快雨照天

雨上がりの夏空

帰りのホームルームが終わると、さっさと支度をして家路につく。

この空間にいると、自分の無能さに不必要なほど気付かされる。

悲しいような、悔しいような、これが思春期というやつだろうか。



起伏のない平坦な道を、力なく自転車で通り過ぎる。

オジギソウの花が咲いていたことにも、新しくできたパン屋からの匂いにも、私は気づくことができなかった。



頬を伝る水滴が、やっと私を現実世界に連れ戻す。


「雨だ──。」


ぽつりと呟くと同時に、私の心が少し跳ね上がるのが分かった。

私は雨が好きだ。

雨粒が、心にこびりついた自己嫌悪の塊を洗い流してくれるような気がする。

そんな淡い妄想を抱いてペダルを漕ぎ進める。

でも水溜りに映るのは、いつものぱっとしない自分。

額にへばりついた前髪が、私の不甲斐なさを増進させる。

私を嘲笑うかのように、乾いた真新しいアスファルトの匂いが鼻を刺した。





その日も、雨が降っていた。

トタン屋根を噛み砕こうとでもしているのか。

言葉では決して表すことができそうにない豪雨が、私を襲う。

でも、なぜか心地よかった。

雨粒がはりのようにスッと突き刺さり、心の浮腫みをほぐす。

雨のせいで霞んだ瞼をこすりながら、一心不乱にペダルを押し込む。

坂道を一気に駆け上がって、ようやく我に帰った。


「ここ、どこだろう──。」


すでに雨は止んでいたらしい。

からからと車輪の空回る音が私の鼓膜を震わせる。

汗と雨で湿った頬を撫でるような、生暖かい風を感じた。


「──ん?なに、これ?」


自転車カゴに引っかかる白い何かが目に飛び込んできた。

手のひらサイズの奇妙な物体が、自転車カゴの中でばたばたと暴れている。


「あ!それ僕の!」


呆気に取られている私をよそに、少年が指を指してこちらへやって来る。


「やっぱり僕のてるちゃんだ!」


滲んだ油性ペンの顔を見つけて、彼はニヤリと笑う。


「お姉ちゃんさ、僕のてるちゃん盗んだでしょ?」


「え、いや、ちが──」


「別に怒ってないよ。だって、てるちゃん可愛いんだもん。しょうがないよ。」

少年は自慢げに白い物体をつまみ上げる。


てるちゃん──?この不気味なてるてる坊主のことなのだろうか。

というか、なんだこの生意気は。

怒涛の展開に、私は戸惑いが隠せなかった。

少年は私に理解させる隙も与えず、続けて言った。


「でも、だめだよ勝手にとっちゃ!僕のてるちゃんなんだからね!」


「ちょっと!あのねえ、私は別にそのてるてる坊主が欲しかったわけじゃ──」

私の言い分を聞こうともしない少年に、柄でもなくムキになってしまった。


私が意気込んで喋り出した途端、少年の小麦色をした細い指から、白い紐がスルスルと逃げていく。

てるちゃんは、少年の心を弄ぶかのように、ひらひらと舞っている。


「うわあああ!待ってー!」

少年は、足を空回りさせながら坂道を下って追いかける。


私は思わず吹き出してしまった。

そして、てるちゃんを必死に追いかける少年を、少し羨ましく思った。

私は、まだ頼りない彼の背中を追いかける。

くすぐったいような、恥ずかしいような、こんな気持ちになるのも思春期のせいなのだろうか。


白群色の空に浮かぶ入道雲が、心のもやを優しく拭う。

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快雨照天 @sabano-misoni

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