第34話 死の覚悟

 ユウキ達が魔物のハントの帰りでとある光景を目にした。

 それは直視し難い光景。認めたくない現実。

 殺人鬼と思われる男が黒い剣を女性の腹に突き刺さしているのだ。

 その女性は先日分かれた女性、ヨツキであった。

 考えるより先に体が動いた二人。


 ユウキがヨツキの元へと向かい、サナは殺人鬼に刀を振るい上げる。

 衝突する刀と剣。夜の町に響き渡る金属音。

 力任せに蹴り、殺人鬼を吹き飛ばす。くるりと回転して着地する。


「お前は、誰だ?」


「お前に名乗る名前など持ち合わせて無い!」


 一瞬で肉薄し振るわれる刀。しかし、殺人鬼はそれを易々と避ける。

 反撃の攻撃を受け流し、それを利用した反撃の攻撃が殺人鬼の腹を浅く裂く。

 この一撃で殺人鬼は理解した。相手の得意分野を。


 それを理解した殺人鬼は次の攻撃を遠距離からの魔法に変える。


「魔力弾」


 純粋な魔力の塊を放つ。サナは刀に魔力を流して風の奔流を生み出して、魔力を切り裂く。

 魔力の塊には魔力でしか対抗出来ない。


 その戦いにユウキが参戦しようとしたところで殺人鬼は懐からとあるアイテムを取り出す。


「メデューサの魔眼石、発動」


『メデューサの魔眼石』メデューサと呼ばれる魔物の魔石から作製された特殊な魔道具。

 一度きり使えるのだが、相手を石化して捕らえる事が可能である。

 魔力量が多く、濃い上で魔力操作が上達した者ならばすぐにレジスト出来る。

 だが、ユウキはそれが出来ない為に石化する。

 すぐにヒビは入るが、すぐに動ける訳では無い様だ。


「もって十分か」


「そう。なら、問題ない」


 サナは煮えたぎる怒りを力に代える。今すぐにでも殺人鬼を殺したいと思うその思いを力にする。

 サナの振るう斬撃はあまりにも速く、そして重い。

 殺人鬼も避ける事に徹するくらいには驚異と成っていた。


「影の刃」


 殺人鬼の影から刃が鞭の様に撓り、サナに襲い掛かる。

 冷静に数と動きを観察し、刀を一度鞘に納刀する。


「抜刀術、剣舞『連』」


 相手の刃と同じ数の斬撃を一瞬で繰り出し、影を切断した。

 サナの得意な戦い方は相手の攻撃を受け流して、その力を利用しての反撃、或いは相手の体勢を崩してからの反撃である。

 それを見抜かれてしまった今、それは使えない。

 ならば、自分の持つる技術で相手するしかない。


「火炎弾!」


「遅い!」


 魔法が放たれるのにも関わらず直線的に殺人鬼に向かって突き進む。

 魔法を切断し消滅させ、上段から殺人鬼を切り裂く。

 だが、それを皮一枚で後ろにステップして避けた。

 サナは間を空けず、腕輪からクナイを虚空より取り出し、三本のクナイを投擲する。

 急な飛び道具に一瞬遅れを取るが、すぐに剣で弾く。


 弾いた後の体勢の時に懐に入り、下段から上段へと斜めに振り上げる。

 直線のダッシュも相まってその速度は先程の比では無い。

 しかし、相手も歴戦の猛者と言わざる追えない程の力があった。


 サナの斬撃と正面から打ち合った。轟音と共に散る火花。

 優勢なのは上から押している殺人鬼では無く、サナの方だった。

 それは鍛え方や魔力量に寄って変化した体の構造の違いであった。

 技術面でもサナの方が上だ。


「身体強化!」


「ッ!」


 嫌な感じを感覚的に感じ取ったサナは相手を蹴飛ばす。

 当然、腹を蹴るのではなく相手の急所である金的を狙っている。

 相手も想定通りだったのか、後ろに跳び退いた。


「身体強化極。殺人鬼の覇気、悪鬼滅殺、殺戮衝動、冷静精神統一、殲滅兵器」


 様々な強化を己に施す殺人鬼。その纏う気配はサナを圧倒する程である。

 怖気付くサナ。それを表す様に左足が少し後ろに下がる。

 だが、歯を食いしばって相手を睨む。


(逃げるな戦え。逃げるくらいなら戦って死ね!)


