わたしはデネブ

加藤那由多

第1話『わたしはデネブ』

 学校の屋上の鍵は三つある。

 一つ目は事務室にあるマスターキー。これは非常時に先生が使う。

 二つ目は職員室にある。これは申し出れば生徒でも借りられる。

 三つ目は天文部の部室にある。これは部員であるわたし達しか使えない。

 七月のある夜。わたし達はその鍵を使って屋上に出た。三人で行う最後の天体観測。

「雲は…うん。これなら見れそう」

 空を見上げてそう呟く。絶好の観測日和。高校三年生の夏。他の部活の三年生は部活を引退し始めている。わたしも、今日を最後に天文部を引退するつもりだ。

「今日の目玉は『夏の大三角』でしたよね」

「うん。それなりに知名度あるし、あんま知識なくても『あぁ、あれか。知ってる!』って思ってもらえるようなチョイス。これなら天文初心者でも展示を見にきやすいでしょ? 我ながら完璧」

 今日は、来年の春に新入生に展示するための写真を撮りにきた。わたしはその頃学校にいないから、せめて最後に素晴らしい写真を撮って彼らに残してあげたい。

 だけど今回の目玉を『夏の大三角』にしたのはもう一つ理由がある。

 七夕伝説。一年に一度しか会えない二人の、悲しい愛の物語。

 織姫はベガ。彦星はアルタイル。つまり、夏の大三角。

 この大恋愛に乗じて後輩二人をくっつける。

 夏の夜空を眺めながら、会話をする二人。そしてわたしが七夕伝説を聞かせている間に、我慢している眠気が徐々に二人の理性を打ち消して、二人は正直になっていく。そしてここでわたしの一言「確か、二人ってお互いに好き同士なんだよね(エコーのかかったイケボ)」これで、二人は結ばれる。

 完璧だ。そう、完璧。

藤枝ふじえだ先輩。準備できました」

 後輩の一人で天文部の彦星役、朽木くちき君が声をかけてくる。

「オッケー。じゃあ、いい感じの写真を撮って、新入部員を乱獲だね」

 わたしはカメラを覗き込んで、シャッターを切る。数秒後、撮り終わった写真を確認してもう一枚。さらに数枚撮ったところで、できたものを朽木君に見せる。

「おー! 綺麗に撮れてますね。さすが先輩です!」

 朽木君はわたしにキラキラとした目を向けてくる。いや、それは北里きたさとちゃんに向けてあげて。

「あ、そっち撮り終わりました? こっちは無事終わりましたよー!」

 くだんの織姫役、北里ちゃんだ。彼女には別働隊として他の写真を撮ってもらっていた。どうやら終わったようだ。

「じゃあ、生で観よっか!」

 屋上にブルーシートを敷いて、その上に三人で寝転がる。順番はもちろん、わたしが端っこだ。まぁ、わたしの作戦とか関係なく、二人が勝手にそうしたんだけど。

 望遠鏡を覗くのも綺麗な星空が見えるけど、満天の星空は、何も使わず眺めた方が綺麗だというのがわたしの持論。

 吸い込まれそうな星空の下、三人のちっぽけな人間は眠いのを我慢して話に花を咲かせる。

 うん。いい雰囲気になってきた。寝転がるのも、眠くするための作戦だったりする。さすがわたし。完璧な策。

 じゃあそろそろかな。

「ねぇねぇ、ベガとアルタイルといえばさ」

「七夕伝説ですか?」

 よし、北里ちゃんが乗ってきた!

「そうそう! ロマンチックだよね〜」

 そしてわたしは語り出す。乙姫ベガ彦星アルタイルの物語を。

「……それで、二人は年に一度、七夕の日だけ会うことを許されたのです。はい、めでたしめでたし!」

 どうだ、二人とも。ロマンチックな恋に憧れただろ? 彼氏や彼女が欲しくなっただろ? そんな君たちに朗報だ。君達の隣に、君達を好きな人がいるぞ?

「確か…」

「確か、ベガとアルタイルだけじゃなく、デネブも七夕伝説に登場するんでしたよね」

 わたしの声を遮って朽木君が話し始める。

「七夕の日に、二人の橋渡しを担当するのがカササギで、デネブはカササギ役なんです」

 し、知らなかった。

「じゃあ、先輩は私達のデネブだね」

「そうだねー」

 確かに、二人をくつっけようと色々暗躍してたのは、カササギデネブっぽい。でも、なんでそれを知ってるの⁉︎

「あ、報告が遅れてすみません。僕達、付き合い始めたんです」

「先輩のお陰です。ありがとうございます」

「…え?」

 わたし何かした? いや、何かしようとはしてたけど、今のところは何もしてないよね?

「前に、私が先輩に朽木くんのこと好きって言ったじゃないですか。それを朽木くんがこっそり聞いてて」

「それで両思いだって知って、告白する勇気が出ました」

「本当に、あの日恋愛相談して良かったです」

「お、おぉ…良かったね」

「「はい!」」

 二人の笑顔は、どの一等星よりも明るく眩しかった。

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わたしはデネブ 加藤那由多 @Tanakayuuto

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