第2話 幸せな日常は8日間
ダイニングには二度と見られぬと思っていた夢のような光景が広がっていた。
だらしなくシャツをはだけ首からネクタイを引っ掻けているだけでコーヒーを飲む父。彼に「ちゃんとしなさい」と言うでもなく、にこにこと対面に座る母。
そして、ダイニングテーブルで髪をとかす妹の涼香。
俺の家族が全員揃っている!
つけっぱなしのテレビを誰も見ていないのもそのまんまだ。
朝のニュースではピラーの話題で持ちきりのようだったが、俺の耳には一切届いていない。
彼らの姿に目が釘付けだったから。
ジワリと目元が熱くなり、彼らを直視できず天井からぶら下がったトカゲのぬいぐるみを見つめた。
「
「……」
「蓮夜、朝ごはんは食べないの?」
「……あ、うん。食べるよ」
母の声に感無量で声が詰まる。精一杯平静を装い、マグカップにコーピーを注ぐ。
すると彼女が俺の隣に立ち肩に手を添える。
「やっと退院したところなんだから、無理しなくてもいいのよ」
「俺。入院していたんだものな」
「そうよ。お母さん、どれだけ心配したか」
「は、はは」
笑いながら困ったように父の顔へ目を向けた。
彼は苦笑し、目で「母さんを刺激するなよ」と語っている。
入院していた、か。
俺が入院したのは一度きり。Fランクスキルと判定され「それでも戦うことができる!」と近くのピラーに挑み大怪我をした時だ。
最弱の雑魚にさえ傷一つつけられず、病院に担ぎ込まれた。
いつも優しくあるが抜けていて頼りないように見える父が、あの時ばかりは真剣に俺を心配してくれたんだよな。
「連夜。スキルだけが全てじゃない。別にハンターになんてならなくていいんだ」
そして、彼は、
「なあに、ピラーは俺に任せておけ」
と軽い感じで親指を立てた。
彼の言葉にどれだけ救われたか。当時の俺はランク判定結果に対し現実を見せられ自棄になっていたんだよな。
だけど、彼の言葉で「俺。Fランクでもいいんだよな」と「ピラーに挑む以外の道を探そう」って思えたんだ。
ありがとうな。父さん。
心の中で彼にお礼を言って、彼の隣に腰かける。
「それで父さん。朝から準備なんて珍しいな」
「大きいヤマがあってな。まあ、準備中って奴だ」
「へえ。いつから次のヤマなの?」
「来週の水曜だ」
ガタン。
マグカップが手からすり抜け慌てて上から支え事なきを得る。全部ひっくり返すところだった。
退院してしばらく経ってから父さんが帰らぬ人になった記憶だったが、思ったより時間がなかったらしい。
スマートフォンで日付を確認すると、今日は火曜日だった。
あと8日しかないじゃないか!
父さんはこの大きなヤマとやらで……。
「どうした? 連夜。さっきから忙しないな」
「あ、ああ。ほら、あれ。」
見ても聞いてもいかなったが、咄嗟にテレビを指さす。
テレビではアナウンサーが原初の塔の前に立ち中継を行っている様子。
『Sランクハンター4人が「原初の塔・死」に挑み、99階に到達しました』
彼女の発言と同時に言葉と同じテロップが表示された。
「おお。景気いいな。日本記録に挑戦か。俺も見習わんとな」
「もう歳なんだから、父さんは慎重にな」
「まだまだ俺も中々のもんなんだぜ。おい、連夜。聞いてねえだろ」
「はいはい」
はあと適当にため息をつき、シッシと父さんをあしらう。
Sランクハンターの日本新記録か。大々的に報道されていたから、俺でも覚えている。
ついに日本にある原初の塔でも100階越えかってね。
「お兄ちゃん! 遅れるよ!」
「もぐもぐ、ごくん! 着替えて来る!」
そうだった! 今日から学校だったんだ!
