悪役戦隊令嬢ファイブ!

吉武 止少

本文

「マリア・フォン・エヴァーグレイス伯爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する!」


 未成年のみで執り行われる宮廷でのダンスパーティー。その冒頭で告げられた言葉に、私はびくりと肩を震わせた。


 ――来た。


 どうにかこうにか婚約まで漕ぎつけた相手だというのに、ついに私にも婚約破棄が来てしまった。


「フランシス様。理由をお伺いしてもよろしくて?」

「知れたこと! 自らの爵位をかさに着て、醜い嫉妬からリリィ・ゴールドン男爵令嬢を苛め抜くような者と我がドレイク公爵家が縁を結ぶはずなかろう!」


 金髪碧眼のフランシスさまは、目に怒りの炎を浮かべて私を睨みつけている。甘いマスクから憧れる子女も多いと聞いていたけれど、これは百年の恋も冷めるというものでしょう。

 ましてや、彼が口にしている妄言は完全に出鱈目だ。

 恋が冷めるどころか、呆れや侮蔑を含んだ視線がそこかしこから向けられている。

 もっとも。

 彼の隣には、如何にも「私いじめられてるんです」みたいな態度のゴールドン男爵令嬢が寄り添っているので他の誰に嫌われようと関係ないのでしょうけれども。


 婚約破棄。

 昨今、平民の間で流行っているラブロマンス小説で一番ホットなシーンである。

 平民たちは権力と領地を持ち、自分だけを実直に愛してくれる素敵な王子様に憧れるのだ。

 元々は吟遊詩人が隣国での出来事を歌ったのが始まりらしいけれども、小説に劇、今では子供向けの童話にまで登場する始末である。


「承りました。では、これで失礼しますね」

「待てッ! リリィに謝罪をしていけ!」

「……言いたいことがございましたら裁判所にどうぞ。裁判で結果が出れば頭もさげましょう」


 謝る理由など、私にはありはしない。そもそもフランシス様にそれほど興味がないのだ。何が悲しくて男爵令嬢をいじめなくてはならないのか。

 婚約破棄が決まった者は、とんでもなく忙しくなる。

 家と家とが結びつきを強めるために行われる婚約。当然ながら、その後の結婚を前提に利権なんかがズブズブになっていく。

 それらを白紙にするためには、とんでもない量の手紙やら指示書、果てには交渉事が必要になるのだ。

 お互いに根回しをしたり、裏でコソコソっとやれば軟着陸できたはずの問題を、公衆の面前でぶちまけるとこうなるのだ。場合によってはそのまま軍事的な衝突にすらなりかねないし、そうでなくともエヴァーグレイス領とドレイク領は一〇〇年単位で交流が途絶えるだろう。

 それは、この国で既に行われた四件の婚約破棄が証明している。


 ……何をトチ狂ったら婚約破棄なんかが流行るんでしょうか。


 たった半年で四件。多いとみるか少ないとみるかは人それぞれだけれど、少なくとも自らの将来を賭けるにしては、分が悪いものだ。

 というか実質将来を棒に振るようなものなので、半年で四人もの若者が人生を投げたと考えれば多いだろう。

 広間から出て待機しているであろう馬車を呼び付けながら今後の方針を考える。家格が下でも、何なら三男坊以下でも良い。とにかく迅速に次の婚約を結ばなければならない。


 まずはお父様に連絡して婚約相手を見繕ってもらう。

 それから領地の石炭事業からドレイク公爵家を抜かなければならない。

 商隊の順路もドレイク領を避けるように言いましょう。関税率も500%はひきあげないといけないだろう。


 ぶつぶつと考えたところで、わぁっ、とパーティー会場で歓声ともどよめきともつかない声が上がる。続いてパーティーで配膳や下膳を担当していた侍女の一人が転がるように私の元へとやってきた。


「まままっ、マリア様! お戻りくださいッ!」

「何故?」

「ええっと、その……マリア様の親友を名乗る者たちがパーティー会場で暴れておりまして」

「…………………………はい?」


 パーティー会場で、暴れる……?

