第36話 あなただけのために踊る。きみだけのために応援する。

「え!? 今からあいりん様と一緒に踊る!?」


 海帆は困惑していた。体育館の舞台裏にいきなり連れてこられたと思ったら、何故か真凛がいて、比奈とサヤカもノリノリだった。


「無理無理無理無理! てか空くんどこ行った! 何の説明も無いんだけど!?」

「くーくんなら観客席に戻ったよ。海帆さん、一緒にがんばろ」

「観念してくださいミホせんぱい。もう逃がしませんからね」


 がっちり両腕を拘束する比奈とサヤカ。


「ひ、比奈ちゃん。サヤカまで……」

「海帆は踊りが上手だって聞いたぞ。ワタシに協力しろ」


 真凛も……いや、あいりんがオーラをびしびし放つ。


「ぁ、あいりん様と一緒に踊るのは嬉しいです。でも……あたしがいたら邪魔ですし」

「ふむ。まあいいや二人とも連れてきて」

「「はーい!」」

「え、ちょっとどこ行くの? ねえってばぁ!」


 引っ張られると、幕が下りたままのステージに立たされる。

 幕の向こうでは司会役が何か言っていた。


「それではお待たせいたしましたああああああああああああ! あいりんちゃんによる特別ライブです! どうぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 一気に幕が上がる。

 瞬間、どっと歓声が沸いた。

 見たことのない数の人。特別な人間が浴びる視線。

 でもそれらは全て、海帆に向かない。


 大半があいりんで、一部は学校のアイドルサヤカ。

 そして謎の美少女比奈も注目される。

 もちろん海帆は、誰の目にも映っていない。

 ならせめて舞台を壊さないため集中する。


 真ん中で歌って踊るあいりんは、本当に次元が違った。特別だった。

 海帆も音楽に合わせて身体に馴染んだ動きを機械的にこなす。

 隣をこっそり見ると、比奈とサヤカと目が合った。

 二人とも可愛くて堂々としていて凄い。

 こんな中、自分がいていいのか。

 邪魔だと思われてないか。

 笑われてないか。

 浮いてないか。

 怖い。怖い。

 怖い。


(……やっぱり、あたしじゃない)


 凡人のあたしにはふさわしくない。この場所はあたしに似合わない。

 こんなの見せつけられたら、自分が嫌いになるに決まってる。

 泣くな……泣くな……泣くな……泣くな……泣くな……。

 分かっていたはずなのに視界がぼやけてしまう。

 自分もこうなりたいって望んでしまう。

 なれないのに。なれるわけないのに。

 あたしも特別になりたいって。

 なれたらって──




「海帆おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」




 周りが他の人の名前を呼ぶ中、微かに聞こえた。

 前を見る。すぐに誰かわかった。


「…………ほんとに、あたしを…………っ!」


 大勢の観客の中でただ一人。

 目が合ったのは。応援していてくれたのは──あなただけ。


「……そら、くん。……ほんとに、バカだよ」


 空が大きな看板を掲げて飛び跳ねている。でかでかと『I♡みほ』と書いてあって、恥ずかしげもなくアピールしている。横の人が引いていて可哀想だ。


 でもそれがおかしくて、つい笑ってしまう。

 いつの日か約束したことがある。

 ──あたしは空くんだけを応援してあげる。だから……


「……あたし、だけ……とく、べつ」


 海帆は涙を拭いて、踊りに集中する。

 ただ一人に届けるために。

 ただ一人に見てもらうために。

 ただ一人のためだけに踊る。


 見て! あたしを見て! あたしだけを見て!


 海帆は全身で表現し、ステージをやり切った。

 幕が下りて拍手の嵐を聞いても心は揺れず。

 ただ一人の顔を思い出して泣き崩れた。

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