【短編】あの日、俺は女神の使徒になった
はるめり
前編
――この世界はクソだ。
――この世界が大嫌いだ。
俺は今日二十歳の誕生日を迎えたら死ぬ。そう決めた。
もうこの世界で生きていくのに疲れた。
十年前――二〇五〇年八月一日忘れもしない、地球に突然ダンジョンが出現した。
それと同時に地球の人々へ『天啓』が降りてきてスキルを授かった。
――だが、俺は授かれなかった。運が悪かったという言葉だけで済ませたくないが、そうとしか言いようがない。
地球の人々へ『天啓』が降りてきた時、俺は――死んでいたんだ。
じゃあ何で今生きているのか――それは息を吹き返したからだ。
あの日、家族旅行に出掛けた俺は車で移動中、交通事故にあった。両親は即死だった。虫の息だった俺は病院に運ばれたが、心肺停止になった。その時間は僅か一分。
その一分間のせいで俺はスキルを授かる事が出来なかった。
それに納得出来ない事もあった。この世に新たな生命が誕生したらスキルを持って生まれてくるのだ。――だったら何故、俺が息を吹き返した時にスキルをもう一度授けてくれなかったのか運命を呪った。
それからが地獄の始まりだった。
親戚家族に引き取られたが、両親を亡くして悲しみに明け暮れていた俺を疎ましく思っていたのか、邪魔な子と言われ暴力を振るわれた。また、スキルがない事をつい喋ってしまって、さらに暴力を振るわれるようになった。
その暴力は俺が高校に入学するまで続いた。高校入学と同時に一人暮らしをする様に言われた時は歓喜した。
後に分かったことだが、親戚家族は世間体を気にして俺を追い出したかったらしい。それでも俺は暴力を振るわれずに済むので嬉しかった。
だが、喜びもすぐに終わった。学校では、ダンジョンについての話ばかりで俺は話についていけなかった。結局、そのせいで友だちも上手く作れずにボッチ生活。
ある日、話を盗み聞きしていた時、ダンジョンに潜ればスキルが増えたりすることを聞いた。
俺はその話を聞いて、もしかしたら俺もダンジョンに潜ればスキルを授かれるかもしれないと思った。
ダンジョンに潜るためには探索者協会――ダンジョン発生から一ヶ月後に設立された国が運営する協会――に登録することが義務付けられているため、早速探索者協会へ向かうことにした。
――だが、現実は甘くなかった。スキル検査があり、スキル無しが判明して探索者証を発行してもらえなかったのだ。
結局、探索者証が発行してもらえなかったため、その日はダンジョンに潜るのを諦めた。
次の日、どうにかしてダンジョンに潜れないか模索したが、いい案が思い浮かばなかった。さらに次の日の放課後にダンジョンへ直行し、ダンジョンの入口を警備する警備員と直接交渉することにした。
だが、それも失敗に終わった。
ただでさえ、スキルを授かっていたとしても危険なダンジョンにスキル無しを入れるわけにはいかないと頑なに拒否された。
俺はもうどうしたらいいか分からず、家に帰って泣きじゃくった。
次の日、泣きすぎたせいで赤く腫れた目を気にしながら登校した。教室に入ると一斉にクラスメイトたちが俺を見て近くにいた者同士でヒソヒソと何かを言い合っていた。
俺は目が腫れてることに注目されてるのかと思ったが違った。
一人の生徒が俺に近づいてきて「お前、スキル無しなのか?」と尋ねてきたのだ。聞くところによると、昨日のダンジョン警備員とのやり取りを見ていた生徒がいたらしい。
俺はハッ!っとした。スキル無しがバレてしまった。咄嗟に言い訳を考えたが思い浮かばず、無言でいることを肯定と捉えたのか、その生徒は嘲笑った。
そこから学校での地獄が始まった。スキル無しや無能力者などの罵倒は当たり前。時には殴る蹴るの暴力も振るわれた。
暴力を振るわれる度に俺は、力ある者は力なき者を助ける存在じゃないのかと憤りを感じていた。俺にスキルがあったら絶対こんなことはしない――いや、したくないと思った。
学校側にイジメの相談をしても学校の評判を気にしてか有耶無耶にされてしまった。結局、俺はイジメに耐えられず学校を休むようになり、その数ヶ月後に高校を中退した。