 メイベル辺りがフランシス様に食って掛かっているのだろうか。幼いころからの親友であるメイベルは、侯爵令嬢らしからぬ活発な子だ。

 負けん気も強くていっつも私の兄を泣かして――いや、やめよう。

 とにかくメイベルの口撃はとんでもない破壊力なのだ。私が止めなければパーティーは大惨事になるだろう。


 踵を返してホールに向かう。


 私の到着を見て、門扉の開閉を担当していた者達が安堵の表情を浮かべる。同時にガバっと勢いよく開けてしまった。

 果たして、そこにいたのは。


「妹NTRを成敗、マゼンダピンク!」

「聖女ノットリを許さない、パッションピンク!」

「親友の浮気にNO、パステルピンク!」

「平民による下剋上に待ったをかける、ショッキングピンク!」


「「「「我ら、五人そろって悪役戦隊令嬢ファイブ!」」」」


 なんか頭の悪い服装の四人組が変なポーズを極めているところだった。

 全員が微妙に色味の違うピンクの衣装を身に纏い、仮面舞踏会で使われるような派手な仮面で顔を隠していた。


 っていうか四人しかいないのに五人そろってって何なのか分かんないし、悪役戦隊ってのもどんな戦争で活躍するのか不明だ。自らを悪と呼んでしまうあたり、裁判で勝つつもりは欠片もないのだろう。


 咄嗟に来た道を戻り、見なかったことにして帰ろうとしたがもう遅かった。

 最初に名乗りを上げていたマゼンダピンクが私の方へタタッと駆け寄り、両手を掴んだのだ。


「待っていたわ! 貴女こそ五人目の戦士、ローズピンクよ!」

「誰がローズピンクですかッ!?」

「貴女よ貴女。ほら、あそこの男爵令嬢に婚約者を寝取られたわけだし、ここは色香でガツンと目を覚まさせて、でもよりを戻さないことで復讐をするために――」

「……というか」


 じとっとマゼンダピンクを見ると、私よりも拳一つ分小さな彼女はきょとんとした顔で小首を傾げた。


「ステラ王女殿下ではありませんか……こんなところで何をなさっているのです?」

「すすすっ、ステラ!? そんな小娘知りませんわ!?」

「いや、知らなかったら不敬罪ですけど。あと王族を小娘扱いも不敬罪です」

「知ってる知ってる! 超知ってますよその大娘! でも私はステラなどという名前ではございません!」


 掌クルックルなマゼンダピンクだけれど、間違いなくステラ殿下である。

 っていうか大娘って何だ。それはそれで不敬罪でしょうに。

 ステラ殿下はこの国で婚約破棄をされた人の一人であり、まず間違いなく一番有名な婚約破棄をされた人物である。

 何しろ実の妹に婚約者――隣国の王太子を取られてしまったのだから。

 激怒したのは現在の国王陛下と、ステラ殿下と同腹である王太子殿下だ。特に王太子殿下であるアーヴァイン様は眉目秀麗、博学多才なお方だ。

 風変りな噂も沢山耳にするし人格的にはアレだけれども、数学や天文学ではいくつもの新しい法則を発見し、流通や経済、果ては農業にまで革命を起こした王国一の麒麟児だった。

 その麒麟児を激怒させたのだ。

 両国の関係を良好にするための婚姻だったはずが、代替わりとともに戦争が起こるのでは、という噂まで囁かれるほどになっていた。


「いやあの。仮面からはみ出した銀髪は神の血を引く王家特有のものですし、ましてや腰まで伸びた煌めく縦ロールは、ステラ殿下以外におりません」

「ろ、ローズピンク……!」

「だから誰がローズピンクですかっ!? 私にはマリアという名前があります!」


 ピシャリと言い切ったところで他三人まで寄ってきて、私を囲むようにスクラムを組む。


「マリア様、良いですか。我々は人知れず世直しをしないといけないのです」

「ええ。ですから名前を知られるわけにはいきません」

「ですわ。ですからここはコードネームかカラーコードで呼び合うのが仕来りなのです」

「……カラーコード?」

「ええ。ローズピンクならば#FF66CCがカラーコードです」


 何ですかその呪文みたいなのは。

 ちなみに近づいて来られたので、声や仕草、目の色で他三人も特定できた。

 

 パッションピンクはこの国で初めて婚約破棄を受けた伯爵令嬢。確か教会から聖女認定を受けていたのに、いつの間にか取り消されたりまた認定されたりとゴタゴタしていた子だ。

 婚約相手が教皇のお孫さんだったので、その辺りの絡みだと噂されていた。


 パステルピンクはずっと応援してくれていたはずの乳母姉妹が婚約者と関係を結んでおり、妊娠が発覚した挙句、何故か悪者にされそうになったことで話題を呼んだ子爵令嬢である。

 婚約者と乳母姉妹がそろって貴族位を剥奪され、他国に追放されたとは聞いていたけれど、その後に婚約が決まらないという話だった気がする。


 最後のショッキングピンクに至っては、平民たちの間で流行っているラブロマンス小説の元ネタと見紛うばかりの事件だった。

 平民を見染めた婚約者が彼女を放り出して平民と結婚したのだけれど、平民側から見れば『真実の愛に目覚めた』ということになるらしい。自らの婚約者を放り出した時点で真実の愛とやらは鼻で笑うレベルのものになり下がったが。


