第5話
ん?と思った。
何か味がしない気がする。だが次の瞬間、僕はこの世のものとは思えないほどのマズさに猛烈な吐き気がこみ上げてきて、
「おええええええ、まっず~!!!!!」と叫んで持っていたアメを放り出した。
やっぱりやべえ味じゃねえか、と僕は心の中で悪態をついた。舐めてるとそのうち美味しくなってくる?味覚完全にぶっこわれてるだろ、ありえねえよ。
その時までの僕の中のこの世で一番マズい食べ物は、誕生日の時に姉さんが作ってくれた黒焦げのパンケーキだったが、そのアメはその一位の記録をぶっちぎりで更新した。姉さん良かったね。このアメを舐めたあとに、そこら辺のおっさんが吐き捨てたガムを拾って食べたら、たぶんトリュフ並みに美味しく感じるに違いない。そう確信できるような味だった。
しかし2人は僕を心配するどころか、
「おい、なに放り投げてんだ!」と言って慌ててアメを拾い上げた。アメの方が大事なのかよ。
僕は息も絶え絶えに、
「あの、水ないですか?口をすすぎたくて。」とボブに言った。
ボブは川を指さして、
「水ならそこにあるやん。」と言った。
ちがわい!その水で口すすいだら逆効果に決まってるだろ!ていうかなんで今更関西弁なんだよ、大学から上京してきた感じ?と思いながら、
「できれば、ミネラルウォーターみたいなのがいいです。」と言った。
するとのぶさんが、ごそごそとペットボトルの天然水を取り出して渡してくれた。
いやどこで手に入れたんだよ、どう考えてもここら辺自販機ないでしょ、と思ったが、とにかくありがたく頂いて何度も何度も口をすすいだ。
ようやく口のなかにまともな感覚が戻ってきたので振り返ると、のぶさんはさっきのアメを口に入れて美味しそうに舐めていた。
やべえよこの人、と思ったが僕は愛想笑いをしてペットボトルをのぶさんに返した。
のぶさんはアメをなめながら、
「さっき君にはこれを舐めてみるように勧めたがね、実は口に合わないのは分かっていた。実は我々2人はとんでもない変わった味覚を持っているということで選ばれてここに送り込まれてきたんだよ。」と言った。
いや口に合わないの分かってて舐めさせたのかよ、いい加減にしないとさすがに怒るぞ、と思ったが、ふと疑問に思って
「選ばれてここに送り込まれてきた?」と僕は尋ねた。
「そうだ。我々は地上の食べ物が口に合わなくてね、ここで作られたアメを食べることで生きているんだ、その代わりほかのものは何も食べなくても生きていける。」とボブが言った。
「我々が食べないと、何日かするとこのアメは爆発して、あらゆる怒りや憎しみが地上の人々に降り注ぐことになるんだ。」とのぶさんもうなずきながら言った。
えー!爆発?だからさっき僕がアメを放り投げた時にめっちゃ慌ててたのか、とようやく僕は理解した。
僕はその時、もしかしてこの2人はとんでもない偉人なのかも知れない、とふと思った。
この2人がアメを食べてくれるからこそ、世の中の人々は怒りや憎しみ、悲しみ、恐怖、嫉妬、嘆き、といったあらゆる負の感情を忘れることが出来るのかもしれない。完全に忘れることは出来ないにしろ、負の感情というものは時間とともに和らいでいく。この2人がいなかったら、世の中は戦争だらけ、殺人だらけ、犯罪だらけになってしまうのかも知れない。
僕は改めて2人の冴えないおっさんをしげしげと眺めた。そして背負っていたかばんを手に持ち、
「いつもご苦労さまです。」と言って深々と頭を下げた。
のぶさんはそれを見て、
「いやいや、われわれも人々の負の感情がないと生きていけないから、お互い様だよ。最近じゃネットが発達したおかげで、みんなお互いに罵詈雑言を書き込むだろ?そのおかげでアメがたくさん作れて助かってるんだよ。」と言った。
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