3章:八歳〜十歳

私は今年、クラスに恵まれなかった。

小学校中学年になり、荒れていく児童も増えてきた。

そのせいだろう。私はストレスで太った。

この頃の記憶は残っているはずなのに、思い出せないくらいに心の奥底に行ってしまった。

良くある「女子3人組は怖い」という話が真実であった事に気づいたり、学童でも男子集団からの暴言がイジメに近い感じとなり、指導員に言ったら「光羽にも原因がある」と言われた。家に帰りたくなくて寄り道を繰り返してたら、おばあちゃんが習い事の30分前になっても私が帰ってこないからと学童に電話されて、一緒にいた梨南ちゃんが怒られた。本当に散々だった。

しかも怒ったのはおばあちゃん。他人の子をマンションの前で怒鳴るなよ。

挨拶しない上の階に住んでいる子に挨拶するまで詰め寄ったり、私の友達の悪口言ったり、関わるの制限したり…。

もういらないプリントをわざわざ漁って、間違いを見つけたら拷問の如く私にやらせる。反抗したらお母さんに嫌味っぽく言いつける。

挙句、私が折れて謝ったら「何がごめんなの?」とか言う。

何様だよ。クソババア。あんたがそんなんだから家に帰るのが遅いんだよ。

梨南ちゃんに「光羽のおばあちゃん嫌い」とか言われたこっちの気持ちが分かるか?

まぁ少し前、指導員が「梨南のせいで学童に行きたくないって言ってる子がいるんだけど?」とか私に言ってきたけど、なんで私に言うんだよって話。

何もかもが嫌になった。でも子供だからやりたい放題やってやる事にした。

私の救いだったのは、大好きなアニメ「名探偵コナン」があったから。

アニメに逃げすぎて、コナンのアニメと映画の8~9割は見た。

小学校1年生の3月から習っていたフラダンスも、骨折を機に辞めた。

なんと1年生の時、骨折した場所と同じ部位をまた折ってしまったのだ。

辞めた理由は、学校のストレスで練習する気力が奪われたからだ。

でもそんな事言ったって、言い訳にしか受け取ってもらえないのは目に見えている。

ー大人は、子供の事なんて見てないから。

今は、マンツーマンの英会話スクールとカキカタだけに通っているが、正直やる気なんて無くなっていた。

しかも3月にはマンツーマンから少人数の英会話スクールに変更になった。

なんでいつも3月が節目なのだろう、と疑問だけが残った。


小学校4年生で、再び糸音と同じクラスになった時は本当に嬉しかった。

でもー糸音のそばにいつもくっついている女子がいた。

「遊びに行こー」

私が声をかけると、糸音ともう1人の連れは「うん!」と答えた。

私達は怖いくらい一緒にいる。どこに行くにも何をするにも何かを決めるのにも、私たち3人だけで完結させていた。

ーもはや依存だ。

4年生になってから半年くらいまでは、3人とも仲良くやっていた。

でも運動会がきっかけで、私たちの友情なのか依存なのか分からない関係は崩れた。

ある時、糸音が私に言ってきた。

「Yってさ、ベタベタしてきて嫌なんだよね」

いきなりビックリした。でも私はー妙に高揚した。

それから私と糸音は、Yを置いていき、2人だけで2人だけの世界を築いた。

毎週日曜日は午前中から夕方までずっとベッタリ遊んでいた。学校の日も、朝も、休み時間も、昼休みもずっと腕を組んで手を繋いで…。

気づくとYの存在なんて頭から消えていた。

流石にヤバいかなと気付き、小学校で年に1回行われていた「なんちゃら郵便」とか言う学年関係なくハガキで手紙を送ろうみたいなイベントの時に、Yに「また遊ばう。最近関われなくてゴメンね」と書いて送った。

