5章:十二歳~十五歳
「村沢真偉です」
「本田光羽です」
私は中学生になった。保育園が一緒だった幼馴染、真偉とクラスで再会した。
自己紹介なんてロクにせず、私達はたまに話す間柄だった。
美術の時間、音楽の時間、出席番号が近いために席はいつも側だ。
あんまりベダベタすると雄大に見られた時に面倒くさくなるから、廊下では絶対に話さない。
それに彼もクラスの中心の集団と連んでるし、あんまり近寄らないようにしていた。
ー本当はそれだけじゃないけど。
「先輩の仲良いね」
中学校入学から半年以上が経った。
部活帰り、卓球部のクラスメイトと喋りながら帰っていた。
私が所属するバレー部の先輩たちと楽しそうに話していた時の事を言っているのだろう。
仲が良い、なんてそんな事はない。
私は部活の先輩、特に1個上の先輩が大嫌いだった。
口が悪く気分屋。部室では遅くまで残って後輩や同級生の悪口なんて日常茶飯事。ついこの前まで、私と香織は先輩からの暴言の的だった。
一緒に部活を辞めて、文化部に入り直そうなんて話したくらいだ。
しかし、何かの拍子に、私は先輩から可愛いがられるようになった。
変に素っ気なくすると、痛い目に遭いそうだから、わざと明るく嬉しがる素振りを見せていた。
「ありがとうございます!」
私のキャラではないけど、こんなふうにしている事が自分のためなのだ。
一緒に帰っていた友達は微笑ましそうに見ていた。
「もうやだ…」
雄大と別れた。初めての彼氏は本当に最低な人だった。
泣きそうになりながらも、寄り道をして遠回りをした道を歩いていた。
家は、おばあちゃんがいるから帰りたくない。学校も雄大との事で冷やかされて嫌だ。
いつも心を空っぽにして、廊下を歩く時も目立たないように下を向いていた。
なんで私だけがこんな目に遭うのよ。
中学に入って気付いた。それは雄大と付き合ってからかも知れない。
ー私は、人間関係、特に身近な人に恵まれにくいのだ。
家族が良い例だ。それに親友なんて呼べる人も今までに居たこともない。そして家に帰りたくないという気持ちを吐き出せそうな友達もいない。雄大との関係で傷ついている自分を慰めてほしいと感じる友達もいない。
そもそも昔から付き合いのある友達さえ誰もいなかった。
大祐と真偉は幼なじみだ。でも2人は何かが違った。
少し前、私のリュックからお守りが引きちぎられていた事があった。
それを相談したのは大祐だった。でも平和主義の彼はあまり深入りしてこなかった。
真偉だって美術の時間、私に毒を吐いてきた。
…これが幼なじみだ、なんて言えるの?
