第4話 影兎始動
「本当に気にしていないんだ。ピラーは人類社会にとってマイナスの方が遥かに大きい。エネルギーをもたらしたと喧伝されているが、いつ破裂するか分からない爆弾を腹に抱えているようなものだ。人類はピラーを管理できていない。いつ何時、ピラーからモンスターが出てきてもおかしくはないし、原初の塔以外のインスタントピラーも各地で発生していたり、ピラーに関しては何もかも解明されていない状況だ」
「教科書通りだね。僕の考えも同じだよ。僕や君のようなスキル持ちもまたピラーによってもたらされた能力だ」
「スキルランクの高い人はまだマシだ。強制的に死と隣り合わせになってしまうが……」
「僕のようなスキルランクDとEの人は恵まれているね。しかし」
言い淀む浅岡に言葉を被せる。
「俺のようなランクFや戦闘能力最低と判定されるランクCは悲惨だ。社会はスキル持ちに優しくない」
「猛獣と隣の席にはなれない、だったかな」
「そう。アルバイトくらいなら能力を使わないと誓約し何とか働くことができるけど、一般の企業じゃ無理だ」
「まあ、軍隊も歯が立たないピラーに挑む者として認定されたのだから、という建前はあるね」
スキルを持つことが分かると、国の認定機関によってスキルランクが判定される。
分かりやすく強い順にランクAから判定されればよいのだけど、ランク判定は中々に複雑なのだ。
スキルは様々なものがあってさ。一般的に有名なのが、モンスターと戦う力を持つ戦闘系スキルと治療系スキルだな。
戦闘系スキルはA~Cは戦闘系スキルで、最低ランクはC。Cになるとソロだと2Fがせいぜい。
そんで、Dは治療系でEはそれ以外。Eは本当に様々でスキルを使って戦闘以外でお金を稼ぐことができるスキルになる。
代表的なのが「鑑定」かな。モンスターのステータスを表示するとか、そんな奴。
で、Cランク以下の戦闘能力やら社会生活で役に立たないと判定されたものがFランクなんだ。
俺もその一人である。
「CやFランクの人たちを救済したい。それが俺の夢だ。協力して欲しい」
「嘘はいいから、君がそんな壮大な夢を掲げるなんてことは想像できないからね」
「う……。俺は気が付いてしまったんだよ。隠された力に。だから、もう一度、ピラーに挑みたいんだ」
「中二病はもうそろそろ卒業した方がいいよ?」
待て待て。席を立つな。まだ休み時間は残っているだろ?
「だあああ。待ってくれ。本気なんだ。ほら、俺の勘、すごかっただろ。俺の勘が言っているんだ。いけるってな」
「……確かに今朝の予想……というのは生温い『確信』は空恐ろしいものがあったよ」
「だろ。だからさ、俺の勘が言っているならいけるって」
「君の父親に頼めばいいんじゃないかな? 僕に相談するより余程いい」
もっともな意見だ。
だけど、父に協力してもらうことは難しい。
さすがに父が次の探索で死んでしまうから、何てことは言えないよな。
「ほら、退院したところだろ。家族にバレないようにピラーへ挑みたいんだよ」
「本当に本気なのかい? それは『今』である必要があるのかな?」
「今じゃないといけないんだ。俺の勘がそう言っている」
「君のスキルって世にも珍しいFランクスキルだったよね。たしか『吸収』だっけ。予言とか予知ができるものじゃないよね」
「そうさ。世にも珍しいFランクスキル『吸収』だよ」
「前も同じようなことを言ってピラーに突っ込み、最弱のゴブリン相手に、以下略」
「……事実だけに言い返せない。と、とにかく、秘策があるんだって」
「全く……聞いたからには死なれると寝覚めが悪い。このままだと次は死にそうだ。一つだけ約束して欲しい」
「何でも言ってくれ!」
「絶対に死なないと約束しろ」
「……浅岡、ありがとう……」
俺の理屈は破綻していた。自分でも言っていることが無茶苦茶だって分かる。
彼が協力せずとも俺が無謀にもピラーに挑んでしまうから。なら、少しでも死亡率を下げようと一肌脱いでくれると浅岡は言うのだ。
呆れたようにため息を吐く彼の眼差しが本気だったことに、じわりと胸が熱くなる。
