第8話  あなたと最初で最後の旅行

大学四年の夏。

珍しくあなたから会おうと言われましたね。

夏休みに入るころでした。

それは本当に珍しいことでした。

それまでたいて私の方から会おうと言っていたから。

「卒業したらどうするの」私はそんなこと聞きたくは無かった、でも聞かずにはいられませんでした。

あなたは言いあぐねていました。

でもその間で、私は答えが分かった気になっていた。

時間を稼ぐように逆にあなたが私に尋ねて来た。

「卒業したらどうするの。就職活動は順調」

「うん。実家に帰るかもしれない」仕方なく私は答えました。

「そうなんだ」あなたの言葉には何の感情もこもっていませんでしたね。

「東京で就職したいんだけれど、親が帰ってこいって、でもまだ親を説得してこっちに残りたいんだけれど」

その時の私は言い訳をする子供のように、滑稽なくらい必死で話していました。

「私は。カナダに帰る」その言葉はとても強く、すでに決定事項と言わんばかりでした。私はできる限り、落胆の色を出さないように言葉を出しました。

「そうなの」

「うん」

「日本で就職して、このまま日本にいるものと思っていた」これは嘘です。

あなたが迷われている事は随分前から知っていました。

でも私の希望がそれを否定していたんだと思います。でも落胆の色を出さずにそれだけの事を言えた自分を褒めてあげたいと思いました。

「もちろん、日本の大学に入ると言うことは、そういうことだったの、パパもママもそう思っていた。でも四年間いて、気づいたの、私のホームグラウンドはカナダなんだと」

「そうなの」

「そう。四年間、まるで留学していたみたいだった。日本に帰って来たという感じではなかった」

「そうなんだ」という言葉を出すのに私は苦労しました。

いくら普通の受け答えが出来たからといって、またいつ落胆の色がでないとも限りません。

私は、なぜあの時そんな事が言えたのか分かりません。

私はあなたに言ったのです。

「なら、最後に人形フェスタに行こうよ、高校生の時みたいに。今年あの馬の巨大人形劇が、再演するんだ」

「そうなの」

そんな私の提案をなぜあの時のあなたが同意してくれたのか、その時の私は分かりませんでした。

本当にあの巨大人形劇をもう一度見たかったのか。

あるいは何か他に。

これは良い想像ではありません。

あなたが私に別れを伝えるためのイベントだったのかもしれません。

いずれにしろ私はあなたともう一度あの巨大人形劇を見ることが出来ると言うことだけに喜んでいました。

その先にある別れなんてその時の私にはどうでも良かった。

ただ今だけでもあなたと一緒にいられる。

それだけで良かった。


新宿から二人でバスに乗ります。

私たちの町までバスで四時間です。

二人で並んでバスのシートに座っている事すら嬉しかった。

だからこそ、

本来なら私にとっては実家に帰るための移動に過ぎないのに、その時だけは何か違っていいました。

見るのも全てが新鮮でした。

高速から見える、移り変わる景色.

相模湖。

富士山。

甲州、信州の山々。

八ヶ岳。

諏訪湖。

中央アルプス。

南アルプス。

子供のころの思いで。

尽きないはなし。

四時間はあっという間でした。


バス停は明らかに他から来たというような人達でごった返していました。

この辺は信州といっても、新幹線も、あずさ来ていないところです。

必然的に、バスが一番便利で、一応列車の駅もありますが、大抵の人はバスを使うので、このバス停こそが、この町の玄関口のようになっていました。

山に囲まれたこの町にもう一度あなたと一緒に居られる。

私は、今はそのことだけを考えようと心に誓いました。


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