ーそれが裏目に出ると気づいていたのに、気づかないフリをしていた。


年明け。担任の先生が子供の「子」人面談とか訳分かんない事を始め、廊下に1人づつ呼び出されるハメになった。

気軽に考えていた私は、自分の番になってからの先生の言葉の誘導で、何か言わせようとしていると察した。

するとそれに気づいたかの如く、先生はこんな質問を口にした。

「誰かの悪口言ったり、誰かに嫌な思いさせちゃったりはしてない?」

なんでそんな事を私に聞くのだろう。でも思い当たる節はあった。

だから私は正直に、Yとの関係が上手く言っていない事を話した。

それでもう良いだろう。先生も納得してくれたみたいで、クラスに戻るように指示してきた。


「本田さん」

私は先生に廊下に呼び出された。

子供の「子」人面談2回目。今回は呼び出される人と、呼ばれない人に分かれていた。

もちろん私はー呼び出された。

廊下に出た瞬間、私は背筋雅凍りつきそうになった。

廊下には担任教師とーYがいた。

これから何が起こるのか、なんとなく分かる。

トラウマとも呼べるほどの出来事だったので、あんまり記憶に残っていない。

正確には「消し去った」に近い。

『なんでそんな事したんですか?』

『ハガキで悪口書いて送ったのは、どうしてですか?』

『イジメられて許すわけないよね?』

私には、これが拷問にしか思えなかった。今まで感じたことのないくらいの憎悪、人間への恨み、心が冷えた。

『悪口言ってゴメンなさい』

これで穏便に済むだろう。私なりに考えての結果だった。

ー糸音。

私はずっと、頭で大好きな友達を思い浮かべていた。


家に帰ると、私はおばあちゃんの謎の笑顔にたじろいだ。

今日あった出来事が、まだ心を縛り付けていた。

Yとの関係修復のために送ったハガキが、こんなふうにYの言葉によって捻じ曲げられていた。

ゴメンなさい、と謝った時、Yは手を握り締めていた。

あれはー怒り、そして何があっても私を悪者にしたい、という心情の表れだ。

私はもう逃げられない。生きてるだけでこんな人たちに心を殺されるのだ。

もしかしたら、私は長生きしないかもー。

「ミーちゃん。寒くなかった?」

そうだ、もう冬だった。最近心が死んでいたせいで、天気や季節の事が頭から抜け落ちていた。

突然、おばあちゃんが私に言ってきた。

「学校で好きな人いる?」

なんだよ。いきなり…。

「いないけど…」

本当は学校でカッコいいと言われている男子が気になっていた。でも恋愛としての好きなのかがイマイチ分からなかったので否定した。

「じゃあ…、嫌いな人は?」

「わぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー」

私はその場で発狂した、今まで誰にもこんな姿見せなかった。初めて「死にたい」という思いが溢れ出てきた。

「あぁぁぁぁぁーーーーーーーーーー」

あの担任は、家族にまで電話をしていたのだ。

『光羽さんは人をイジメています』とー。

そして数日後。お母さんの様子が変だった。

恐る恐る訪ねると、お母さんは私をボーッと見つめて呟いた。

「イジメられた側がイジメと言ったら、それはイジメになるんです」

「ん?」

「そうあんたの担任に言われた」

私はさっきお母さんが呟いた言葉を反芻した。

ものすごい勢いで怒りと憎しみが湧いた。

ーここまで人を恨んだ事はない。

「仕事中なのに電話がかかってきて、何時間も説教されて、『本当は学校に呼び出そうと思った』とか言われて、挙句あんな事言われて…」

私はおばあちゃんに「嫌いな人」の質問を受けた夜、怒りながら返ってきたお母さんに全てを打ち明けた。

すると「それはイジメでもなんでもなく普通にある事じゃん」と驚かれた。

お母さんは今日、それを担任教師に話したそうだ。

娘はイジメたつもりはないと言っている、と。

でも違った。私はもう「悪者」なのだ。

『イジメられた側がイジメと言ったら、それはイジメになるんです』

私は一生、消えない傷を負った。

私は人をイジメたのだ。

たった1人の言葉で、私は今までの私ではいられなくなった。


数週間後、糸音がYと2人でいるところを目撃した。

やはり私を排除したかっただけなんだと、改めて思い知らされた。

だから私は、逆にYがたまに話していた女子に近づく事にした。

すると彼女は嫌な顔をして逃げていった。

ー心が高揚しているのを感じた。

悪魔を心で飼った。そうすれば、もう傷つく事はないからー。


『イジメ問題ってさ、ずっと人間が考えていかないといけないテーマだよね』

『イジメられる側に原因がある、って言うのもなんか違うし、イジメる側が絶対悪いって決めつけるのもしっくりこない』

『やっぱり「本質を見ろ」って言いたいのかな?』

『まぁ、そうなる。どっちが悪い、悪くないで考えてたら、問題は解決するどころか複雑化していくだけだから』

『学校ってさ、逃げ場がないじゃん。みんな同じように教育させられて、育ちも家庭環境も違う人間が集められて閉じ込められる』

『もう古いんだね。学校に通ってる人が偉い、なんて考えは』

『学校なんて行きたい人が行けば良いんだよ。行きたくない人は、好きな事をして生きれば良い』

『まぁ、それで自分見失って壊れる人もいるけど』

『この世界ってさ、誰かが「こうだ」って決めつけた常識で出来てる部分が多すぎる』

『その常識、もう古いよって』

『そんな常識があるからこそ、そこから外れた人間は生きる希望を失って、死を選ぶしか無くなるってわけ』

『周りからもボロカスに言われてね』

『自分軸…。自分の人生は自分の力で切り拓くしかないんだよ』

『それが今の時代で生きやすくなるために、人間が身につけないと行けないもの』

『君は今、何がしたくて、どんな人生を歩みたいのかな?』

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