香織だって、去年私に砂をかけてきたり、そんな服着てるからおばさんなんだよ、と言ってきた日があった。
夏休み一緒に遊んだ照満だって、深い話が出来る間柄ではない。
同じ英会話スクールに通っている茉莉だって、たくさん笑って、たくさんふざける仲だけど、彼女は家庭環境にも友達にも羨ましいほど恵まれている。
相談には乗ってくれるだろうけど、相談するまでに気が引けてしまうのだ。
私はー1人だ。
昔から、どうして私の人間関係をおばあちゃんが制限するのかが分かった。
その理由はー私が友人に恵まれないだろう事に気づいていたからだ。
その真意を聞こうにも、怖くて聞けそうにない。
多分、私自身も薄々気づいている事だからー。
「笑人…」
私は好きな人の名前を呟く。
私が苦しくても耐えられたのは彼がいたから。
思い出すだけで心がキュンとして、優しい涙が出てくる。
病気かも知れないと不安に思う暇すらないくらいの勢いだった。
今までの「恋愛」とは全然違った。雄大と別れてから、想いが急激に高まった。
私はこれを「初恋」だと思った。
今まで誰かの事を好きになった事はある。でも「恋」だと心から感じたことはない。
心から「恋」だと思った恋愛は、まだした事がなかったのだ。
だから嬉しかった。ものすごく感動した。
でも現実は残酷だ。私はこれほどまでに神様を恨んだ事はない。
ー笑人は約1年後、病気により亡くなった。
笑人と関われたかも知れない時間までもを奪われてー。
※ ※ ※ ※
中学2年生は、休校期間を明けてからのスタートだった。
突然の変化に戸惑いつつも、皆生活に慣れようと頑張っている。
体操服での登校や、ソーシャルディスタンスは大変だったけれど、私もそれなりに学校生活を充実させていたーはずだった。
ー私は、「無視」をすれば良かったのかも知れない。
数ヶ月前、新学期が始まった直後、真偉の様子が今までと違うことに気がついた。
誰とも口を利いていない。誰かが話しかけても、ほとんど言葉を発さない。それ以前に元気がなく辛そうだった。
大丈夫?そんなありきたりな言葉をかけられるほど、私は非常な人間ではない。
「真偉、この問題分かる?」
社会の相談の時間。私はさりげなくを装い、彼に話かけた。
「そういえば、真偉って臨海セミナーに行ってるよね?」
塾の話にも彼を巻き込んだ。
「見つかって良かった」
真偉が体育館履きがないと困っていたので一緒に探した。
そうやって真偉との関わりを増やして、彼に元気になってもらおうとした。
その結果、私は真偉の心を開くことに成功した。
偶然、席替えで真偉と隣の席になった。嫌でも彼とは話すことになった。
私は間違っていたのかも知れない。
真偉に近づいちゃいけなかった。
大人しく笑人の事だけを見ていれば良かったんだ。
私は、休み時間のたび、廊下に出て他クラスの友達と話していた。
香織や茉莉、優花など個人的に仲の良い友達。部活メンバーや後輩、そして泰雅や大祐、七星などの男子。色々な人との関わりがあった。
本当に楽しくて充実していた。途中からは塾との両立だったけれど、私の人生で1番心の軽かった日々だった。
笑人と天葉という意外なコンビが一緒にいる事に驚いた。今では、この時が幸せだったと分かる。
ー夏休み明けから、私の人生は狂いだした。
夏休みが明け、体育祭が間近になった頃、私はある異変に気づいた。
ー後ろから、私についての会話が聞こえてきた。
多分気のせいか、しょうもない事でも話しているのだろう。男子はバカだし。
全然気にも留めていなかった。
しかし数日後、体育の時間にまた異変に気づいた。
さっきから、クラスメイトからの視線を感じる。特に男子から。
もしそうなら気持ちが悪い。なんとなく卑猥な視線を感じる。
でも私はまだまだ耐えられた。だってクラスがダメなら他クラスに行けば良いだけだし、笑人がいる限り大丈夫。
ー私はバカだった。ことの重大さに気づこうともしていなかった。
翌週。私に対しての攻撃が「イジメ」と化していった。
「ムカつく」「死ね」「消えろ」なんて聞き飽きたものだ。