 ……要するに、ここにいるピンク四人組は婚約破棄を受けた被害者たちであった。


「わ、私たち婚約破棄戦隊令嬢ファイブは不当な婚約破棄に、断固として戦います!」


 代表たるステラ殿下が何事かを演説している横で、パステルピンクがすいっと布袋を私に差し出しました。


「ローズの衣装です。徹夜で作りましたの。特に仮面の中央にあるクジャクの羽根は――」

「ぺぃっ」

「ああっ!? 何で投げるんですか!?」

「何ではこっちの台詞です! 何で私がローズピンクになるんですか!?」

「だって、王太子殿下が『戦隊ものは五人で五色がキホン』って仰ってたから……」

「じゃあ何で全員ピンク系統なんですか!? 五色ってそういうものじゃないでしょう!?」

「『悪役令嬢はピンク系がキホン』って王太子殿下が……」

「王太子殿下ァァァァ!!! 傷心の令嬢たちに何を吹き込んでるんですかッ!?」


 思わず怒声を響かせれば、石像のように固まっていた招待客の中、白銀のスーツを身に纏ったアーヴァイン殿下がビクリと肩を震わすのが見えた。


「お兄様を叱らないで! こうでもしないと、婚約破棄の波は収まらないって」

「……アーヴァイン殿下が、そう仰ったのですか?」

「はい。正攻法で駆逐しようものなら、より陰湿に、より悪質になって冤罪に涙を流す令嬢が増えるだけだから、と」


 だから奇策で攻めることにした、と。

 王国の麒麟児アーヴァイン殿下がそう考えたのであれば、それなりの説得力がある。我がエヴァーグレイス領も殿下が発案した『ノーフォーク農業』や『コンテナ輸送』にはお世話になっているけれど、それまでとは桁違いに効率があがるのだ。

 とはいえ。


「奇策にも限度があるでしょうよ」


 呟いたところで、置物のように固まっていたフランシス様と、彼の心を射止めたであろうゴールドン男爵令嬢が動き出した。


「栄えあるパーティーを台無しにした挙句、アーヴァイン殿下に対する暴言。もはや言い逃れはできない! この場で切り捨ててくれる!」

「ふ、フランシス様……切り捨てるなんて可哀想です! 一言謝ればきっと皆さん、市中引き回しの上打ち首獄門で許してくれると思います!」


 ウチクビゴクモン……?

 聞きなれない単語に首を捻るけれど、ピンク四人衆もきょとんとしている。

 唯一反応したのはアーヴァイン殿下だ。


「泣かぬなら、殺してしまえ、といえば――」

「ホトトギス!」

「ゴールドン男爵令嬢! 貴女は転生者だったのですね」


 驚いた顔の殿下に、ゴールドン男爵令嬢は驚くべき行動に出た。

 すなわち、タタタッと駆け寄り、そのまま抱き着こうとしたのだ。近くに侍っていた近衛に止められたが、彼女はそんなことは気にしていないかのような笑みを浮かべていた。


「殿下! 良かった、私、ずっと一人で! とっても不安で!」

「うんうん」

「殿下、私を助けてください!」


 助けて、という発言に目を丸くしたのはフランシス様だ。


「り、リリィ?」

「私、ずっと一人で寂しかったんです。ほら、爵位とか身分とか、すごく窮屈ですし、マリアさんやフランシスさんみたいに偉い人から色々言われたら断れないですし」


 周囲の空気が変わる。

 しかし当のゴールドン男爵令嬢はそれに気付かないのか、それとも気にしていないのか。滑らかすぎる舌からとんでもない発言を続けていた。


「ですから、アーヴァイン様が私と同じで安心しました!」

「うんうん」

「日本に帰るのは難しいと思いますけど、同郷の仲間がいれば安心ですもんね! お傍に置いてくれれば、向こうの知識も色々教えられると思います!」

「お傍に置けば、ねぇ。もし駄目だったら?」

「うーん……国中探してようやく見つけたのがアーヴァイン様だったし、他国まで足を伸ばすしかないかなぁって思ってます」


 彼女の発言に、フランシス様はポカンと口を開けたまま固まっていた。


「よし、では特別待遇で王宮にご招待しよう」

「わっ、やったぁ!」


 意味を理解せずに喜ぶゴールドン男爵令嬢をよそに、殿下は柔らかな笑みを浮かべて近衛に指示を出す。

 ただし、その目は一切笑っていないのが私にはよく分かった。


「すまないが、彼女を王宮に案内してあげてくれ。『窮屈な爵位や身分制度』なんかは持ち出さないように。それから聞いていただろうけれども『私と同郷』とのことだよ。彼女が『他国にいきたくならない』ように丁寧におもてなししてあげてね」