高校を中退したことで、親戚からの最低限の支援も打ち切られ、働かないと生活できない状況になってしまった。
幸い、家から少し離れたコンビニの面接を受けて、アルバイト採用が決まって事なきを得た。
コンビニで朝から晩まで働いて分かったことがある。探索者には横柄な態度のヤツが度々いることだ。スキルがあって気が強くなったのか、はたまたダンジョンに潜って儲けてるのか分からないが、コンビニで働いてることをバカにしてくるのだ。
挙げ句の果てはカツアゲまでされたことがある。
今や人気の職業一位の探索者だが、こういった悪さをするヤツらもいるのが現状だ。
カツアゲも犯罪だが、それ以上の犯罪をやるヤツもいる。そういった犯罪者が捕まる度に思った。
――犯罪者にスキルを与えるくらいなら、何で俺にスキルを与えてくれないのかと。
そんなこんなで我慢しながらコンビニで数年働いてきたが、俺はもう限界を迎えた。明日、二十歳の誕生日を迎える日に死のうと。
――そして、今に至る。
勤務先のコンビニが入っているビルの屋上で、死ぬ前に今までの人生を振り返っていた。ビルの屋上にいるため冷たい風が容赦なく俺に吹きつける。
あと数分で日付が変わる。これでやっとクソッタレな世界ともオサラバだ。スキルが無いせいで散々の人生だった。もう終わりにしよう……。
「――やっと見つけた」
「――ッ!? 誰だ!?」
突然、背後から女性の声がして、咄嗟に振り返って問いかけたが――。
女性を視界に入れた瞬間、俺は息を呑んで硬直した。その女性は一言で言えば美の女神のようだった。今まで人生でここまで綺麗な女性を見たことがなかった。
年齢は一五歳くらいで身長は一五〇センチくらいだろうか。月の光に照らされた艷やかな漆黒の髪は地面につくのでないかと思うほど長く真っすぐ伸び、引き込まれてしまいそうなほど綺麗な黒い瞳で、寒空の下で漆黒のドレスのみ着用した美少女だった。
だが、無表情の彼女は明らかに人間じゃなかった。――――彼女の身体は透けている。
「君は……幽霊なのか?」
俺は彼女が過去にこの屋上から飛び降りて自殺した呪縛霊の類だと思った。
「幽霊? 違う」
「じゃあ、君は一体何なんだ? ……透けてるしどう見ても普通じゃないだろ」
「ワタシは“闇の女神”ルナ」
「女神? 一体何の冗談だ?」
「冗談じゃない。ホンモノの女神」
幽霊じゃなく女神と言い張るが俄には信じられない。だが、何故俺の目の前に突然現れたのか気になるのも事実だ。
「まぁ、仮に女神だったとしよう。その女神様がこれから死のうとしてる俺に何の用なんだ?」
「仮じゃなくてホンモノ。……アナタは死のうとしてたの?」
「ああ、そうだ」
「なら、間に合ってよかった。単刀直入に言う、ワタシと契約して使徒になってほしい」
「ん? 契約? それに使徒?」
「うん」
“闇の女神”ルナと名乗る彼女は、自分と契約して使徒になってほしいと言う。何で俺なんだろうか……。
「意味が分からないんだが……何で俺なんだ?」
「残された時間で見つけたのがアナタだった。ワタシにはもうアナタにお願いするしかない」
「俺だけ? どういうことだ?」
「ワタシは他の世界も周って、使徒になってくれそうな人たちを探したけど見つからなかった。他の神から何かしらの『恩恵』を授かってる人たちばかりで契約できなかった。――でも、アタナはできる」
「『恩恵』……。つまり、俺は他の神から
「そう」
「なるほど。……仮に俺が契約を拒否したらどうなるんだ?」
「ワタシは消滅する。人で例えるなら死ぬのと同じこと。もうアナタが一縷の望み」
「死ぬって……俺を脅すためにウソをついてるわけじゃないよな?」
「ウソなんてつかない」
「俺が拒否したら消滅するくせに何で無表情で淡々としてるんだよ……」
「…………?」
「じゃあ、契約して使徒になったら何のメリットがあるんだ?」
「契約して使徒になったら強力なスキルを授ける」
――!? この女神と契約して使徒になれば俺にもスキルを授かれるってことなのか!?
