第35話 世界樹

「影渡り」


 だが、発動しない。


「転移魔法! 何故だ。移動系のスキルが発動しない」


 この空間では闇属性に通ずる魔法と空間に通ずる魔法などを封じる効果があった。


「あ、ああああああああ!」


 世界へと繋がったサナの脳内には想像を絶する激痛と共に情報が流れて来る。

 この空間は言わば器。

 本来の力へと繋ぐ為の場所である。

 流れる情報の中から無意識に自分にあったモノを導き出す。


影の斬撃シャドウスラッシュ!」


 虚空を切り裂く殺人鬼。先程から力が使えない彼は焦っていた。


 ◆


 既に命の鼓動が止まったヨツキの元に金色の人間か近寄った。

 キンジロウ、そう名乗っていた男はヨツキを見ながら薄ら涙を流す。


「⋯⋯まだ、血がある。これなら」


 サナの戦っている光景を見ながらとある魔法を行使する為に地面に魔法陣を描いて行く。


「あの魔法はなんだ? 一体、何者なんだよ」


 自分では相手に成らない。自分寄りもサナの方が適任だと考える。


「出来た。死者蘇生の輪廻ライフ・オア・ライブ


 魔法陣が黄金に光、空へと伸びる。

 その光が中心に居るヨツキの死体へと集中して行き、深々存在する傷を塞いで行く。

 そのまま血を流し、血を増やす。

 青白の肌に血が流れ肌色に戻って行く。

 美しい顔が色を取り戻して行く。


 ドク、ドクン、と心臓の鼓動が鳴って行く。

 それは生き返った事を表していた。


「良かった。良かった。今回は、助けられた。頼むぞ、サナちゃん」


 ◆


「うがああああああ!」


 体を突き破り木の枝が伸びてサナの体を包んで行く。

 力を使えないと判断した殺人鬼は身体強化のみを併用してサナに襲い掛かる。

 苦しみもがくサナは格好の的である。


「スラッシュ!」


「ああああああああああぁぁぁ!」


 背中から生えている木の枝が殺人鬼を吹き飛ばす。


「ああああ。ああ、あ」


 足に力を入れて踏ん張る。碧眼を輝かせる。


「世界廻廊接続、世界の中心、伸びろ、世界樹ユグドラシル!」


 サナの体から生えていた枝が消滅して、顔に模様が浮かび上がる。

 足元に小さな苗が伸びて、みるみる大きな樹へと変わって行く。

 建物は破壊しないが、大きな根っこが絡む。

 地面は抉られ原型を留めては居なかった。

 サナの服が光の粒子へと変わり、緑が基調のショートスカートの服装に変わる。


「広がれ、九世界絶対領域」


 光の空間が消滅し世界樹に吸収され、半透明の結界が広がる。


「ふぅう。癒しの樹液」


 サナの後ろに伸びている樹から一滴、水の様な物がサナに滴る。

 内部に蓄積されていた怪我が完全に回復する。消費された魔力諸共。


「なんだ? これは」


 強化の力が消失する。

 この空間では世界樹ユグドラシルを介しての魔法などしか使用が不可能になる。

 つまり、サナの独壇場である。

 だが、強い存在だと、領域の力をレジスト可能だが。


「はぁ!」


 一瞬で加速し肉薄する。

 先程寄りも上昇した身体能力は殺人鬼を軽く凌駕する。

 刀での攻撃を防ぐ。だが、それすら意味無く吹き飛ばす。


「ぐっ!」


 結界の壁へと当たり、地面に落ちる。

 外に出る事すら許されない。


「火炎玉!」


 魔法が発動しない。


「殺人鬼の覇気!」


 活動しない。


「魔剣よ、その力を解放しろ!」


 発光する魔剣。しかし、それを地面から生えた根っこが捕まえる。


「その力は使わせない」


「ちぃ!」


 振り払い、サナに肉薄する。

 力強く振るう剣を軽く防いで行く。

 サナの目には感情が宿っていなかった。ただの義務の様に剣撃を防ぐ。

 受け流しも反撃もしない。


「もう、良いかな?」


 防いでから強く弾く。

