第3話

僕はその光に思わず目を細めた。長いこと落ちているうちに目が暗闇に慣れて光に反応するようになってしまったらしい。その2本の光は段々強くなり、僕のすぐ近くまで来て、止まった。


「おー、めっずらしいねえ、子供がこんな所にくるとはねえ。」と誰かが言った。ワンピースに出てくる海軍大将黄猿みたいな声だ。


「あれじゃねえですか、山登り中に、間違えて落ちちまったっていうやつ。」と野太い声で違うやつが言った。




僕は訳が分からないままその光のほうを見ていたが、そのうち見えてきたのは、2人の作業服を着たおっさんだった。一人はモミの木みたいにひょろりと背が高く、もう一人は背が低くてずんぐりと太っている。どちらの着ている作業着も原型が分からないレベルで汚れていて、顔はすすみたいなもので灰色になっている。まあこんな汚ねえところに長いこといたらそうなるか、と僕は思った。僕に当てられているその2本の光は、2人がかぶっているヘルメットに付けられたライトから出ている光のようだ。


「君、なにしてるのかねえ、こんな所で。」と背の高い方が言った。

「そうだそうだ。」とずんぐりした方がうなずいた。


僕は向こうの考えているストーリーに合わせてしまうのが一番早いだろうな、と思い、

「いやー、実はですね、すごい景色の綺麗な所だなあ、って感動しながら歩いてましたら、足元に穴が開いていることに全く気が付かなくてですねえ、ははは。」と言って頭を掻いた。


「ほう。」と言って背の高い方のおっさんは少し怪しむような顔になった。

「妙だねえ。あの穴は普通の人はぜーったいに落ちないような仕組みになってるはずなんだけどねえ。」


あ、なんかまずい流れになってる、と僕は思い、逆に質問してみることにした。

「えーっと、普通の人は落ちない、ってのはどういうことなんですか?」


太ったほうのおっさんが、それを聞いて

「ぼうやはあの川はみたのかい?」と尋ねてきた。

「え、あのとんでもなく臭い川のことですか?」と僕は言った。

「そうあの川のことだ。あ、名前を言うのを忘れちまってたな、俺はボブっていうんだ。そしてこの人がのぶさんだ。」と太ったおっさんは言った。


いや、のぶとボブって日本人だか外人だかはっきりしろや!と僕は思ったが、状況的に2人を怒らせるとろくなことにならなそうだったので「なるほど~、覚えやすいですね!」と笑顔で言った。


のぶさんは川を指さして、

「この川はね、世界中の人々の怒りや憎しみ、悲しみと言ったあらゆるネガティブな感情が流れ込んでできたものなんだよ。」と言った。

僕はそれを聞いて、シンプルに

「は?」と思った。


たぶんこの人は冗談を言っているか、この場所に迷い込んできたガキに嘘を教えてからかっているのだろう、と僕は思った。僕はしばらく2人のうちのどちらかが、「うっそ~」と言って笑い始めるのを待っていたが、のぶさんは川を見つめて物思いにふけり、ボブさんは腕組みをしてうんうんとうなずいているだけだった。


え、何それ、ガチなの?の僕は思った。

確かに、言われてみるとこの川の汚さはマジで尋常ではない。さっきも言ったように下水が天然水に思えるレベルの汚さだ。だが、もし世界中の人々のあらゆるネガティブな思いが流れ込んでいるとしたら?


そこまで考えたが、やはり、いやさすがにないでしょ~!と僕は思った。

てゆうか何で人間の感情が水になるわけ?そんな理論化学の授業で習ってない。

僕は首を横に振り、自分が正気であることを確認した。大丈夫、こんな訳の分からんおっさん達にだまされるほど自分はおかしくはない。


「へえ~、そーなんですかあ。」と僕はだまされたフリをして感心してみせた。


のぶさんは僕を見て、

「君もここに迷い込んできたということは、とんでもなくネガティブな気持ちになっていたはずだ。でなければあの穴を見つけられるはずがない。」と言った。


ぎくっ!と僕は思った。


やべえ、もしかしてあの顔から火が出るほど恥ずかしい体験によって、ネガティブな気持ちになってたからあの穴を見つけてしまったのだろうか?そう思っているうちにまたあの恥ずかしい気持ちが心の中に蘇ってきた。


その時だった。僕が信じられない体験をしたのは。


僕のちょうどおへそのあたりから、灰色か黒のようなゆらゆらとしたけむりのようなものが出てきて、目の前のとんでもなく汚い川に入って行ったのだった。


僕は自分が見ているものを信じられず、呆気に取られてそれを見ていた。

ボブはそれを見て、

「ほらぼうや、ぼうやの何かのネガティブな感情が、川に注いでいるだろう。」と言った。

何なんだこれは、と僕は思った。でもなぜかは分からないが、それは不思議と嫌な感覚ではなかった。

むしろなぜかすっきりして、心が晴れ晴れしてくるくらいだ。


のぶさんは僕を見て、

「気分が晴れてくるだろう。この川はね、見た目にはとても汚くみえるけれども、聖なる川なんだよ。人々のあらゆる負の感情を受け止めて、洗い流してくれるのさ。」と言った。


何だそれ、ガンジス川みたいだな、と僕は思った。でもさすがのインドの人たちも、この川を見たら恐れをなすだろうな、と思った。

「この川は一体どこに流れて行くんですか?海ですか?」と僕は尋ねてみた。


ボブは僕を見て、

「そっかそっか、それを言ってなかったね。案内しよう。」と言ってのぶさんと2人で川に沿って歩き始めた。


僕は2人について歩いていたが、何しろ東京ドームくらい広い広場なので、なっかなか端まで着く気配がない。疲れたなあ、と思って歩いているうちに、一向は何やら巨大な機械の前にたどり着いた。


その機械は縦横高さそれぞれ10mくらいあり、やたらたくさんの部品が着いている構造がかなり複雑そうなもので、あの汚い川の水がやばいくらいの勢いで流れ込んでいた。

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