私の名前は1度も口に出されない。つまりイジメを認識出来るのは自分だけなのだ。
クラス中の雰囲気がどんどん悪くなっていくのに誰も何も言わない。
それもそうか。私をイジメているのはクラスの中心人物だ。コイツのすることは、全部面白いものだとでも思っているのだろう。
最初の頃は、他クラスへ逃げていた。それが私なりの対抗だったし、ベストだと思ったから。
でも次第に歩く気力さえ奪われた。机から動けない。休み時間だけだったのに、授業中にまで私への攻撃は止まらない。
心が何も感じなくなったのはその頃だ。後から知ったが、この時の私の症状は「離人症」という解離性障害の一種だった。
私の家系は精神病家系だと中学に入ったあたりから気づいていた。すぐに遺伝だと思ったし、もしそうなら怖かった。
ー神様は私を殺そうとしているのではないか、と。
部活も適当にやり過ごしていた。不登校になる前日は、声さえ出なくなった。
クラスでは誰にも話しかけられない。男子からはもちろん、モテばかり気にしている女子にも話しかけられなくなった。
そんなに男子からの評価が必要? 私はどちらかというと女子からの評価の方が大事なんだけど。
つまりみんなと違うから…。みんなと違う人間は排除されるんだ。
学校になんて殺されに行くようなものだ。
「お前が何かしたんだろ」
助けを求めた真偉にさえ、こう言われる始末。
真偉からの好意には気づいていた。気づいていたのに、私は気づかないフリで真偉と関わっていた。思わせぶり、と思われたのだろう。
優しささえ、何かのきっかけですり替えられる。
何かを間違えただけで人生が狂う。
これっきり真偉とは話していない。
「大丈夫…?」
クラスのゴミとなっていた私は、優しい声に顔を上げた。
今年初めて同じクラスになった景に声をかけられた。
その瞬間、心を締め付けていた闇がスーッと引いていくような感じがした。
「うん…」私は今日初めて、教室でまともに声を出せた。
景とはこれがきっかけで、仲良くなった。
きっかけは、かなり最悪だ。
ー私は、次の日から学校へ行かなくなった。
私は、おかしくなったメンタルで不登校初日は死にかけていた。
昨日、もう学校には行きたくないと家で発狂した。
『クラスでイジメにあってるの!』
『ろくに私のことなんて見てなかったくせに!』
『そんなに学校に行かせたいのか!』
偶然お母さんの仕事が休みで、おばあちゃんも家にいた。
家で暴れまくって大変だったな、と朧気に覚えている。
今、お母さんは学校に乗り込みに行っていた。
担任の先生に私はイジメにあっている事を話していた。それなのに相手にされなかった。それに対して怒っていた。
おばあちゃんといえば、子供を見てくれる心療内科を探していた。
迷惑はかけないと誓ったのに、結局大迷惑をかけてしまった。
私は、自分の家系について考えを巡らせた。
昔はお父さん、お母さん、おばあちゃんの3人暮らし。おばあちゃんも離婚しているから、私はおじいちゃんの顔を知らない。
お母さんが言うには「ママとママの弟に虐待した挙句、浮気して妻を捨てた」らしい。
妻とはおばあちゃんの事だ。そしてお母さんの弟であり、従兄のお父さんであるオジさんの家族もまた問題があった。
オジさんの奥さんは精神病で、昔から夫婦喧嘩も絶えなかった。そして今は離婚の話まで上がっている。そして、その影響で従兄もおかしくなって心療内科に行ったこともあった。
オジさんの奥さんは「躁病」で従兄さ「強迫性障害」だったっけ。
精神病の人ならまだいる。それはーお姉ちゃんだ。
お姉ちゃんと呼んでいるが、お父さんが違う。私はお母さんの再婚相手との子供なのだ。
姉妹がいる事には嬉しかったが、姉妹なのに生い立ちがまるで違う。
お姉ちゃんは「パニック障害」だった。職場で倒れて救急車で病院に運ばれた事もあるし、障害者手帳を持っている。
原因は、お母さんの前の旦那さんの家族にイジメられたそうだ。
他にも詐欺にあったりストーカーにあったりと、自慢出来るほどの苦労人だった。
高校ではイジメにあって退学したから中卒みたいだし…。
