第32話 葛藤

 一般客が入り始めるとより一層お祭り騒ぎ。

 客引きの声。吹奏楽部をはじめとしたステージ発表を遠くで聞きながら店番をする。


「500円頂きましたので、200円のお釣りになります」


 海帆が笑顔で接客をして、空がひたすら焼く。


「空くん、結構さばけてるから追加で焼いといて」

「了解」


 今はこんな具合で仕事に専念している。

 とはいえ、まだ始まったばかりで暇な時間があるのも確か。

 合間を縫ってコミュニケーションも忘れない。


「舞阪さん器用だね。俺が作るより舞阪さんの方が綺麗だもん。あ、そういえばたこ焼きも上手だったし何でもできるイメージだ」

「どうせ私は器用貧乏だよ」

「なんですぐ卑屈になるの。接客の笑顔も素敵だし誰にでも出来ることじゃないと思うけど」

「はいはいどーも。五番目の女ですよ」

「一生そのネタひきずるつもりなんだ……」


 どんなに褒めても素直に受け取ってくれない。

 むしろ好感度がどんどん下がっているように感じるのは気のせいだろうか。

 ──と、


「あ! おにーちゃん!」

「お、サヤカちゃんいらっしゃい」


 少しサイズが小さいのか胸元の主張が激しいサヤカ。そして、


「こんにちは。サヤカがいつもお世話になってます」

「あ、えっとお母さん。体の方はいいんですか?」

「あらやだ、聞いたサヤカ。お母さんだって」

「ぉ、おにーちゃんはそういうのじゃないからね?」


 サヤカはほんのり頬を染めて否定すると、


「今日はママの外出許可が出たんです!」


 嬉しそうに笑った。


「おいソラ。来てやったぞ」

「おこのみやきふたつください!」


 母の両手には弟と妹もいた。妹が小さな指でピースする。


 海帆がお金を受け取り、二つ弟に渡した。弟は何故か空に対して口が悪いが、母と姉のことが大好きだし妹の面倒を見るし海帆には顔が赤くなっていて将来は有望そうだなと思った。


 サヤカが立ち去る寸前、


「サヤカを振ったんだから頑張ってくださいね。おにーちゃんっ」


 空にだけ聞こえるように耳元で言った。にっこり笑い、


「ミホせんぱいもじゃーね!」

「あ、うん。またねサヤカ」


 手を振って見送ると、また二人きりになった。

 海帆がぽつりと漏らす。


「サヤカ、生き生きしてる」

「舞阪さんのおかげでもあるんだよ」

「……私は何も。空くんが全部やったじゃん」


 海帆の寂しそうな顔は、かつての自分を見ているようだった。


「やっぱり、私より……」


 そう呟いた声は、また新たな来客の声でかき消される。


「お、美味そうなお好み焼きじゃないか。酒と一緒に食うのもありだな」

「くーくん、私学校に来れたよ!」


 真凛と比奈。二人とも『I♡あいりん』と書かれたTシャツを着ていて、真凛はサングラスで顔を隠していた。比奈が学校に来たいと言い出し、ほぼ学校をサボっている真凛が付き添ってくれることになったのだ。


「凄いぞ、比奈。もう怖い物はお化けぐらいかな?」

「もうへっちゃらだよ。さっき真凛さんとお化け屋敷行ったもん」


 比奈とはあの日以降も意識せずに接することができている。

 それにしても、本当に明るくなってくれた。


「お、いいなぁ。それよりなんで二人ともそのTシャツ着てるの?」

「お祭りって聞いたから勝負服!」


 比奈がくるっと回って見せてくれる。

 空も着る用、保存用、観賞用の三つ持っている。


「ワタシはこれ着てたら本物だと思われないだろ?」

「んー、真凛さん目立つから逆効果では?」


 海帆にも同意を求めると、


「あいあいあいあいあいあいあいあいあいあいあいりん!」


 おサルさんになってしまったのか、手を叩いて真凛に目をキラキラさせた。


「推しが推しのTシャツを着てらっしゃる!」

「舞阪さん落ち着こう……って比奈もか」


 比奈と海帆が意気投合し、手を取り合ってジャンプしている。真凛は照れるだろと言いながら嬉しそうだ。海帆はなんだかんだ機嫌が良さそうで何より。


「文化祭ってのも悪くないな。どれ、二つ貰おうか」


 真凛が財布を出すと、さっと海帆が今日一の接客を披露する。


「はいどうぞ、お熱いので気をつけてくださいね。真凛さん、今日もお美しいです」

「ありがとう、海帆。比奈、向こうで食べようか」

「「にゃまえよばれちゃったああああああ!」」


 二人ともくねくねして幸せそうだ。

 自分が名前を呼んだ時とは大違いだなと空は思った。


「じゃあね、くーくん。お仕事頑張ってね」

「ありがとう。本当に成長したね」

「うん! とっても楽しいよ」


 比奈は全身を使って楽しさを表現すると、海帆に近づく。

 すっと真剣な表情でこっそりと、


「遠慮は優しさじゃないと思うよ」

「……! 比奈、ちゃん?」

「私平気だよ。むしろ、私の事可哀想って思ってるなら怒るからね?」

「……」


 比奈は海帆から離れるとにこっと笑い、真凛と一緒に行ってしまった。


「比奈ちゃん、変わったね」

「でしょ。もう引きこもりじゃない」

「それもそうだけど……」


 そこでふと海帆は思い出した。宣戦布告されたことを。

 あの時は仮面をかぶっていたが、面と向かって負けないと言われた。

 そして今、遠回しに逃げるなと言われた。

 あんなに小動物みたいで可愛らしいのに一番好戦的な性格だ。


「……そんなの、余計あたしじゃないって思っちゃうじゃん」

「ん? 舞阪さん?」

「なんでもない。ほら、お客さん来るよ」


 海帆また、そうやって先延ばしにした。

 他のヒロインの成長を見るたびに、やはり自分は特別ではないと思い知る海帆だった。

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