……その話が本当なら俺の人生も変わるかもしれない……。
「そ、それは本当なのか? ウソじゃないんだな?」
「本当。使徒になればアナタはスキルを授かる。そしてワタシは消滅しない。お互いウィンウィン」
「…………わ、わかった。どうせ死ぬ予定だったんだ、俺に失うものは何もない。本物の女神と信じて最後のチャンスに賭けよう。君――いや、闇の女神ルナ様の使徒になります。……どうすればいいですか?」
――どうせ死ぬ予定だった俺は彼女を信じてみることにした。
「ありがとう。契約する前にアナタの名前を教えてほしい」
「そういえば、まだ名前言ってませんでしたね……。俺の名前は
「シンヤ。いい名前。――契約を行うからしゃがんで目を瞑ってほしい」
俺は言われた通りに片膝をついて屈み目を瞑る。
「――“闇の女神ルナが命ずる、汝、シンヤを闇の女神ルナの使徒として契約する”」
ルナ様の言葉を聞き終えてすぐ、目を瞑る中、僅かに光を感じて額に何か優しく触れる感覚があった。その瞬間――俺の身体が生まれ変わったような、今までに感じたことのない不思議な感覚があった。
それと同時に――。
『――闇の女神ルナの使徒になりました』
『――スキルを獲得しました』
――と、脳内に響いてきた。
ルナ様が言っていたことはウソじゃなかったんだ……。そして、俺はとうとうスキルを授かることが出来た!
今までの人生で散々な目に遭ったせいか、自然と涙が溢れてきた……。
「無事に契約は成した。今からシンヤはワタシの使徒」
「ル、ルナ様、ありがとうございます! ルナ様のおかげで俺にもスキルを授かることが出来ました!」
俺は目を開けて立ち上がり、涙を流しながらルナ様にお礼を言った。……そして気づいた。
――ルナ様の身体が透けていなかったのだ。
「ル、ルナ様の身体が……透けてない?」
「うん、使徒が出来たから消滅せず元に戻った」
実体となったルナ様は、さらに美しいと思ってしまった。――消滅しないで本当によかった……。
こんな美しい女神様の使徒になれたことへこれ以上ない喜びを感じた。
そして美少女の前で泣くのが段々と恥ずかしくなってきて羞恥心から涙が止まった。
「シンヤは、ワタシの唯一の使徒。敬語は必要ない。普段通りの話し方でいい」
「い、いや……ルナ様は女神様ですし、俺は女神様の――」
「必要ない」
「あ、はい」
拒否出来ないような謎のプレッシャーを感じて俺はすぐに頷いた。
「ワタシは一人だった。気軽に話せる友だちもいなかったから寂しかった。だからシンヤには気軽に接してほしい」
「は――いや、わかった。これでいいか?」
「うん、それでいい。それにシンヤはワタシの使徒。一生そばにいる。離れない」
いや……無表情で凝視しながらそれを言われるとちょっとどう返答すればいいのか困るんだが。
ひょっとして、闇の女神だけに病んでる娘とかじゃないよね…………?