そういえば、従兄も学校にあまり通えていない。みんな、おかしいのだ。
ーみんな、おかしいのだ。
まともなのは私だけだったのに、私までもがおかしくなった。
これからどうなるんだろう。
漠然とした不安だけが残ってしまった。
「わぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー」
また始まった。パニック症状。
不登校になってから、フラッシュバックに苦しめられていた。
一時期、引っ越して学校を転校するという話も出たが無しになってしまった。
つまり、これからもフラッシュバックと付き合い続けるのか。
そう思うと尚更、症状は悪化していった。
3日に1回は突然パニックになって暴れ出す、泣き出す。
頭が乗っ取られたみたい、私はそう例えた。
心療内科には行った。すると「適応障害」と言われ、しばらく通院することになった。
でも何ヶ月経っても症状は改善しなかった。逆に悪化している気さえした。
私は病院を変えた。その病院は子供専門だったので、かなり的確だった。
これだ、という病名は下されなかったが、毎回処方される薬は「双極性障害」の方が飲む薬だった。
やはり私も病気だったのだ。あまり病気だ、病気だと思い込むのは良くないが、知れて良かったと思っている。
年明け。私はものすごい勢いでため息を吐いた。
年末年始に従兄たちが家に来た。毎年恒例だから仕方がないのだけれど…。
従兄のお母さんが、家に来るたびにキチガイみたいに発狂する。
精神病だからしょうがないのだけれど、お母さんもおばあちゃんも私も疲れてしまった。
去年、お母さんも会社でヒドいパワハラにあって退職していたし、おばあちゃんも骨折して入院していたので、みんな精神状態は危険だった。
みんな、おかしい。おかしくなりたくてなった訳じゃないけど。
家も家系もめちゃくちゃ。いつ崩壊するか分からない。
たまに浮かぶ笑人の事も忘れかけていた。
久しぶりにお父さんの家に遊びに行った。静かなアパート。寒かったけれど、かなり落ち着いた。
「なんであんな人に会いたいの?」
おばあちゃんはお父さんに会いに行こうとした私に、そうやって冷たく言った。
小学校4年生の時、お父さんの誕生日にこっそりメールしたのが見つかって、おばあちゃんに1日中無視された事を思い出した。
おばあちゃんとお父さんは絶縁状態だ。それは分かっているけれど、そうやっていつまでも引きずっていたら、何も変わらないのだ。
唯一、この状況を変えられるのはー私だけだ。
「もう寝るね」
早めに布団に入り、私は目を閉じた。
途端に笑人の存在を思い出す。そうだ。私は忘れてなんていなかったのだ。
私はー笑人を思い出すと辛いから、考えないようにしていただけなのだ。
本当は笑人に会いたい。
もうすぐバレンタインだ。笑人に渡したいと思った気持ちは嘘じゃない。
バレンタインの日、笑人に会いに行った。
でもその翌日、笑人は死んだ。
ーその報告が来たのは1週間後だった。
それから2日後、私は最も恐れていた現実に直面した。
お母さんが帰ってこなくなった。
行方不明、なのかも知れない。もしくは誘拐か。
お母さんはー男にだらしない。
私とお姉ちゃんが異父姉妹なのも、元はそれが原因だ。
でもお母さんを責められない。だってお母さんは、実のお父さんから虐待を受けて捨てられたんだからー。
虐待連鎖。私が最も恐れていたものだ。
「これはネグレクトです」
初めて心療内科の先生に家庭環境を打ち明けた。人に話すのさえ初めてだった。
ネグレクト、育児放棄の事か。
お母さんは、おじいちゃんから身体的・心理的虐待を受けていた。
私は、お母さんからネグレクトを受けた。
止まらなかった。虐待は連鎖するのだ。
何で…。笑人が死んで、お母さんまでいなくなって…。お父さんとおばあちゃんの関係だって最悪なのに…。
従兄だって、お姉ちゃんだって、家系みんなおかしいのに…。
私がもっとまともだったら、私が不登校にさえ、ならなければ…。
…こんな事にはならなかったかも知れないのに!