彼が俺のことを本気で心配してくれているなんて。口だけじゃない、いざという時に本気になってくれる友人を持つことができるなんて、俺はなんて幸せな奴なんだ。
前世で彼を頼りにしていたら、俺の人生は変わっていたのかもしれない。
誰にも迷惑をかけちゃいけないと思っていた。だけど、違ったんだ。
もちろん、頼ってばかりになるつもりなんてない。彼が困っている時、全力で俺も協力したい。
それが本当の友人ってものだよな。
ありがとう、浅岡。
◇◇◇
夕食を食べながら、浅岡にスマートフォンからメッセージを送る。
『今日の今日とはどういうことなんだ? いくらなんでも急すぎる』
『「今」だって言ったじゃないか』
『『今』とは聞いたけど、何らかの修行でもしてから行くと考えるだろう、普通。前回は成すすべもなく敗れているんだぞ。君は』
俺はちゃんと「今」って伝えたんだもん。悪いのは浅岡だー。
と開き直り、放課後彼から聞いた手順を思い出しつつ、文字を入力する。
『ええと、ギルドを立ち上げて、そこに俺と浅岡を入れるんだったよな』
『そうだ。君は名前を決めるだけでいい』
『ありがとう。言われるがままに手順をメモしたけど、ギルドって必要なのかな?』
『ギルドのメンバーならある程度隠れ蓑になる。実体のないギルドだけどね。数人のギルドなんて星の数ほどあるし、誰かを雇うわけでもないから申請だけで問題ない』
『なるほど。本名を出さずともピラーに挑めるとかそんなところかな?』
『だいたいそんなところだよ。君は余計なことを考えなくていい。今日、行きて帰ることに集中しろ』
いつもクールなのに、たまにデレルんだから、浅岡の奴。可愛いところあるじゃないか。
何てことをもし彼の前で言ったら、酷い目に合うから冗談でも口にしてはいけないぞ。
ピラーは原初の塔以外にもインスタントピラーと言われる小さな塔がポコポコとそこらかしこに出現する。
そこへ一般の人が物見遊山的に中へ入ってしまったら大変なことになってしまう。
そのため、政府組織がインスタントピラーを厳重に管理しているのだ。
探索者同士のトラブルも避けるためにピラーへ挑むには事前登録する必要がある。
そこで考え出されたのがギルドという制度だった。
個人で事前登録をすることもできるけど、ギルドで登録すれば色んな優遇措置があるらしい。
ギルドは友達同士のサークル的なものから法人化された巨大なものまで様々ある。詳しくはおいおい勉強すればいいか。
俺のメッセージが止まったからか、浅岡から更なるメッセージが着信する。
『ギルド名とレベルだけは他人からも見える。その点でもギルドは必要なんだよ』
『分かってるって。俺は名前を決めればいいんだったよな』
『決めたいのかい?』
『
『影兎か。ちょっと中二が過ぎるけど、いいんじゃないかな』
『手配その他は僕がやるよ、君は僕が指定するピラーに行けばいい』
『時間は何時ごろになる?』
『今から一時間後以降。場所が確定次第君にメッセージを送る』
ピラーの手配については全て浅岡に任せる。
彼が協力してくれなきゃ、俺一人じゃとてもじゃないけど手配なんてできそうにない。
出来たとしても、すぐに父にバレそうだもの。
「浅岡の奴。入場料とか他のハンターたちと鉢合わせとかそもそも単独で挑めるようにとかどうすんだろ……?」
なんてことを呟き、背筋がゾッとした。
浅岡の眼鏡がキラリと光り、キーボードをカタカタする姿を幻視したからだ……。
準備を進めよう。
幸い、両親共に仕事でまだ戻って来ていない。
「借りるよ。父さん」
使わなくなった道具を仕舞い込んでいる小部屋に入り、父が昔使っていた古ぼけたローブにナイフを二本装着する。
「涼香ー。浅岡の家に行ってくるから遅くなるー。母さんにも言っておいて」
「分かったー」
これで完璧。
浅岡からのメッセージが来るまでどこかで時間を潰そうと思っていたところ、彼からメッセージが着信した。
お、近いな。これなら自転車ですぐだ。
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