4章:十歳~十二歳
小学校5年生になり、私は友達づくりに失敗した。
このクラスの女子は私を含めて16人。この学校では「2人組でいないとボッチになる」という風習があった。
それなら私は、もう1人のボッチと一緒にいれば良いと考えた。
でもその考えがダメだった。
「秋日ー。何書いてるの?」
去年から秋日と続けて同じクラスになっていた。そういえば1年生の時は、他の人とは違う感情を持っていた時もあったと、朧気に覚えていた。
今、私はボッチ。そして最近、秋日もみんなと遊ばずに教室で絵を描いている日が多かった。
だから何となくー気になっていた。
「今、秋日は忙しいの」
秋日の代わりに質問に答えたのは、またも去年から続けて同じクラスの泰雅だ。
とにかくうるさくて、でも話しやすい、クラスに1人はいそうなタイプの彼。
それよりもさっきから秋日は、少し困った様子で、絵が描かれている自由帳を見つめていた。
泰雅が秋日の自由帳に勝手に落書きをしていたのだ。
「え…、何で勝手に描いてるの?」
「別に良いよな?」
「まぁ…」秋日は苦笑しながら答える。
絶対ダメでしょ、とは秋日の顔を見ていたら言い出せなかった。
私は、路線を変更し男子と一緒に居ることで、自分の存在意義を見出していた。
ー今日、女子から無視をされた。
体育でペアにならないといけないのに、私は1人残されてしまった。
ペアを組もうと、時々話していた女子に声をかけたがスルー。
そして、頭の良い、なぜか私に難しい問題を出してマウントを取ってくる子とペアを組んでいた。
心底ムカついた。女子が一瞬にして大嫌いになった。
去年のトラウマを嘲笑われているような感覚にさえ、陥った日もあった。
「クラス嫌だ」
お母さんに愚痴った事もあった。でも仕事の事で頭がいっぱいのお母さんは、ろくに人の話を聞いていない。
もう何もかもが嫌だ。人間が嫌い。
私は5年生の1学期、誰かと一緒にいた記憶がない。
都合よく女子に扱われて、基本的には1人ぼっちだった。
誰かのそばにいても、私は一瞬で排除された。
そんな私の心に衝撃が走ったのは、数週間後に夏休みを控えた7月の上旬。
ー秋日が学校に来なくなった。
初めてクラスから人がいなくなるのを見た。
「不登校」は自殺寸前の人がなるもの、という間違った認識で生きてきた私には、驚きを通り越して衝撃的だった。
よりによって、気になっていた彼が消えた。
でも数日後、私には心情の変化が現れていた。
ー何があっても私は不登校にはならない。
何でこんな気持ちになったのかは分からない。秋日が不登校になったのが嬉しいなんて事はあるわけないし、秋日の分まで学校に通おう、なんて偉そうな事を思った訳でもなかった。
近い表現で言うと、秋日に「まだ学校に通って良いんだよ」と訴えかけられた感じだ。
本当に自分の気持ちなのに、よく分からなかった。
ただ1つ言えた事は、私にとって秋日は「他の誰にも変えがたい存在」という事だ。
夏休みが明け、クラスから秋日の話題が消えた頃には、私の心からも秋日の存在が無くなっていた。
教室で寂しそうに置かれている彼の机を見ても、心は動かなかったー。
「一緒にプール行こう」
席が後ろになった蓮に私は声をかけた。
夏休みが明けて水泳の授業が残り数回となった日、私は学校に通い続けて良かったと思えた。
後ろの席の女子と最近よく話している。
この子も女子3人組に属していて、1学期のほとんどは男子とイチャついていたのを何度も見た。
この子と一緒にいれば、私はボッチから卒業出来る。
そう思ったら早かった。速攻、蓮に声をかけ、ウザくならない程度に纏わりついた。
おかけで彼女とは気づけばそばにいる関係になっていた。
「最近、蓮と仲良いよね」
蓮と仲良くしていたら、他の女子からも声をかけられる機会が増えた。そして今まで苦手としていた男子とも普通に関われるようになった。
でも私は、蓮を100パーセント好きにはなれなかった。
人に対して媚びる。運動会の時、私の親に「光羽ちゃんのお母さん!こんにちはー」なんて大きい声で挨拶をされた時はかなり引いた。
でも仕方ない。私の周りにはこんな女子ばかりが集まってくるのだ。今まででもう慣れたことだ。
「漢字間違ってるよ」
私が蓮を喜ばせようと思って書いた文字。それを蓮は否定した。
ただ間違いを指摘しただけ、そんな考えは抜け落ちていた。
ー恨みが沸々と湧き上がってきた。
類は友を呼ぶ。私は蓮の彼氏も大嫌いだった。
「ウザ」
私は何度、このセリフを蓮の彼氏に言ったことか。
そもそも、そいつが私にボロカスに文句言ってくるのに、笑って誤魔化している蓮もおかしい。
どいつも、こいつも、人間のクズ。
男と女って面倒くさい。お互いの事しか見えていない。恋愛をすると、友達なんてどうでも良くなるんだ。
「なんか光羽ってブスだよね」
挙句、蓮の彼氏から私は顔について言われるようになった。
「うるさい、サル」
私も負けじと言い返した。こんなので泣いたりしない。
でも、事態はこれで治まらなかった。
小学校6年生で、私はクラスの男子全員から「オバサン」というあだ名をつけられた。
オバサン、ブス、男好き、言いたい放題言われ、少しでもキツイ言い方をすれば悪口を言われた。
その悪口をチクってきたのが蓮だ。
それでも私は、全然気にしていなかった。だって去年、私の事が好きという男子もいた。お母さんから毎日「可愛い」と言われて育てられた。
