」


 ポンポンと右手に持った棍棒を左手の手の平に打ち付け、「ゲッゲッゲ」と嗤うゴブリン。


「は、ははは。ははははは」


 俺も奴と同じように嗤う。

 そうだ。寄ってこい。右の首筋に見える赤い点――フェイタルポイントを晒せ。

 何て強がっているが、正直もう立ち上がるのもしんどい。

 俺が諦めて嗤ったのかと勘違いしたのか、ゴブリンはさも愉快そうに腰に手を当て俺を見下ろしてくる。

 そして、奴がそのままの姿勢で棍棒を振り上げた。

 ここだ! 

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