第4話 夏の恋人
この街は標高が高く、夏でも涼しいと言うことになってはいますが、それは他の街を知っているからのことで、ここにずっと暮らしていれば、やはり夏はあついです。
友人達がまた夏の暑さが、なんて言い合う中で、私は毎年夏が待ち遠しかった。
それはあなたという「夏の恋人」がやってくるからでした。
学校に編入するのは最後の10日ですが大抵8月にはいってすぐくらいに来ていたので一月くらいの付き合いでしたね。
この町は県内でも大きい方ではありましたが、やはり観光地と言うと県のもっと上の方ですので、あまり観光地的な物はありません。
でもあなたのお父様は、あなたにお母様の故郷をもっと知ってもらいたい、と言う思いから、夏のこの町にいる間、様々なところに遊びに行きましたね。
そこに私も、のこのこついて行き、なんてことはありません、このあたりではよくある道の駅や、私すらそんな物が、というような滝や、岩場、地元にずっといる私の方が再発見の連続でした。
父から「どこに行って来たんだ」ときかれ、その場所をいうと、父すら知らない物などがあり、あなたのお父様はよく調べているんだなあと、逆に感心させられたほどです。
一度だけ、様々な事情で夏にあなたが来なかったことがありましたね。
今だからこそ告白します。
あの夏は本当にさびしかった。
あなたが夏にいない事がこんなにも寂しく、ぽっかりと心に大きな穴が開いたような気持ちは今でも忘れられません。
そして、あの夏あなたがいないことで私は気づいたんだと思います、私はあなたの事が好きになっていたんだと。
何年かたつと、あなたも、私も少しづつ成長して行きます。
一年に一度しか会わないので、あなたかが急に大人びてしまったり、あなたが私の背が急に伸びたことに驚いたりと、一年に一度しか会わないからこそ、の驚きが、わたしたちの間にはありましたね。
そして大きくなると、あなただけであの家にいる事も多くなりました。
お父様がお仕事で忙しくて、今年は帰れないと言うときでも、あなただけ来ると言うこともありました。
一瞬私に合うためなのかな、なんて勝手な想像をしたりしていました。
「何、俺に会いたくて」なんて笑いながらいかにも冗談のように言ってみたことがありましたね。
「違うよ」とあなたはこれまた、冗談のように、照れ隠しのように言いましたね。
「おじいちゃん、とおばーちゃんに、絶対に帰って来いって命令されて」命令されるというのはあなた特有のユーモアです。
「すごいね、それで帰って来るんだ」
「だって、帰ってこないと田畑やらないぞって脅迫されるの」あなたが、おじいさんと、おばあさんに顔を見せるのが目的なのは分かっていました。
あなたのそういう優しいところも私は大好きでした。
ただその思いの中にほんの少しでもいい、私に会いたいという感情があって欲しいと、心の底から思いました。
でもここはあなたにとって「行く」では無く「帰って来る」なのだと思って私は嬉しくなりました。
あなたの帰る場所、そこにいるのが私だということが。
あの時ほど嬉しかったことはありません。
この町は田舎特有。
と言うのは随分後に後になって知った事ですが、夏になると本当にあちらこちらで花火が上がり、お祭りがあります。
あなたが一人で来ているときは、本当に私はあらゆる物にあなたを連れ出し、様々なところに行きましたね。
あの日も、河原で花火が上がると言うことであなたを花火に連れ出した。
あなたはおばあさまに話したのか、お母様の浴衣を出してもらい、迎えに行った私の前に浴衣姿であられた。
その時の気持ちをなんと表したら良いのかわかりません。
あなたがかわいらしくて。
愛おしくて。
胸のときめきがとまらなかったことを覚えております。
おそらく私の顔も、胸のときめきと、恥ずかしさと、愛おしさで、真っ赤にそまっていたことでしょう。
花火大会の会場は、河原の運動場でした。
もうすでにたくさんの人がきていました。
露天が出ていて、私たちは二人で、露天を見て回りましたね。
日が暮れて、あたりが暗くなると、いよいよ花火大会が始まりました。
このあたりは、町や、商工会といった、地元の花火が打ち上がるので、そんなの大仰な警備とかは無く、かなり自由に見ることができました。
ですから本当に私たちの頭の上あたりで花が開き、花火を見るというより見上げる、そんな言い方が正しいような状態でした。
私は花火を見上げるあなたの横顔が気になって、気になって仕方がありませんでしたが、恥ずかしくてあなたの顔を見ることが出来なかった。
そんなとき。
「あっ、あれと」とあなたが上流の方を指さした。
私が反射的そちらに向いたとき、そこにはかなり上流のあたりで、別の花火が上がっていたのです。
花火は町単位で地元の商工会や、雄志がお金を出し合って開催します。
でも開催するのは大体決まっていて、日にちが、かぶることも珍しくない。
でもそんな事より、すぐ横にあなたの顔がありました。
少し上を向いたその横顔、上気した頬。
楽しそうに微笑む唇。
キラキラと輝く目。
そして首筋に流れおちた一筋の汗。
その横顔に私は釘付けになった。
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