ピラー・リベンジワールド~最強スキル「吸収」で死の運命を覆し家族全員を救い完全勝利するまで~
うみ
第1話 絶望の死から高校生へ
「はあ……はあ……」
自分の息使いだけが嫌に大きく聞こえてくる。
ブーブーブー。
金属なのか大理石なのかハッキリしない金属光沢をもつ階段を一歩、また一歩進む。足元から響く音は鈍く、金属によるものとは思えなかった。
――どうでもいい。そのようなことは。
全てがどうでも良くなった。ただ、ビルから飛び降りる気持ちになれなかっただけ。
30年ほど前、突如世界に天まで届こうかという塔――ピラーが出現した。それも5本も。
調査に向かった人たちは全滅。次いで各国は軍を投入するもピラーの二階で撤退する。
米国が専用の精鋭部隊を作るも、三階に到達するのがせいぜいだった。理由はピラーに潜むモンスターにある。
高くそびえ立つ塔はもちろん三階が最上階というわけではなく、もし上層階のモンスターが外に出て来たら……と人々は恐怖した。
そんな折、人類の中に「スキル」を持つ者が現れる。彼らの手によってピラーの探索が進むも、状況は芳しくなかった。
スキルを持つ人は「探索者」と呼ばれ、ピラーに挑むことで金を稼いでいる。
俺の父さんもそんな探索者の一人だった。
そう、一人だったんだ……。
強く優しい父さんが遺体になって戻って来た時から俺の人生は狂い始めた。探索者でありながら、最低ランクのスキルを持つ俺でも暖かい家族に支えられ、苦渋を味わいながらもそれなりに幸せだったのだ……と思う。あの時までは。
数奇なものだ。俺が今、父さんを殺したピラーの中にいるなんてな。
ブーブーブー。
「めんどくせえ……」
さっきからポケットの奥底に仕舞い込んだスマートフォンがブルブル震えて煩い。
「取れ」ということなのだろう。この後ずっと震えられても面倒だ。ミュートにしておくのを忘れたことが悔やまれる。
スマートフォンを握り、スピーカーをオンにした。
「滝くん! 無事か?」
「この通りまだしぶとく生きていますよ」
「日本、いや、世界中が君に注目している!」
「俺は別に……」
「たった三日にしてこれまでの世界記録を塗り替えるだけでなく、150階以上も更新し、前人未踏の300階へ挑もうというのだ! それもたった一人で! 君の功績は後世にまで称えられるだろう――」
まだ何か言っていたが、そのまま床へ放り投げた。
ちょうど300階へ着いたところだったからな。
俺は死ぬつもりだった。だが、どうしてかまだ生きている。最低ランクのFランクである俺がだ。
もっと自分の能力について知るのが早ければ……。
いや。
小さく首を左右に振る。
もう、何もかもが遅い。
「さあ、やろうか」
ニヤリと口端を上げ相対する敵を見上げる。
そいつは5本の首を持つ漆黒のドラゴンだった。
――グルウウウアアアアア
ドラゴンが叫ぶ。
と同時に俺の腹に衝撃が走り、木の葉のように吹き飛ばされた。
ガツッ!
