第23話 ばあやの手紙
テーブルに置かれた綺麗な封筒には封蝋(ふうろう)された形跡もある、蝋には印璽(いんじ)もされているようだ。
セレネはその印璽された蝋の部分を震える指でなぞり、封筒を開ける。
手紙を開き、ゆっくりと、本当にゆっくりと文字を目で追う。
室内には紙がこすれる音だけが響いていたが途中からセレネの両眼から涙が溢れる。
ただ、それを拭うこともせず、セレネは手紙を読み続ける。
セレネのすすり泣く声は先ほどの歌声と同じように周りにいる私たちにも影響を与えているのかと思うほどに心が悲しくなった。
だがそのすすり泣きも手紙を読み終えるまでだった、封筒に入っていた指輪を見た時に決壊したかのように大きな声でセレネは泣き始めたのだ。
隣にいた私は先ほどとは逆にセレネを抱きしめる。
泣き続けたセレネは疲れたのか、そのまま眠ってしまった。
クレイさんとスレイさんはとても切ない表情を浮かべている。
誰も一言も発することができなかった。
そんな中、ミレさんがセレネの前にある手紙に目線を向け、
「この手紙がセレネさんを中央都市に連れていく理由ということでしょうか」
クレイさんとスレイさんは無言で頷くと、その手紙をミレさんに渡す。
「わかりました」
そう言うとミレさんは手紙を開く。
合間合間に顎に手をあてたり、寝ているセレネを見たりしながら一通り読み終え、セレネと同じく指輪を確認したミレさんはクレイさんとスレイさんに顔を向け、
「セレネさん自身のこともですが、セレネさんのおばあ様がどれだけセレネさんを大切していたかがとても伝わる手紙ですね」
そう言いながら手紙と指輪を封筒に戻すとテーブルに置いた。
「セレネさんの気持ち次第ですが私は中央都市に連れて行くことに異論はありません」
「え!?」
私は驚いてしまった。
先ほどのセレネの態度もそうだが、連れて行ってもいいものなのだろうか。
腕の中にいる泣き疲れて眠ってしまった彼女を見ると何とも言えない気持ちになる。
「アルテス、貴女も読むとわかりますよ、そして貴女はその手紙を読まないといけないかもしれません」
そう言ってクレイさんを見ると、クレイさんは私を見る。
「アルテスさん、セー坊と出会ったばかりだろうけどあの子を色眼鏡で見ないであげてくれ」
スレイさんが続けて、
「セレネ嬢のそんな姿を見たことが無い。貴女には何かセレネ嬢と通じるものがあるのかもしれないな」
そう言うとテーブルにある封筒をこちらに向けてくれた。
私はセレネを膝枕して寝かせた状態にして、手紙を開いた。
『クレイ様、スレイ様
ご無沙汰しております。
そしていつもセレネが大変お世話になっております。
あの子が笑顔でいられるのもお二人のおかげとあの子を見る度に思っております。
それとセレネが働き始めてから何度か伺って以来、数年もご挨拶が出来ない中、急なお手紙を送らせていただき大変申し訳御座いません。
~中略~
セレネのことは生まれた時から見てきておりますが家族・親族でのしがらみが世間よりも多く、激しく、そして大変に重たいものでした。
幼少期より、どこか大人びた雰囲気を持ち、大抵のことは出来てしまったが故に神童と呼ばれ、持て囃(はや)された時期もありました。
ですが、そのしがらみにより、ほぼ幽閉に近い状態を強いられ、閉じ込められた小鳥のように羽ばたくことができず、小さいのに、本当にまだ小さいのに、とても辛い想いをさせてしまったのです。
ただ、あの子はそんなことを感じさせない笑顔を保ち続け、明るく周りの方々に接しているのです。その中でふと見せる寂しい笑顔、その顔を見ると心が辛く、不甲斐ない自分を叱責したくなるのです。
そしてセレネのご家族に対して、力のない私ができるのがセレネのお傍にいること。それが唯一の抵抗、あの子を守るという意思表示でした。
あのときから比べると生活は変わりましたがこの街に来てから健やかに、自由に羽ばたき、本来のあの子の笑顔を見ることができたことが唯一の救いで、私の生き甲斐となりました。
~中略~
セレネのことを考えるとこのままこの街で生活させるのもいいかと思ったのですが家に帰ってきて身体の悪い私の代わりに家事を行いながら、歌や踊りをしているのを見ると中央都市にある劇場に一度でも連れて行きたいという想いが沸いてしまいました。
私は実際に行ったことはないのですがとても素晴らしいと話を聞いたことがあります。
もし中央都市にお二人が行かれる際は是非、あの子も連れて行ってあげてほしいのです。
歌や踊り自体、私自身は詳しいことはわかりませんがこの老体でも合間に見る楽しそうなあの子を見るだけで幸せになるのです、きっと非凡な才能を持っていると思います。
旅費としては少ないかも知れませんが換金できるだろう品を同封致しました。私に残された唯一の品です。
私自身、もうそんなに長くはないと自覚もしています、あの子の為に使えるもの、残せるものもほとんどありません。
~中略~
手紙をお読みいただいたならお気づきかと思いますが、セレネと私には血の繋がりはありません。
それでも、例え血は繋がっていなくても、あの子は家族であり、自慢の私の孫なのです。
後のことをお二人にお願いすることになってしまい、大変申し訳御座いませんが、他に頼れる伝手もなく、頼ってしまいますが何卒宜しくお願い致します。
最後に、本当にあの子に出会えてよかった、そして私と同じくそう思える人達と出会えて私は幸せです。
セレネの成長が見られて、本当に幸せな人生でした。
お傍に仕えることができて、本当に満たされた人生でした。
私の宝物、セレネ』
筆遣いはとても弱弱しく、乱れてもいる。
それでも気持ちの籠った手紙に私は知らず知らずのうちに涙を流していた。
封筒に入っていた指輪を見る、とても綺麗な細工が施されていて、どこかで見たことのある紋章が彫られている。
「王族の紋章です、私も数度しか見たことがありませんが城の専属メイド、しかもメイド長に就いたことのある人にしか賜れない指輪ですね。封筒の印璽もその指輪で押したと思われます」
ミレさんが教えてくれた。
あぁ、セレネは本当に王族に生まれて、そして捨てられたんだ。
殺されなかっただけよかったかもしれない、それでも、それでもどうにか出来なかったのか。
私はセレネを見て、その柔らかく綺麗な髪を撫でながら、更に涙を流した。
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