「かしこまりました」


 るん、と鼻唄でも歌いそうな態度で男爵令嬢は消えていった。

 ……多分、永遠に。

 王に連なる血筋の前で身分制度を批判しただけでも度肝が抜かれる思いだったというのに、あろうことか神の血を引く王族と同郷を騙ったのだ。

 彼女を待っている特別待遇とやらは、鉄格子と鎖によるおもてなしになるだろう。明日か明後日には、病気で遠方に療養、という噂が流れるはずである。


「さて」


 アーヴァイン殿下が、動けないでいる周囲に視線を向けた。

 真っ先に動いたのはフランシス様だ。


「ち、違うんです! これは――」

「君がマリア嬢を捨ててまで愛を貫こうとした相手だ。まさか思想や言動など一切顧みず、見た目や肉体のみに恋をしていたとは言うまいね?」

「あの、その、――」

「まぁ君の恋愛観だから自由にしたまえ。ただ、私の感覚には合わないとだけ言っておこう」


 遠まわしに言われたそれは、殿下が王位を引き継いだ時にフランシス様は冷遇するという予告だ。それが理解できたのか、フランシス様はがっくりと項垂れて動かなくなった。


 そして、最悪な展開が私を待っていた。

 

 アーヴァイン殿下が私の前で跪いたのだ。


「我が愛しのマリア嬢。貴女が他の者と婚約すると聞いた時はこの命を投げ捨ててしまおうかと思っていたけれど、まだ天は私を見捨てていなかった。――この私と婚約して頂けますか?」


 無言で逃げようとしたところを、ピンク四人組に捕まってしまう。

 四人は仮面の下からでも分かる良い笑顔を私に向けている。


「つ、次の婚約者を探してくれる約束なんです」

「教会を潰してくれるって――」

「平民と結婚したあの家を取り潰しに――」


 ……なるほどなるほど。


 つまるところ、この婚約破棄戦隊とやらは、殿下の仕込みだ。この状況を見越して、彼女たちに珍奇な恰好をさせ、私を捕まえておくよう指示しておいたに違いない。

 服装も言動も、すべて私の目を背けるための欺瞞。そういうことなのだ。

 昔から、欲しいもののために手段を選ばない人だった。

 決して嫌いな訳じゃないけれども、王妃教育なんて面倒だし、王妃という肩書も絶対に大変だ。私はそんな窮屈なのは御免だったので『幼馴染同士の可愛いやりとり』で済むうちは断り続けてきたのだ。

 頭脳も権力も人脈もすべて駆使されればなす術がないから、婚約可能な年齢になったその日のうちにドレイク家と婚約したというのに、結局こうなるとは思わなかった。


「い、今から王妃教育をしても間に合いませんわ……殿下のご迷惑に」

「ああ、大丈夫。エヴァーグレイス家の家庭教師は全て私の息が掛かっている。王妃教育は終わっているよ?」


 でお茶会で他の方々と話が合わないと思ったら……!

 にこやかなアーヴァイン殿下をキッと睨みつけると、ステラ殿下もといマゼンダピンクが耳元で囁く。


「公の場ですので、反論したら不敬罪ですわよ、御義姉様」

「……ハァ。分かりました。離してくださいまし」


 私が身体の力を抜いたからか、ピンク四人衆は素直に離してくれた。

 逃げると思われないように緩慢な動作で布袋を拾うと、そこに入っていた仮面を被る。

 ハテナが沢山浮かぶ面々の前で、私は大きく深呼吸をした。


「こンの馬鹿殿下ァ! そうやって何でもかんでも思い通りにしようとするからムカつくのよ!」

「ちょっ、マリア様!?」

「残念でした! 今の私はローズピンクです! ステラ様だってマゼンダピンクですし、私もマリアじゃありません! では! ローズピンクは婚約破棄の成敗に忙しいので!」


 踵を返して走り出せば、アーヴァイン様の大きな笑い声が耳朶に響いた。


「マリア……君はいつでも予想外で面白いな! 次こそ『はい』と言わせて見せるからな!」


 その後、逃げるお姫様と情熱的な王子様の話が平民の間で話題になるのだけれど、それはまた別のお話。




◆◆◆ハッピーエンド向け情報◆◆◆

主演女優賞:リリィ

※本物のリリィは腹下しを一服盛られてパーティー欠席。パーティーに参加したのはアーヴァインの特別指導を受けた諜報部で変装の達人です。退場後は報奨金と有休を貰ってほっこりお茶してます。転生者っぽくしたのはマリアの意識を逸らすためです。本物は偽物の言動のせいで社会的に抹殺されたけど、無事です。

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