広間の壁に激突し、肺から空気という空気を吐き出す。
よろりと立ち上がると、胸に痛みが走った。
どうやらアバラを何本かやったらしい。
『スキル「自動回復(大)」を発動しました』
スキル発動を告げる脳内メッセージが流れる。
みるみるうちに痛みが引き、体が元の状態に戻って――その時、またしても何かに脇腹を叩かれ数メートル体が宙に浮き、ゴロゴロと地面に転がってしまう。
攻撃された。
一度目の衝撃は音に飛ばされたのかとも思ったが、そうではない。
恐らく奴の尻尾だ。俺の目で捉えられぬほどの速度で振るわれた尾が攻撃してきたのだと思う。
このままでは回復しきる前にドラゴンの攻撃でやられてしまうかもしれない。かといって反撃しようにもこの状態では近寄ることができない。たとえ、回復が間に合ったとしてもいずれこちらがやられてしまうのが明白だ。
「これほど、差があるとはな。『ここまでの力』ではまるで歯が立たないとは、とんだバランスの悪いゲームだな、おい」
いや、ゲームじゃないな。ゲームはクリアできるようにできている。だったら、この最初に出現した五本のピラーの一つ「原初の塔・死」はゲームじゃあない。
ただの「処刑場」だ。
「は、はははは。元々、生きているつもりなんてないさ。ここでダメなら次のピラーへ行くのみ。その手間が省けただけ」
しかし。
ただで死ぬとは思うなよ。
せっかくだ。スマートフォンの向こうで騒いでいる連中、いや、将来の人間のために少しでも役に立つのも悪くない。
分かっているさ。唯の自己満足だ。
「発動しろ。超自己浸食」
『スキル「超自己浸食」を発動しました』
発言での命令に応じ脳内メッセージが流れ、スキルが発動する。
同時に俺の体がぼんやりとした光に包まれる。
「は、ははは。物凄い力だ」
笑いながら、目から血が滴り落ち、腕がきしむ。
そう、こいつは自分の体の力を限界以上に高める「モンスターのスキル」だ。
「体が崩壊する前に行くぜ! 覚悟しろ!」
奴の攻撃が何か分かったぞ。
やはり尾だった。
尾が超高速で俺の体に迫るが、今は止まって見える。
軽く跳躍するだけで、奴の頭上に到達。
「発動しろ 鳴動血脈」
『スキル「鳴動血脈」を発動しました』
全身から血が吹き出し、巨大な剣を形成する。
見えたぞ。お前の弱点が。
首の付け根にある赤い点。そこが、お前の
ズバアアア!
落ちる勢いと共に赤黒い剣を振り下ろし、ドラゴンの首の付け根に突き刺す。
「は、はは。ざまあみろ……」
着地する力も残っておらず、体を思い切り地面に打ち付ける。
骨は砕け、もう意識も朦朧としてきた。
どうしてこうなったんだっけ……思えば、俺がFランクスキルと判定されたことから人生が狂い始めたのかもしれない。
Fランクスキルと判定された俺は「何かの間違いだ!」と単身
自分にスキルがあると分かって、ベテラン探索者の父さんみたいになれたらいいな……と。だけど、現実はFランク。一階のモンスターに傷をつけることもできず全治二ヶ月だ。
その後、父さんが塔で致命傷を負い、死んでしまった。
そのことがショックだったのか母さんが病に倒れ、俺はコンビニバイトで家計を支えたんだったっけ。
だけど、母さんは亡くなり、両親を立て続けに失ったショックからか、妹が自殺してしまう。
どうでも良くなった。
だから、俺は死ぬつもりで「原初の塔」に挑んだのだ。そこで俺は今更ながらに自分のスキルが壊れスキルであることを知った。
「もうすこし……はやく、気が付いていれば……父さん、母さん……
光の粒と化していくドラゴンの姿も霞んできた。そこで俺の意識が完全に閉じる。
◇◇◇
「お兄ちゃん! そろそろ起きて!」
懐かしい声で意識が覚醒した。
元気だった頃の妹の声だ。心地良いまどろみが俺を包み込んでいる。
こんな穏やかな気持ちで逝けるなんて、死とは思ったより悪くない。
「もう、入るよ!」
ガチャリと扉の開く音がして、ゆさゆさと体を揺さぶられる。
目を開けると制服を着た妹が眉を八の字にして唇を尖らせていた。
「
「突然叫ばないでよお」
パッと俺から離れた涼香がわざとらしく両耳を塞ぐ。
ブーブーブー。ゲロゲロゲロ。
枕元でスマートフォンが振動すると共にカエルの鳴き声が。
涼香が枕元からスマートフォンを引っ張り出し、音を止めると「はい」と差し出してくる。
起き上がり、彼女からそれを受けとると満足したように彼女が部屋から出て行った。
「俺の部屋……だ。懐かしい」
俺がまだ幸せだった頃の部屋の風景だ。涼香の制服は高校のものだった。
まだ笑顔が絶えない彼女の顔、久しぶりに見たよ。
「……走馬灯にしては、長くないか?」
ふとスマートフォンを見て、ポロリとそいつを落としてしまう。
「2012年って、は、八年前……。まさか、俺は……」
さきほどからのやけにリアルな感触。スマートフォンの示す日付。
ひょっとして俺は、戻ってきたのか……!? 幸せだったあの頃に。
半信半疑ながらも、体は自然と動く。
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