第8話 夜のコンビニにて

「先にサバ缶食べてていい?」

「なんでそれを俺に聞くんですか」


 時間とお金は無限ではない。だからこそ、時間を有効的に使ってお金を稼がなければならない。

 少し前からアルバイトを始めた。それまでも生活費を集めるために新聞配達員をしていたけれど、体がもたなくて辞めた。自分の身体の弱さを嘆きつつ、とりあえずなにかしようと思い家から近い場所にあるコンビニで働くことにした。


「だって、黙って食べてたらあとでなにか言ってきそうだし?」

「言わないですから」

「……怪しいなぁ」


 俺はすることもなく手持ち無沙汰な状態だった。運ばれてきたパンとおにぎりはすでに棚に並べ終わったのだ。夕方でも深夜でもないので、特に搬入のトラックが来るわけでもない。

 とにかく暇なのだ。

 だからといって、夜になっても元気なお姉さんみたいにレジ横にある休憩室から顔を覗かせて遊ぶのはよくない。


「こよ姉さん……ほんとにいつも元気ですよね」


 働いているコンビニは、個人経営だった。そのせいか、イメージしていた以上に緩いオーナーで、最低限のマナーさえ守っていればなにも言われない。経営方針はそこまで厳しいものではないらしく、店長はいつもなにを言っても「はいはい」と認めてくれる。

 そんな風土の影響か俺は休憩室にいる、こよ姉さんの本名を知らない。みんながそう呼んでいるのにのっただけなのだ。

 支障がないので、そのまま半年が経過して今に至る。もはや今更知る必要があるのかと思っている。だからもう、聞く気がない。


「それだけが取り柄さ」

「またまた」

「ほんとだよー? そうじゃなきゃ、やってられない」

「どういうことですか?」


 空気を読めないのではなく、空気を読んだうえで俺は意図的にそれを無視した質問を投げかけた。

 きっとそれをなんとなく流すためにぼかした言い方をしたのだろうが、そんなことは関係ない。


「ちょっとぉ。それ聞いちゃう? 聞いちゃダメなやつじゃん?」

「そうなんですか? ものすごく聞いてほしそうな目、してましたよ」

「え?」

「え…?」

「ほんとに? それなら相当ひどい人間だね、わたし。自分のことキライになりそう」

「ええ。思い切り顔に出てましたから」

「まじかぁ。……ポーカーフェイス極める練習って、どこで出来るのかな」

「それ以前の問題のような気がしますけど」


 話がやっと本題に入れそうになったタイミングで、店内に入店音が響いた。いつもこの時間に現れるたばこのおじさんだ。

 そんなことを考えていると、いつのまにか店の中はゲーセン帰りのような高校生や仕事帰りの人で賑やかになっていた。


「なっちゃん、こんばんは。なんだか久しぶりな気がするなぁ」


 これが俺のたばこおじさんから付けられたあだ名だった。某ジュースみたいで女の子っぽいからやめてくれと言ったことがあるけれど、もうそれを伝えることは諦めていた。おじさんがそれをやめる気がないからだ。


「そですかね。一週間ぶりくらい?」

「だな。んじゃ、六十三番お願い」

「はーい」


 それから数分間、俺はまったくレジから離れることができないくらいに盛況だった。休憩から戻ってきたこよ姉さんはレジをさっと終わらせて、会計管理をしていた。いわゆるお金を〆るというやつだ。

 ただ、こよ姉さんとはシフトが違っている。なので俺が店内に並んでいたレジ待ちの人を終わらせてひと段落ついたときには、すでに彼女は会計管理簿までつけ終わり、帰宅態勢になっていた。いつも思うが、この人は本当に着替えスピードが速い。


「そんじゃね、夏海くん」

「あ、はい。お疲れ様です」

「うむ。頑張り給え」


 時々おかしな口調になるこよ姉さんをレジから見送り、交代が来るまでぼうっとすることにした。

 そこでようやく、こよ姉さんに肝心なところを聞くのを忘れていると気がついた。いつもこんな風にごまかされるので、きっととんでもない秘密を抱えてるに違いない。今度機会があれば聞こうと未来の自分に託し、人が途絶えたタイミングで休憩室に置いてもらっていたサバ缶を開けた。

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