「と、とりあえずこれからどうするか……。本来なら俺は死ぬ予定だったし……」
「まずはスキルを確認してみるといい。シンヤにはワタシから最高のスキルを授けた」
――ハッ! そういえばスキルを獲得したアナウンスはあったが、どんなスキルを獲得したのか確認してなかった。……確かスキルを確認するには『ステータス』と念じれば確認できたはず……。
ということで、早速俺は『ステータス』と念じてみた。
――すると、脳内に自分のステータスが浮かんできた。
【ステータス】
名前:
年齢:二十歳
スキル:闇の化身
「……“闇の化身”?」
「うん、シンヤの身体が闇そのものになるスキル。そして、自身の闇を操ることができる。でも、慣れが必要」
「身体が闇そのものって……それは大丈夫なのか?」
「大丈夫。見た目は普通の人間。ただ、悪意のある攻撃などは
「ほぼってことは絶対じゃないってことか」
「うん。特に闇の対となる光系統の攻撃は注意が必要。それと闇をコントロール出来るように訓練する必要がある」
「なるほど……。よし! なら、明日から早速探索者登録しに行ってダンジョンへ潜って訓練しよう!」
「ワタシもシンヤと一緒にダンジョンへ潜って鍛えてあげる」
「それは……。ルナも探索者登録しないとダンジョンに入れないが登録するのか?」
「登録する必要はない。――こうやって一緒に行く」
ルナはそう言うと――俺の身体の中に吸い込まれて文字通り目の前から消えた。
「うぉっ!? な、何がどうなってるんだ!?」
『シンヤが闇そのものだからワタシは入り込むことができる』
スキル獲得のアナウンスみたいにルナの声が脳内に響いてきた。
「マジかよ……。凄すぎて何をどう言えばいいのか分からないんだが……。ルナはそれで大丈夫なのか?」
『闇の空間を快適に過ごせるように作るから問題ない。――後シンヤも態々声に出さなくても念じるだけで会話できる』
た、確かにこのまま声に出してルナと話してたら周りから見たら完全に不審者だな……。俺とルナ以外誰もいなくてよかったぁー。
――とりあえず念話を試してみるか。
『ルナ、聞こえるか?』
『うん、聞こえる』
『おぉ、これは便利だな』
「でしょ」
――と、言いながらルナが俺の身体から出てきた。うーん、特にルナが身体の中に入っても不思議と違和感がなかったな。
「ルナと一緒にダンジョンへ行く方法も分かったし帰るか。――あっ! ルナはどこに帰るんだ!?」
やっぱり神界とか天界みたいなところがあってそこに帰るんだろうか。
「……? シンヤと離れるつもりはないから一緒に帰る」
「はぁ!? 俺の家に住むつもりなのか!?」
「うん」
いやいや、それはマズい……。
あんな狭いところにこんな美少女と住むなんて、考えるだけでもドキドキが止まらないんだが……。相手が神様だと考えれば何とか耐えられるかな……?
「いや、でも俺の家は二人寝られるほど広くないからさ……」
「大丈夫。シンヤの身体の中に入って寝るから問題ない」
「あ、はい」
ルナは諦める気なさそうだ。……覚悟を決めるしかないか。俺が悶々とした日々を耐えればいいんだ……。
「じゃあ、帰って明日に備えて休むか」
「うん。……ねぇ、シンヤは強くなったらどうしたい?」
「……そうだな。俺は――別にヒーローとかなれなくてもいい。でも、手の届く範囲にいる弱い立場や困っている人たちがいたら出来る限り助けたい」
たとえそれが唯の自己満足だとしても助けたいと思う。散々自分が弱い立場だったから。何かあった時、誰かに助けてほしいと何処かで願ってる者は大勢いるはずだ。
「そっか。だったらワタシも手伝う」
「ルナ、ありがとう!」
――本当にルナに出会えてよかった。
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