辛い。やめて、みんなが私を苦しめる。身近な人に恵まれない、なんてそんな風に言える間が1番幸せなんだ。
何も言えなくなった時が、未来が消える瞬間なんだ。
生きろー。死ぬな。誰かがそう言ってくれるのを、ずっと待っていた。
待ってるだけじゃ何も来ない。それを教えてくれた人に出会う事が出来たのは、私の人生での1番の幸運だった。
※ ※ ※ ※
「荻原天葉っているじゃん。あの人がいたから…」
私は優花に、彼の事を少し話した。
なんとなく優花も、天葉に不思議な雰囲気を感じていたらしい。
中学3年生になって私は学校に戻った。もう「どうにでもなれ」との気持ちだったが、不安定で少しの刺激でパニックになるところは変わらなかった。
天葉は私の命の恩人とも呼べるくらい、自分を救ってくれた人だ。
修学旅行のコース決めはしたものの延期になってしまったので、私と天葉はチャンスとばかりに関わっていた。
「そんな性格だから男子に避けられるんだよ」
「キショ」
幼なじみの真偉は中3になっても、私に暴言を吐いてくる。
もはや幼なじみではないのでは、と疑いたくなる。
「お前嫌われてるよな」
真偉の絶対的味方である七星も、私に対しての態度が悪くなっていった。
嫌われてる事くらい知ってる。だって好かれてる人がイジメられてるわけないでしょ。
でもさ、イジメられた事を知ってるのに、その本人に向かって「嫌われてる」事をわざわざ言いますか?
そのくせ私に向かって、性格悪いとか軽い女とか、好き勝手に言いやがって。
私の何を知ってるの?
私が…どんなに苦しいか、あなた知ってるの?
「イジメられてる人に近づくのは、いい人ぶってるだけ」
「光羽がいるって嫌じゃない?」
「死ね」
廊下で騒ぐ一群たちにボロカスに言われる事も慣れた。
辛いけど、慣れた。
苦しいけど、慣れた。
何を言っても、何をしても、私がいる限りはダメなのだ。
私は世界から嫌われたのだ。
天葉がいなかったら、私はどうなっていたのだろう。
絶対に生きていない。絶対に、自殺していた。
家にも帰りたくないから、寄り道だってしている。早く帰れとか綺麗事言う大人は大嫌いだから、言う事なんて聞かない。
だってさ、彼氏の家から帰って来ないお母さんがいない家に誰が帰りたいと思う?
ー誰も思わないよ。
みんな当たり前になってるんだよ。学校にも通えて、友達もいて、普通に恋愛が出来て、家にも帰れて…。
でもそんなの当たり前じゃないんだよ。当たり前なんて存在しない。
当たり前が当たり前だと思った時、人は生きる気力を奪われるんだ。
感謝しましょう。感謝の気持ちを持ちましょう。それがどういう事か分かっている人は少ない。
私も全然分かっていなかった。
奪われたーと感じるのは、そこにあって当たり前という気持ちが存在していたからだ。
天葉が自殺した時も、私はかなり冷静だった。
彼が残してくれたものを無駄にしないように、私はすぐに立ち直った。
しばらくすると家に、変な男が入り浸るようになった。
「泣けばいいと思ってるんだよ」
「親に甘え過ぎなんだよ」
「子供の育て方に問題がある」
私の家族を崩壊させようとしてきたお母さんの彼氏。
私はコイツの事をクズだと思っている。
「ふざけんな!」
初めて人に対して怒鳴った。頭の中でブチッと何かが切れた。
私の前で平気でお母さんに抱きつくキモい男。ろくに働きもしないヒモ男。仕事をしてないお母さんにお金を出させるクソ男。私をイジメるグス男。教育方針にまで口出し出来るほど出来た人間でもないくせに。
ー地獄に堕ちろ。
「出ていけ!」
お父さんがおばあちゃんに昔、そう怒鳴っていた。そんなの今はどうでもいい。
お母さんはー私が守る。
お母さんは男にだらしないけど、そうなってしまったのは顔も知らないおじいちゃんが原因。
