後編

――あれから三ヶ月経った。

 

 ルナの使徒になった日の翌日、無事に探索者登録をすることが出来た。そして晴れてダンジョンに潜ることが出来た。ちなみにコンビニのアルバイトは退職届を出して一ヶ月後に辞めた。


 ――そこから俺の生活は一変した。


 まず、ダンジョンにほぼ毎日通った。今までの鬱憤を晴らすかのように魔物を狩りまくった。

 また、ルナのスパルタな指導のおかげでメキメキと実力が上がり、あっという間にB級探索者になることが出来た。収入もコンビニ店員時代とは比べものにならないくらい上がった。

 流石人気職業一位なだけはある。ダンジョンから素材を持ち帰って買い取りしてもらえばかなりの収入になる。


 ちなみに探索者には等級があり、下から順にF級・E級・D級・C級・B級・A級・S級となっている。最初はF級スタートで探索者協会への貢献度などによって等級が上がっていく。


 そして収入が増えたおかげで狭いアパートからセキュリティもしっかりしているマンションに引っ越すことが出来た。


 ただ、ルナは相変わらず一緒に寝てくるので俺は毎日悶々としている……。というか、俺の身体の中で寝るはずだったが、いつの間にか俺の隣で寝るようになってるし……。

 う〜む、どうしたものか。


「どうしたの? 緊張してるの?」


「いや、緊張はしてない。そうじゃないんだ。……ルナはさ、神界や天界みたいなところに帰らなくても大丈夫なのかなって」


「何? そんなにいなくなってほしいの? ワタシは一生シンヤの側にいるって言った。離さない」


「いやいや、いなくなってほしわけじゃないんだ! 寧ろ俺としてルナが側にいてくれてこの上なく嬉しいよ!」


 だからそんな無表情かつ冷めた目で言わないでほしい! ルナさん、めちゃくちゃ怖いです!


「なら許す。……そろそろ時間じゃない?」


「そうだな。…………初めての悪者退治の日にしては月が綺麗でいい夜だな」


 窓から見える夜空を眺めながら何気なく呟く。さっきはルナに緊張してないって言ったがやっぱり少し緊張しているみたいで手が小刻みに震えている。


 何せ俺は今日――予定だからだ。


「行くとするか」


 そう言って俺はお気に入りの黒いコートを着て、顔バレしないように家の近くにある雑貨屋で売ってたピエロの仮面をつける。


「その仮面は何?」


「ん? ああ、顔バレしないように買っておいたんだ。――ほら、ルナの分もあるぞ」


 ルナの分も買っておいたので、取り出して渡そうとするが……。


「ダサいからイヤ」


「ええ!? 折角買ったのに……」


 まさかの拒否である。


「これをつけて」


 ルナは闇の力を使って漆黒の仮面を作成し、拒否は許さないと言いたげな圧を漂わせながら俺に仮面を渡してきた。


「わ、わかった」


 漆黒の仮面をつけると顔にフィットして然程違和感を感じない。

 あー最初から闇の力を使って仮面を作れば態々買う必要もなかったのか……。買った仮面は無駄になってしまった。折角なので捨てるの勿体ないから後で部屋の何処かに飾っておこう。


 とりあえず準備が整ったので家を出る。


「――“闇翼ダークウィング”」


 外に出てから闇の力で漆黒の翼を背中に生やし、抹殺対象の元へ空を飛びながら向かう。


「ところで初めての抹殺対象は?」


「そうだ。二十代後半でD級探索者の洲毛郎弥すげろうやが抹殺対象。今日、受付の麻利衣まりえさんから相談を受けたやつ」


「確かに話を聞く限りではソイツはクズで間違いない」


「だから、今日二十一時に麻利衣まりえさんがアイツと会う約束をした公園へ代わりに行って抹殺する」


 今日の夕方ダンジョンから戻り、素材を売却しに探索者協会へ行くと、探索者協会でいつもお世話になっている受付嬢の麻利衣まりえさんが普段の様子と違い、心あらずな感じだった。また、時折チラチラと時計を見て時間を気にしている様子だった。

 それで俺はピンときた!