 構えを取る。

 低姿勢になり、手首でクロスして、刀の先端を相手に向けながら自分の横に引く。


 一泊、静まる空間。


 風が起こる。その刹那、音を置き去りにしたかと錯覚する程の圧倒的な人外の速度でサナに肉薄する。

 そのスピードはサナの想定範囲外。

 目覚める記憶は国が滅んだ当日。圧倒的な絶望を前にしたその瞬間である。

 反応出来ない速度。その速度で突き刺される剣は避ける事は不可能。


「がは」


 腹に突き刺される剣。寧ろ、腹で済んでいる事を褒めるべき力。

 圧倒的な力の差を前に、サナは恐怖⋯⋯しなかった。

 既にそれ以上の絶望を味わっているから。経験しているから。

 それだけじゃない。相手は最低限、人間である。

 兵器ならまだしも、人間に負けたくないと言う思いがサナを動かした。

 既に致命傷と思われる深手を負いながらも、左手で剣を掴む。

 刃を強く掴んでいるので、掌から血が流れる。


「捕ま、えたぞ、ごほ」


「な、ん」


 芯を外したサナはまだ命がある。そして、致命傷近くても、それでも動けるなら問題ない。

 刀を振り上げ、逆手持ちに切り替える。

 そのまま相手の剣を持っている手に繋がっている肩に向けて、刃を上に向けて突き刺す。

 相手の方が傷が小さい。だが、サナは諦めない。


「肩を、外してやるっ」


 持てる力を振り絞り刀を上げようとする。

 ジリジリと骨を削る音が聞こえる。殺人鬼の頭に危険信号が響く。

 だが、剣が抜けない。人間の出せる力では無い。


 サナはこの時、明確な成長を果たした。

 死が目の前に迫った瞬間に直感的に、感覚的に成長した。

 それは、魔力制御であった。

 内側に流れる魔力を精密に操る事により、反応出来無かった攻撃を反応して芯を外した。

 それだけでは無い、その後は手や腹に魔力を集中させ、剣を離さない様にしている。


 殺人鬼が電撃系の魔法が使えたら、話は変わって来るだろう。

 だが、無い物は無い。正確には、相手に直接攻撃出来る魔法が無い。

 肩を外されたら剣まで失う。そう判断する殺人鬼。

 だが、彼の思考は徐々にぐちゃぐちゃになる。

 それは何故か。簡単だ。痛いからだ。


 サナやユウキの様に訓練されたのなら、多少の痛みで悶える事は無い。

 だが、ただ殺す事だけをしていた男に痛覚の耐性は無い。

 いくら力を使って冷静さを保っても、肉体を強化しても、意味が無かった。

 刀に流せる魔力は無い。正確にはそこまでの制御が出来ない。

 サナが先に死ぬか、殺人鬼の肩が外れるか。


「さぁ、どうする殺人鬼! 私とお前とでは覚悟が違う様だぞ!」


 サナは死が近いにも関わらず、衰えない、寧ろ増している覇気に殺人鬼は死を実感する。

 精神的に勝てないと直感する。


「ファ、幻影ファントム


 サナの視界にとある女性が映る。


『死なないでサナ。生きて、サナ!』


「ライハ、兵長」


 力が緩んだ瞬間に剣を引き抜き後ろに跳ぶ。

 殺人鬼は一瞬死を実感した。

 逃げる⋯⋯そう判断した。でも、サナは逃がす気は無かった。

 腕輪から回復薬が詰まった瓶が虚空から現れ、サナに向かって落ちる。

 サナの頭でパリンと割れて弾けたガラス、中身はサナに降りかかり傷を癒して行く。それでも血は回復しない。


 刀を地面へと突き立て、一つだけ増えた初期魔法を発動させる。


「魔力回廊解放──世界廻廊接続──、光の世界、光世界領域ヴァナヘイム!」


 街灯寄りもより輝く光の空間がサナを中心に広がる。

 神々しく輝く空間。

 その魔法は魔法と言う枠からは逸脱していた。それだけの力を備え秘めている。

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