 そのまま下段から横薙ぎに振るい足を切り飛ばそうとする。

 しかし、相手もギリギリのラインで跳躍して避け、反撃に上段から斜めに振るう。

 ひらりと避けて相手の肩に向かって突き出す。


「ぬぁ!」


 体を上げて少し避けるが、横腹を深く刺された。

 そのまま刃の向きを変えて横に薙ぐが、先に体勢を変えて逃げた。

 血を払う。


「大人しく剣を離して軍門に下れ」


「嫌だね。どうして異世界にまで来て、そんな事しないといけないんだ!」


 怒り任せに突っ込み振るう剣など、サナには到底届くモノでは無い。

 今のサナは極限にまで集中力が研ぎ澄まされている。

 そう、それは限界のラインを既に越えている程に。


「ぐふ」


 目から口から鼻から、血が流れる。


「お?」


 それを確認した殺人鬼の目に光が宿る。ここがチャンスだと。


「俺の血を喰らえ!」


 黒い剣からバラの茎の様な棘のある蔓が殺人鬼の腕に絡む。

 棘が刺さり血を吸って行く。

 男の肌色が悪く成って行くのと同時に心臓の様に鼓動する剣。


「死ねぇぇぇぇ!」


「⋯⋯せめて、罪を償ってから死ねよ」


 サナが見せる瞳は怒りだった。

 殺人鬼はこの攻撃で確実に死ぬと分かった。分かった上で哀れみも何も無く、ただ怒りだけを向ける。

 殺した相手に何の後悔も反省もない殺人鬼に怒っているのだ。


「簡単に死ねると思うなよ」


 サナが一瞬で刀を振り上げ、剣を持っていた腕を切断した。そのまま高速で足も飛ばす。

 宙を血を垂らしながら舞う。


「ッ!」


 地面に落下し滑る。


「最後の覚悟だけは⋯⋯いや。褒めるところなんて無いね。癒しの樹液。お前にはまだ死なれては困る。殺した相手の兆分の一でも苦しみを感じてから、世界の前で懺悔し死ぬが良い。それまでは生かしてやる」


 刀を鞘に収納する。


「ぼごっ」


 口から大量の血液が飛び出る。

 地面に四つん這いになる。


「これは、やばいなぁ。この後の派生する魔法、使える時来るのかなぁ。ゴホゴホ。ヴァナヘイムもあの中にあるのか⋯⋯世界樹、使えこなせる日が来るのかな?」


 領域を解除すると、地面が元に戻って行き、大きな樹は小さく成ってサナの手に収まる。


「お前、魔法じゃないのか?」


 サナが手に入れた初期魔法の事がいまいち分からず考えを放棄した。


「あ、ヴァナヘイムからユグドラシルに変わってる」


 世界樹は腕輪に仕舞えない。


「はぁ」


 コレを運ぶ用のケースが必要だな、そう思いながら兄の元に近寄る。

 自警団も次第に集まって来て、殺人鬼を運んで行く。


「あと二分、か。お兄ちゃん、これで良かったんだよね?」


 抱き締める。

 バリバリと石の亀裂が広がり、バリンと音を響かせてユウキが解放される。


「お兄ちゃん!」


「出る為に必死に成ってたら、割と魔力の扱いが上手く成ったかも?」


「何を呑気な」


「それよりもヨツキのとこに行くぞ!」


 倒れているであろうヨツキの元に近寄る二人。

 そこには金ピカのキンジロウが居た。


「ありがとう、サナちゃん」


 サナはユウキの背後に隠れる。


「⋯⋯えと、ヨツキは?」


「やっぱり気づいたか。石化されながらも意識はあったのかな? あぁ、蘇った」


 サナがヨツキの元に寄り、心臓の音を確かめる。それから血管の流れを確かめ、息をしているか確かめる。

 どれも正常。

 人智を超える力を目の当たりにしながらも冷静に感謝を示すサナとユウキ。


「ヨツキさん。ありがとう、キンジロウさん」


「え、いや、まぁ。へへ」


 睨むユウキ。


「これで終わり、か」


「あぁ。これで、被害者達も報われると思う」


「そうだと、良いな」


「そうなるさ」

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