でも、こんなのが毎日続けば、さすがに私も考える。
ーもしかしたら、お母さんは「自分の子供」だから可愛いと言ったのかも知れない。
現にお母さんは子供嫌いで、自分の子供以外は可愛いと思わないと言っていた。
私は、可愛いの意味を間違えていたのかも知れない。
そう思い出すとキリがなかった。もしかして…あれも、これも、全部違ったんじゃ…。
私は、家に帰って泣く回数が増えた。泣けば明日からも学校に通おうと思えるからー。
「うるさい!」
私はおばあちゃんへ恨みの矛先が変わった。お父さんがいなくなったのは、全部コイツのせいだ。友達との関係がいつも変なのも、私が家嫌いなのも、お母さんが話を聞いてくれないのも…。
全部、クソババァのせいだ。
私はーおばあちゃんを殺そうとした。
でも私は小学生だ。何もできない、何も知らない。
とにかく家で出来る限りの事はしようと考えてらリモコンで殴りかかろうとした。ティッシュケースを投げつけた。靴下で叩いた。
家庭内暴力。そんなの知らない。知らないフリで生きていた。
そんな家では暴れて、学校では気を使って、と過ごしていたある日、私には好きな人が出来た。
初めて「好き」が何なのかを知った。
今までとは全然違った。これが恋愛なんだ。
彼ー雄大とは、今年同じ委員会に所属していた。
サッカーが上手くて、面白い。ムードメーカー的な存在だった。
秋日に対して抱いていた感情とはまるで違う。ずっと考えてしまう。そして重いドロドロとしたマグマが溢れるような気持ちになる。
なんかすごい…。これが素直な思いだった。
秋頃あった修学旅行で、私は初めて雄大に話しかけられた。
「良いアングルから取りますねー」
私が徳川家康のお墓を写真に収めようと角度を定めていた時、後ろから声がした。
最初は自分に言ってるのか、他にカメラを持った同級生に言っているのか分からなかった。
でも、彼の質問に返答した人は誰もいなかった。それに雄大の目線は私に向いていた。
「…私に言ってる…?」
「はい」
何だ、私に…。え、私に言ったの…?
私はしばらく雄大を見つめた。彼は何事もなかったかのように、班のメンバーと合流して行った。
いつか話してみたいなとは思っていたけど、まさか修学旅行でなんて…。
「は? 心狭っ」
私は蓮に陰口を言われていた。
このクラスでは、2学期辺りからイジメが流行っていた。
クラスほぼ全員で1人の児童をイジメる。
それは先生からの説教とも取れる授業で、何とか収まったけれど、今度は小さなグループ内での「避ける」という行為が始まった。
男子の方がかなり過激だったけれど、女子同士でもあった。
それがー私と蓮だ。
私は、クラスの刺々しい女子たちから悪口を言われていた。
悪口と言っても、蓮が私のことを睨んだりボロカスに言ってきたりするだけで、それ以外の女子はただ話を聞いているだけだった。
「アイツは頭がおかしいから」
泰雅が私に愚痴る。なんと同じクラスになって3年目だ。
実は彼のグループも面倒くさい事になっていた。泰雅は香織のことが好きだと密かに知っていたので、彼を私のグループに巻き込んだ。
ーそっちのグループの味方にもなるから、と。
香織は鈍感だから何も気づいていなかったけれど、私の不自然な行動についてきてくれた。
結果、私は男子グループと手を組み、圧勝だった。
ーざまぁみろ。
来年も、蓮とは雄大がらみで対立する事になったが、当時はそんなの知った事ではなかった。
「出ていけ!」
私はおばあちゃんを家から追い出した。学校でも家でも苦しい。人間が嫌い。
お父さんを追い出しておきながら、保護者の顔をするおばあちゃんが大嫌い。
これでもう、家は安全な場所だ。
お母さんは、帰ってきても何も言わなかった。どうせ、興味がないんでしょ。
いつもこれだ。家族なのに、まるで他人みたいだ。
最近になって泣く回数がものすごく増えた。ほとんど毎日泣いているかも知れない。
「もうやだ…」
弱音を吐いたって、状況は何も変わらないのだ。
「ありがとー」
私は雄大にお礼を言った。
小学校卒業式の4日前、私の卒業アルバムに雄大からのメッセージをもらった。
『中学校でも共に頑張ろう 関水』
ありきたりな、でも彼らしいメッセージだ。
そして次のページにも、小さく文字が書かれていた。
『放課後、北校舎の階段で』
北校舎とは、6年生の教室がある南校舎の反対側だ。
でも何で…。もしかして、告白…。
想像で一気に心拍数が上昇した。心臓が泊まるかも、とまで思った。
放課後、北校舎に行った私は、人生で初めての経験をした。
『好きだよ』
そんな言葉を言われてしまったら、もう頷くしかない。
卒業前に、たくさん幸せが来てしまった。
ーだから中学では不幸だったのかな。そんな事言ったら「2人」が傷つくけど。
「卒業おめでとう」
小学校卒業式は滞りなく終わった。
色々あったけれど、無事に卒業出来た事に安堵した。
中学校生活に期待と不安を抱き始めた頃、私にはある疑念が沸き起こっていた。
それは本当に漠然とした感覚だった。
まさか、数年後に起こることだなんて思ってもいなかった。
ー私は、これから先もずっと学校に通い続けられるのだろうか。
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