◇◇◇
自室に戻り、え、ええと。制服は……目の前にあった。
ハンガーにかけてあるじゃないか。きっと母さんが俺が退院してくると聞いて出してくれてたんだな。
「あと8日か……」
ネクタイを結ぶ手が止まる。
あと8日じゃない。「まだ」8日もあるんだ。
夢なのか現実なのか正直まだよくわかっていない。だけど、夢でもいい。家族が助かる夢を見られるのなら、これほど甘美なものはないだろ。
「今の俺は最弱のゴブリンはおろか、スキル無しの一般人とそう変わらない」
Fランクの俺が、ピラーに挑む父さんを救う?
普通に考えればバカげた話だ。
「俺のスキルがFランク? スキル判定なんてクソくらえだ」
思わず変な笑い声が出る。
俺のスキル「吸収」はやり方次第で最強スキルにもなり得る……。
「お兄ちゃん。いい加減に出ないと遅刻するよー」
「すぐ出る!」
うおお。考え事をしながら動けば良かった!
慌てて家を出た俺は自転車をこぎ始めた。
見慣れた道だってのに妙に懐かしい。
あれ、あんな店あったっけ? 8年の間に潰れちゃったのかな?
信号が赤にかわり自転車を止めたところで、ギュッと拳を握りしめる。
信号を睨みつけながら、心の中で誓う。
絶対に父さんを救う、と。
しかし、先月無断でピラーに挑んで入院したばかり。両親に心配をかけたくない。
うーん、何かよい手はないか。ギルドに入るのは却下。俺だとすぐばれる。自分の素性を隠しつつ、ピラーに行く、そんな妙案が……。
「あ、あいつならもしかしたら」
考え事をしていたら校門が見えてきた。残念ながら妹とは別の高校である。
俺が三年生で妹が一年生。一年間だけだけど、もし同じ高校だったら、一緒に通っていたかもしれない。
当時の俺だったらうざったく感じていたかもしれない。
「う、うーん」
校門を抜けたところで小さく唸り声をあげる俺。
自分が三年なのはいい。だけど、俺、何組だっけ……。学年は覚えていても細かいところまでは覚えていないぞ……。
「おはようございます。先輩」
「お、おはよう。結城さん」
突然後ろから声をかけられてビクッとした。
振り返るとお団子頭の少女が笑顔で俺に向け小さく手を振る。彼女の隣には同級生らしきセミロングの女の子が無表情で頭を下げる。
お団子頭は妹と仲が良い女の子で、結城……たしか佐奈だったか。隣の女子もどこかで見たような……気がする。前髪の一部だけカラーをしていて……あれほど特徴的な髪型だと覚えていると思うんだけど、どうにも思い出せない。彼女の友達だったから微かに記憶に残っているのかも?
「遅刻しちゃいますよ!」
結城がパタパタとセミロングを連れて校舎へ向かう。
ぼーっと彼女らを見送っていると今度はひょろりとした眼鏡に呆れたように声をかけられた。
「何をやってるんだ? 君は……」
「浅岡! ひさ……何でもない」
この涼やかなイケメンは俺の唯一の友人だった
彼も俺と同じでスキル持ちである。
彼のスキルは戦闘能力が無く、大学まで進学した後に個人事業主で成功したとか何とか言っていたような。
「百面相の練習かい? それなら人目のないところを進めるよ」
「そろそろ、俺もクラスに向おうかなって」
「少ししか待たない。早く自転車を置いてきたらどうだい?」
「待っててくれるのか。ありがたい」
「感謝の言葉は安売りすべきではないよ」
「はあ」とため息をついた浅岡は眼鏡に人差し指を当てる。
そうだった。浅岡とは同じクラスだったんだ。
何たる偶然。いや、俺が忘れていただけだったんだけどね。
そう、先ほどコッソリとピラーに挑む案のことを考えた時に浮かんだ人物こそ浅岡だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます