第21話 公開告白
翌日。昼休み。放送室にて。
「菊川さん、始まるからね」
今日は海帆が放送当番をする日だ。機材の調整をする海帆はサヤカに確認する。
「はい! 二人もあとで一緒に怒られてください。……それと、ダメだった時は慰めてくださいね。多分泣いちゃうので」
「大丈夫。菊川さんなら絶対うまくいくよ」
「ああ、俺は見てることしかできないけど」
今日は昨日より噂が広まっていた。教師の耳に届くのも時間の問題だろう。サヤカは今日欠席していることになっており、昼にこっそり忍び込んでここにいる。
「いえ、もう十分背中は押してもらえましたよ。ありがとうございます」
「感謝ならあとでたくさんして。本番始まるよ」
海帆が放送開始のBGMを流し、手でカウントダウンを始める。
空は音を立てないように黙り、切実に成功を祈った。
「こんにちは。昼の放送のお時間ですが、今日は放送を行いません」
昼の放送というのは大抵の生徒は雑談に夢中で聞くことは無い。だが、いつもと何か違うと思わせることが出来れば全校生徒職員の意識を集中させることが出来る。加えて出入口は空が封鎖しているため、誰が止めに来ようが立ち入ることはできない。
舞台は整った。
「代わりに、今日はスペシャルゲストをお呼びしています」
海帆がハキハキした声で言い終えるとマイクを切って、場所を明け渡す。
空と海帆が背中を叩き、サヤカは深く頷いてマイクをオンにする。
「にっ、二年B組の、菊川サヤカです」
声が震えるのも無理はない。相手は何百人もの見えない敵。
「えっと。えっと……」
声が詰まる。だが海帆がサヤカの手をぎゅっと握ると、サヤカは再び喋り出した。
熱のこもった声を聞きながら、空はドアの向こうからやってくる教師陣を食い止める。
「ふぅー。どうやらサヤカに関する根も葉もない噂が流れているみたいですね。サヤカだって怒りますよ。いつもニコニコ笑ってると思ったら大間違いです」
何食わぬ顔で聞いている奴らに。面白がって妄想を広げるバカ共に。
「サヤカはあなたたちと違って逃げも隠れもしません。言いたいことがあるならハッキリ言えばいいじゃないですか。そんな度胸も無いくせに陰でコソコソしてみっともない。本当にあなたたちはダサいです。サヤカに嫉妬してる間もサヤカは頑張ってるんです。みんなが休んでる間も特別な人たちは頑張ってるんです! それを勝手に笑って貶して蹴落として……サヤカが何をしたって言うんですか! 頑張ってる人には凄いって素直に言ってあげてくださいよ! サヤカは頑張ってる人を知ってます! 大したことないって言いながら隣にいてくれる優しい人がいます! 本当は特別なのに自信が無くて自分を認められない人がいます! 引きこもっても飛び立とうとしている人がいます! みんな凄くて特別なんだから、自分も凄いって認めてあげてくださいよ! 隣の人を認めてあげてくださいよ! 勝ち負けじゃないんです!」
サヤカの声は、一人残らず胸に響いた。
誰の目にも特別に映っていた少女の叫び。
誰だって、特別になりたい。
でもなれなくて、嫉妬する。
やがて、否定することしかできなくなる。
でもそれは根本から違うのだ。
間違っていると、特別な少女、サヤカは言う。
それは海帆と、空の胸にも強く突き刺さった。
「それから話題がずれましたけど言っておきますよ──」
サヤカはすーっと息を吸い、
「サヤカは処女です!」
言ってやったと、満足そうな表情をする。
「だから噂なんてデタラメです。サヤカはキスもまだですから。今度変な噂耳にしたらぶん殴りますからね。それからそれから……」
サヤカはちらと空の方を向き、
「せんぱい大好きです! 付き合ってください!」
ただ一人に向けた愛の告白。
スピーカーに乗らなくても、空の耳には良く響いた。
「ふぅ、スッキリしました。これで全部言いたいことは終わりです。以上!」
サヤカはマイクをオフにして、ぐでっとその場に座り込む。
堂々とした演説だったが怖かっただろう。サヤカは海帆にしがみつくように抱き着き、海帆は頭を撫でながらぎゅうっとサヤカを包み込んだ。
「うわあああん。ミホしぇんぱあああああい!」
「よしよし。頑張ったね、サヤカ。えらいえらい」
「ぶびゃああああああああああああああああ!」
おいおい泣くサヤカに、海帆ももらい泣きをする。
と、二人の泣き声に混じって外から拍手の音が聞こえてきた。
廊下の外から、窓の外から。
「ほぇ? なんですか?」
「サヤカを認めてる人たちがたくさんいるってことだよ」
届いたのだろう。
サヤカの叫びが、見えない敵──学校の意識を変えたのだ。
「サヤカちゃん。本当にお疲れ。上手くいってよかった」
一歩間違えれば反感を買って学校に居場所がなくなる可能性もあった。
サヤカはとびっきりの笑顔で、
「はいっ、ソラせんぱいっ!」
ウインクすると、恥ずかしそうに頬を赤らめる。
空も先程の公開告白を思い出して熱くなった。
が、どうやら感傷に浸っている場合ではないようだ。
「やべっ、先生たちめっちゃ来てるぞ!」
「わわ、どうしよう。全部空くんのせいにすればいいか!」
「いやここは責任者の舞阪さんが」
「あはは! みんなで怒られましょう!」
抑えていた扉の向こうからどんどん叩く音が聞こえてくる。
だが、こんな風に怒られるのも悪くない。
この日は特別だったと、胸を張って言い切れるから。
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