でもお母さんが後戻り出来なくなる前に止められるのは、私だけだ。
「やめて!」
私は、お母さんの彼氏を叩いた。もう何も考えられなかった。
最悪、殺されても良いとさえ思った。
ー生きろよ。
約束破ることになったらゴメンね、天葉ー。
何とか私は生きていた。
人生で初めて家出というものを経験した。
お母さんと縁を切るという話まで出たが、それは無くなった。
でも私は忘れられない。
お母さんの彼氏が私の心を殺そうとしている時、お母さんはー笑っていた。
まるで、何とも思っていないと言わんばかりに。
最近、虐待で子供が亡くなる事件が多い。そして警察に連行される親。
私も他人事ではない。いつこうなってもおかしくない環境だ。
ー生きていてくれればいい。
そう言ってくれても…生きていられるか分からないよ、笑人ー。
「あんたの行いは光羽に悪い」
おばあちゃんはソファで寝ていたお母さんに告げた。
私はもう何も言えない。お母さんに捨てられる覚悟も、おばあちゃんと一緒に済む覚悟も無い。
12月1日 私は児童相談所に通告された。
心療内科の先生が「これは義務です」とおばあちゃんに説明をしていた。
私の病気も治るに治らない。天葉が死んでから毎日学校に行くと決めたのに、ほとんど行けていないくらい重症だった。
もう全日制高校は無理。通信制高校に決まり、もうすぐ受験だというのに「ネグレクト」の状況は変わらず悪化した。
2日間音信不通だったり、食べるものが何もなくてインスタント麺に醤油をかけて食べたり、外出したまま帰って来なかったり、ずっとこんな感じだった。
口内炎はヒドイし、頭が痛くなったり、胃がキリキリしたりと体調も悪かった。
お母さんに理由を聞くと「あんたが不登校だから」「光羽はいい子だから大丈夫でしょ?」と脅しにも近い言葉でねじ伏せられた。
学校も家もダメ。でも理解なんてされない。
笑われて、同情されて、見捨てられる。
何で私、生きてるんだろ…。
みんなが夏休みの間、私は自殺しようと外出を繰り返した。
笑人と天葉の想い、なんて考えられないくらい追い詰められていた。
友達もいない。学校にも見放された。大好きな人も恩人も死んだ。お母さんにも放置されている。家系もみんなおかしい。
その重圧に耐えられなかった。
でも死ねなかった。実際に自殺した天葉はどんな気持ちだったんだろうと想像しただけで胸が締め付けられて、死への恐怖が倍増してきた。
もしかして天葉はこうなる事を分かっていたんじゃ…。
彼は死にたいから死んだのだと思っていた。でも本当は自殺する事も人生の一部だと分かっていたとしたら…。
天葉は私を救うために自殺したんだ。私が自殺する未来が見えたのかもしれない。
そんな予知能力があったら、私はこんなに苦しんではいないだろうけど、そうじゃなきゃ説明がつかなかった。
自殺しようと思っている人は、自殺した人の影響を受けるんだ。
それくらい視野が狭まって、普通の人が見えてるものが見えなくなるんだ。
「死」以外のものが見えなくなる。でも実際に死んだ人は、その「死」の先にいる。
死のうとしている人には、実際に死んだ人が救う。
天葉の考えそうな事だ。
ズルズルと天葉に引きづられて生き続けた私。だから「生きる意味」をよく考えるようになった。
周りの人よりも不遇な自分。でも同じように苦しんでいる人を救えるのは、同じように苦しんだ人だけ。
私は、誰かを救える才能があるのかも知れない。
何で救う? 小説なら趣味で書いてるし、発信する事も決めている。
じゃあ自分の生い立ちを書くとか? 同じように苦しんでいる人を本で救う?
他には? 本嫌いな人はどうする?
将来、誰かのためになる仕事に就く? 例えば…。
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