第5章
第31話 文化祭
文化祭当日。
いつもよりちょっぴりおめかししたり羽目を外したりする特別なイベント。学校の敷地全体がテーマパークのように彩られ、生徒の顔にも喜色が浮かんでいた。
「っしいいかお前ら! 狙うは売り上げ一位だ! やるぞおおおおお!」
「おおおおおおおおお!」
ちょっぴりダサいクラスTシャツを誇らしげに着る生徒たちと一緒に、空と海帆も拳を突き上げた。三年生は模擬店をすることになっており、空たちはお好み焼きを販売する。
七月下旬に外で鉄板物を作るのはかなり暑くなりそうだ。
クラスで円陣を組むと、空と海帆を残してそれぞれ他の出し物を回りに行った。
「じゃー空。次のシフトまで店番頼むぞ」
元部活仲間で友人の修也は、文化祭実行委員を務めている。
その修也がこっそりと、
「舞阪と組んでやったんだから上手くやれよな」
「……っ! 要らん気を回すなバカ。なんかムカつく」
「照れんなって。俺のスルーパスを無駄にするなよ」
「……まあ、ナイスプレーだ」
「おう! オレも今日はナンパに精を出すぜ。文実の立場を盾に誘ってみるかな」
修也はワックスで固めた髪をスマホで確認する。
「ま、今の空なら余裕だろ」
「ん、そう思うか?」
「最近顔つき変わったからな。なーんか今までちょい無理してる感じしたけど良い事でもあったのか? ハッ! まさかもうお前大人の階段を……!」
「なわけないだろ。でもそうか……確かに変わったかもな」
学校にいても居心地の悪さが無い。文化祭のような浮ついたイベントは特別な人間たちの輝きに照らされて惨めな思いをしていた。でも今はその中に良い意味で馴染んでいる気がする。
「また今度部活のみんなでどっか行こうぜ。彼女の惚気も聞いてやるよ」
「一言余計だ。けど俺も行かせてくれ。勉強の息抜きに楽しもう」
拳をぶつけ合うと、修也は文化祭の人混みに消えていった。
空はエプロンをつけて準備を始める。
「お、今日の海帆は一段とかわゆいですなぁ」
「そ、そう? ただエプロン付けただけだけど」
隣では海帆がいつも一緒にいるダンス部と会話していた。
「なんか綺麗になったよ。化粧……とは違うよね」
「ははーん、これは恋だね。海帆っちから男の匂いがする」
「おとっ、全然違うってばぁ!」
咄嗟に否定するが、
「あれ、これは図星かな?」
「あーやしぃ。空っちはどう思う?」
海帆をからかっていた矛先が急に向いた。
「俺に聞く?」
「男の子から見たらどーかなって。海帆っち可愛いよね?」
「まあ……うん、人気はあると思うよ」
流石に他の女子もいる中で可愛いというのは抵抗がある。
空が海帆を見ると、すぐに顔を背けられた。
「ひゅー! いいねぇ、海帆っちガンバ!」
「もうほんとにからかうのやめてってばぁ!」
「あはは、めんごめんご」
「じゃあ、二人とも頑張ってね~」
ダンス部の可愛い女子たちは行ってしまい、空と海帆の二人が残された。
二人きりになれたのはチャンスである。
しかしこの前の一件もあって少し気まずい。まずは場を和ませよう。
「えっと、エプロン姿もいいね」
「……」
無視された。怒ってる?
「ねえ、海帆」
「……っ!」
こっち見た。ぐぬぬって言いながら足を踏んできて、
「わ・す・れ・てって言ったよね!?」
「痛いって海帆──ててで! ごめん舞阪さんもう言わないから」
「ほんと最低だよ。あれは違うの」
「何が違うんだ。あんなに呼ばれたがってたのに」
あの時は驚きが強かったが、嬉しかったし可愛かった。
拗ねてしまう海帆を想像していると、目の前の海帆が舌打ちした。
「ちっ。お好み焼きにしてあげようか?」
コテで鉄板を叩いてアピールする。
本当にやりそうだからこれ以上はやめてあげよう。
「勘弁してください。それより、ダンス部の人たちとも親しげだったね」
今まではどこか一歩引いていた。
しかし空同様に変化が見られる。
「特に意識してなかったけど……なんでだろ」
「やっぱ恋してるから?」
「ふぇあ……っ! な、なに今日の空くん。ちょっとキモいんだけど」
「俺も今日はちょっと気合い入れようかなって思ってるからさ。頑張るよ」
空が海帆の目を見つめると、やっぱり逸らされた。
海帆は誤魔化すようにお好み焼きのストックを作り始める。
「…………振ったの?」
ジューと焼ける音に混じって海帆が呟く。
鉄板を見つめたままの横顔は、理解できないという感じだった。
「知ってたんだ」
「うん。一言だけ、メッセージで」
海帆は泣きそうな顔を上げ、
「なんでっ!?」
「他に好きな人がいるから」
空は淡々と告げる。
「……バカじゃないの。あんな可愛いくて一途な子なのに」
「でも、もっと好きな人がいるから」
「……」
「舞阪さん。俺さ──」
「嫌」
言い切る前に防がれた。次に何を言うか分かっているようだ。
海帆は比奈が振られた話をしているのに、何故か自分が辛そうな顔をした。
自分が幸せを奪ったとか、自分は選ばれるべきじゃないとか思っているのだろう。
でも空は決めた。自分を導いてくれた特別な存在に、恋をした。
だから否定されたくない。この気持ちを届けたい。
「舞阪さん。俺──ごほっ、あっつ! 何すんの!」
口の中にお好み焼きを突っ込んできた。
舌が焼ききれるように熱い。しかも半生だ。
「わ、私、別に空くんのことなんとも思ってないし。何を頑張るつもりか知らないけど思い上がらない方がいいよ。私だったら空くんのことは別にーって感じだもん」
「わ、わかった。参考にします」
まだ一日は始まったばかり。
空はまだ慌てる時間じゃないと思うことにした。
とはいえ、
めんどくせええええええええええええええええ!
心の中で叫んだ。まあ、そういうところも好きになってしまったのだが……。
今は好きな子と二人で店番することに男子高校生らしく一喜一憂することにした。
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