 ――麻利衣まりえさんは何か悩みがあって困ってるんじゃないかと。


 案の定、真剣に悩み事や困ってる事がないか聞いたら麻利衣まりえさんは切羽詰まった様子で教えてくれた。


 事のあらましはこうだ。

 まず、一週間前に洲毛郎弥すげろうやが新しくスキルを獲得したことが始まりだった。そのスキルは気配遮断と言うらしく、何でも一時的に気配を消せるらしい。かなり強力なスキルだから色んな人に自慢してたらしい。……俺は知らなかったが。

 別に自慢するだけならよかったのだが、洲毛郎弥すげろうやは最悪な方向にスキルが有効活用できると気づいたのだ。


 それに気づいた洲毛郎弥すげろうやはすぐに実行した。目をつけていた新人探索者の女性をスキルを使って尾行し、自宅までついて行く。そして彼女が自宅に着き玄関のドアを開けた瞬間、彼女を羽交い締めにして声を出さないように口を塞ぎ、彼女を部屋へ連れて行って強姦した。バラされない様ご丁寧に事後の画像まで撮って。それが昨日の出来事。――なんとも胸糞悪い話だ。


 そして洲毛郎弥すげろうやは次のターゲットを決めていた。それが受付嬢の中でも一番の美女と言われている麻利衣まりえさんだ。

 次の日――即ち今日、襲った彼女に麻利衣まりえさんへ今回のことを話させ、二十一時に公園へ来いと伝えさせた。もし麻利衣まりえさん本人が来なければ写真をばら撒くと言われたらしい。


 話を全て聞いた俺は沸々と怒りが込み上げ、殺意が芽生えた。

 麻利衣まりえさんには助けが必要だ。だから俺が代わりに公園へ行って何とかすると伝えた。

 最初は渋っていた麻利衣まりえさんだったが必死に説得したら何とか折れてくれた。最後に必ず悪い結果にはしないから何もせず待っててほしいと伝えて解散した。


 ――そして今に至る。


「抹殺対象がいたな。人がいない時間帯を敢えて伝えたんだろうなぁー。一応もし誰かが通って見られたら厄介だ。結界と外部に通信出来ないように隔離するか」


「そうした方がいい」


 公園に辿り着いた俺たちは、空から公園を見下ろし、洲毛郎弥すげろうやがいることを確認する。


「――“暗黒結界領域”」


 俺たちはヤツの背後に降り立ち、俺たちとヤツを取り囲むように半径五メートル、高さ十メートル程の円柱型結界を張り、闇の領域で隔離する。


「――ッ!? 誰だテメェら!」


「こんばんは! 洲毛郎弥すげろうやさん」


「誰だって聞いてんだろうが! それにこの半透明の壁みたいなのは何なんだ!」


「ちょっと結界を張って隔離しただけだ。連絡とかされても困るからな。それにこれで外からは俺たちが見えないから誰も気づかない。……あ、そういえばこの仮面つけてる時の名前考えてなかった……。どうしようか」


「シンヤとルナだから、アナタはシルで、ワタシはヤナにすればいい」


「いや、それもう名前言っちゃってるよね!?」


「大丈夫。コイツは誰にも言えないから」


「それはそうなんだが……。まぁーいっか。次回からお互いそう名乗ろう」


「さっきから俺を無視して何二人で訳わからないこと話してんだ!」


「あー悪い。まだ名乗ってなかったな。俺がシルでこっちがヤナだ」


「いや、さっきシンヤとルナって言ってただろ!」


「聞いてたなら訳わからないとか言うなよ! 今更お前に偽名を名乗ったの恥ずかしいじゃないか!」


「俺が知るかよそんなこと! それに何だそのダサい仮面は?」


「……ダサい? 今ダサいって言った?」


 ヤバい! ……ルナがキレてる!

 どうにかして落ち着かせないと、隔離してるとはいえルナがアイツを攻撃したらこの辺りが吹っ飛んでしまう!!

 俺はめちゃくちゃ焦った。何とかルナを宥めるしかない……。


「ヤナ落ち着いてくれ! 俺はこの仮面がめちゃくちゃカッコよくて気に入ってるから!」


「本当?」


「あー本当だ! 世界で一番カッコいい! だから落ち着いてくれ」


「なら、わかった」


 ふー何とか宥めることに成功したようだ。いや、マジで焦った……。


「……ふざけやがって! テメェらいきなり現れてなんなんだ!」


「なんなんだと言われても……。そうだなぁー困ってる人を助けるために来たヒーローってとこか。いや、俺闇属性だしそうなるとダークヒーローになるのか……。んー暗殺者とか……処刑人とか、そこもまだ決めてなかったな……」


