第3話 予想的中
「よお! 浅岡、滝。お前らも賭けないか? 何階まで行くのかを」
教室に入るなり騒がしい男子の中でも最もお調子者で通っている男子生徒が絡んでくる。
「すげーよなー。99階だってよ!」
「このまま日本記録どころか、世界記録を更新してしまうんじゃね」
彼以外にも教室ではこの話題で持ち切りの様子。
いや、教室の男子生徒に限ると訂正する。
「そう甘くはないさ」
お調子者にそう答え、さりげなく自分の席がどこだったのか観察する、適当に座ってみるか。
「ん? どうしたんだい? ああ、日本記録がどうとかいう話題のこと?」
「そそ」
さりげなく座ろうとした席が浅岡の席だったらしく、シッシと手で払われてしまった。
うまい具合に彼が「君の席はそこだろ」と指で示してくれたじゃないか。ナイスプレーだ。浅岡。
「彼らは日本だけじゃなくアジア最強とか言われているけど、これまでもサクサク進んでたみたいだよ」
「99階で撤退だよ。魔法を使う……ええと」
「
「そう。その人が大怪我して」
「まさか、いくらなんでもそれは」
「なんかピーンときてな。俺の勘は最近よく当たるんだ」
「はいはい」
「信じてないだろ。当たったらどうするんだよ」
「当たってから言うといいよ」
そらまあ、俄かに信じられるわけないよな。
浅岡は分析大好きで、数字で物事を語る。今回挑むSランクの四人は普段別々のギルドに所属しているが、日本記録更新のため特別にパーティを組んだ。
その実力はアジア最強。世界でもトップ3に入るのは確実だと言われている。
席につき、ふああと欠伸をしたところで扉が開き、先生が登場した。
朝のホームルーム中にさっきのお調子者が叫ぶ。
「ま、マジかよ! 99階で撤退だって!」
「こら、田中くん。ホームルーム中はスマートフォンを触るのは禁止」
先生の注意を受けてもお調子者の田中は悪びれもせず、「さーせん」と後ろ頭をかく。
「ま、まさか……滝。君は一体……」
隣の隣の席で浅岡が何やら呟き、俺の方を見ていたが声が小さすぎて彼が何を言っているのか聞き取れなかった。
彼がコンコンとスマートフォンを指先で叩いたことから、だいたい想像がつく。
スマートフォンで検索してみたら、予想通りの結果が出ていた。
「日下風花重症。最強パーティ99階で撤退」
と。
◇◇◇
「ふああ」
当時の俺は学校の授業が退屈で仕方ないとか思っていたけど、今は少し違う。
生活の心配も身の危険も感じることなく、何もしなくとも焦らず咎められない授業という時間は素晴らしい。
ぼーっとしていたらいつの間にか4時間目になってしまった。
3時間目までは俺のようにぼんやりしている生徒が多かったのだけど、4時間目はちゃんと話を聞いている生徒が殆どみたいだ。
教師が美女……というわけじゃなく、ハゲ散らかしたおっさんだし、どういうことだ?
どれどれ、「ピラーが日本社会に与えた影響」と黒板に書いてある。
自分達の将来にも関わることだから真剣なのかもしれない。
「じゃあ、田中」
「はい! ピラーが出現して早22年。僕たちの生活は大きく変わりました。最も大きなことはエネルギーです。ピラーのモンスターが落とす『青い宝石』。こいつがすげえんです!」
本当にあいつはピラーとなると目の色を変えるなあ。
世界に突如として出現したピラーは合計5本。最初に出現したピラーは「原初の塔」と呼ばれ、5つはそれぞれ「生」「老」「病」「死」「真理」と頭文字がついている。
というのは塔の入り口にそう記載されているからだ。
それらは未だ攻略されておらず、確かアメリカにある「原初の塔・病」が102階まで到達した……のが2012年最高地点だと記憶している。
8年後も大して攻略は進んでないんだけどな。
日本にある俺が登った「原初の塔・死」は少なくとも300階まではあるので、攻略はいつになることやら、だよ。
「すげえんです。じゃ、分からん」
教師の突っ込みに教室が笑いに包まれる。
「失礼しました! 青い宝石は発電に使われます! 火力発電も原子力発電も必要が無くなったほど。探索者たちの仕事に感謝です! 僕は能力者じゃありませんので、指を咥えて見ているしかないのが残念です」
何言ってんだこいつ……。出来ることならスキルなんて持ちたくなかった。
俺が能力者じゃなければ、父さんに関してはどうにもならないが、母さんと妹を支えることができたかもしれない。
叫びたくなる衝動を抑え込む。ここでこいつに文句を言ったところで、何かが変わるわけじゃないからな。
ピラーに挑むことができるのはスキル持ちの能力者のみ。軍隊でさえ歯が立たないピラーを登って行くことができるのは能力者だけだからだ。
登ることができる能力者ならいい、しかし、そうでない者にとっては……。
その後も熱く議論が交わされたが殆ど耳に入って来なかった。
授業の鐘が鳴ると浅岡から肩を叩かれる。
「何も分かってない奴らには言わせておけ」
「分かってるさ」
心配してくれたのか、似合わない微笑みなんて浮かべやがって。
あれ、ひょっとして、これは結構都合のいい状況なんじゃ?
「浅岡。昼は騒がしいところで食べたくない気分なんだ」
「気にするなと言っても中々割り切れないのは君だけのことじゃないさ。購買にでも行こうか」
「助かる」
「病み上がりなんだろ。無理して学校に来なくてもいいんじゃないか」
予想通り、疑問にも思わず乗っかってくれた。
俺が先ほどの授業で気を揉んでいると勘違いしてくれているからこそ。普段の俺がこんな発言をしても、彼は付き合ってくれないだろうから。
余り人に聞かれたい話じゃないし、なるべく早く浅岡に相談したい。
◇◇◇
グラウンドから少し離れたベンチに腰掛け、サンドイッチの包みを開ける。
チラホラと外でお弁当を食べる女子生徒の姿を見かけるものの、各ベンチは距離があるから俺たちの話し声が聞こえることもないだろう。
「授業のことは全く気にしていないんだ。浅岡とこうして喋りたかったから、すまん」
「やせ我慢をしているようにしか思えないんだけど、退院してからの君は以前と比べて、何か違和感がある。大怪我を負い、人生観が変わったからと言われればそれまでだけど、そうじゃない。何と言ったらいいか」
家族以外で唯一俺と繋がりの深かった浅岡だからこそ感じとるものがあったらしい。
彼に協力を仰ぐにはどうすればいいか、なんてあれこれ悩んでいたけど、彼なら俺の思うところを素直に伝えるのが一番良さそうだ。
打算や嘘で取り繕っても彼ならすぐ見抜くだろうし、呆れられる。
全く、8年経っても俺は馬鹿だな……。
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