「処刑人、カッコいい。それで決定」


 ルナは処刑人が大層気に入ったらしい。心なしか目がキラキラしているように見える。

 ルナがそう言うなら処刑人に決定だな。


「あー俺たちは処刑人だ」


「適当に決めてんじゃねぇ! てか、テメェらには付き合いきれねぇー! ここから出せ! これから予定のある俺はお前らに構ってる暇はねぇーんだよ!」


「いや、麻利衣まりえさんなら来ないぞ。だから俺たちが代わりに来たんだ」


「何だと!? 嘘ついてないだろうな?」


「嘘つく必要もないだろ」


「チッ! あの女ふざけやがって! こうなったらマジでばら撒いてやる」


「無駄だ。ここじゃ連絡は出来ないぞ」


「――なっ! 圏外だと!? ど、どうなってやがる!?」


「だから言っただろ。連絡出来ないように隔離したって」


「マジでふざけやがって! こうなったらお前を殺してその女を俺の物にしてやる!」


 気配遮断のスキルを使ったみたいだ。郎弥ろうやの気配が消え、姿が見えなくなる。


 ――姿が消えてから数秒後、俺の背後から声が聞こえてきた。


「死ねぇええええ!」


 折角気配消してるのに攻撃する時、声出したら居場所バレるだろ。……バカなのか?

 まぁー避ける必要もないのでそのまま攻撃させるけどさ。

 郎弥ろうやは背後から姿を現し、短剣を突き刺そうしてくるが、俺の身体をすり抜けてしまう。

 それなりに勢いをつけていたようなので身体ごと俺をすり抜けていき、よろめいた。

 まさかすり抜けるとは思わず郎弥ろうやは驚愕した顔で振り返る。

 俺はすかさず距離を詰め、振り返った顔を右手で鷲掴みにして力を込める。


「がぁああ! 痛ええ! やめろ、離せ! 俺の攻撃が何ですり抜けるんだよ!?」


「ん? まぁー簡単に言えばスキルだ」


「痛ええ! いい加減離せ! 卑怯だろ!」


 郎弥ろうやは必死に逃れようと、俺の右手を掴もうとしたり、短剣で斬りつけようとするが全てすり抜けてしまい逃れられない。


「盗人みたいに気配を消してコソコソしてるヤツが卑怯とか言うな」


 そう言いながら俺は左手に闇を纏い刃を生成する。

 だが――ここにきてやはり人を殺すことへ迷いが生じる。左手が僅かに震え始める。

 例え郎弥ろうやが悪者だとしてもコイツを殺せば人殺しになる。人を助けるためにここまでやる必要があるのか。俺がやろうとしてることは間違ってるのだろうか。

 色んなことが頭に浮かんで考えてしまう。


 ――そんなことを思考していたら横から声が聞こえてきた。


「大丈夫、シルは間違ってない。ここで見逃したらコイツはまたやる。それにワタシは一生シルの味方でいる。安心して」


「ありがとう、ヤナ」


 ルナの言葉で俺の中の迷いが消えていく。


郎弥ろうや、お前はスキルを悪用してやってはいけないことをした。俺はお前のような悪を許さない。――よって処刑する」


 俺は左手の刃を郎弥ろうやの心臓へと突き刺した。


「ぐがぁっ! そ、そん……な……まだ……死に……たく……」


 鷲掴みしてた頭を離すと郎弥ろうやの瞳から光が消えて地面に横たわる。

 横たわった郎弥ろうやを見てると人を殺してしまった実感が湧いてくるが、ルナの言葉のおかげか自分でも不思議と冷静でいられてる気がする。


「お疲れ様。シルはよくやった」


「ありがとな。ヤナが側にいてくれてよかったよ」


「一生側にいるって言った……フフ」


 普段無表情なルナが珍しく微笑んだ。その微笑んだ顔は出会ってから今までで一番美しいと思ってしまった。俺の女神様であり、俺を救ってくれたルナとは離れたくないそう思えるほどに。

 ルナには感謝してもしきれない。

 

 ――ルナ、俺を見つけてくれてありがとう。


「これ、どうする?」


「ん? このまま放置は流石にマズいからとりあえず収納して死体を持ち帰る。ここでは何も起こらなかったことにする」


「死体は隠したままにするの? それだと急にコイツが探索者協会とかに姿を現さなくなったら怪しまれない?」


「いや、ダンジョンで死んだことにする。郎弥ろうやは気配遮断のスキル持ちだから勝手にダンジョンに入り死んだってことで」


「そういうことね。わかった」


「初めて悪者退治はグダグダで反省点もあって疲れたな」


「次は大丈夫」


「そうだといいな。――よし! 家に帰るとするか」


「うん」



 ――――fin――――

 

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【短編】あの日、俺は女神の使徒になった はるめり @harumeri

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