第2話 初めての夏休み
あなたに初めて出会ったのは、小学校に上がった初めての夏のことでしたね。
あれは夏休みが始まってすぐのことでした。
何しろ田舎のことでございます。
小学校に上がったといっても、右を見ても、左を見ても、顔見知りばかりでございました。
一年生になったら友達百人できるかなという歌がありましたが、何しろみんな知った顔で、新しい友達なんて出来ようはずもありませんでした。
そんな状態ですから、遊ぶ私たちを見つめる少女の存在はあまりに鮮烈で、衝撃的でした。あまりに衝撃的でみんなあなたに近寄れなかったほどでした。
さんざん遊んで家路につくとき、誰かが口を開きました。
「そういえば。俺たちを見ていた女の子知っているか」
「いや気づかなかった」と私は照れ隠しに言ったものでございます。
思えばあの時から、私はあなたに恋をし始めていたのかもしれません。
ただあのころの私にそんな感傷が分かろうはずもなく、ただ気になる女の子がいた。
ただそれだけでございました。
確かにあのころのあなたは、一種独特の雰囲気を醸していました。
決してこのあたりの子ではない。
それでいてどこか懐かしいにおいがする。
たとえば都会から避暑でやってきたとか、そういう感じでもありませんでした。
まるでこのあたりで生まれて、その後都会に出て行った。
そんな匂いといいますか、そんなものが感じられました。
県内には有名な避暑地や別荘地、観光地がひしめいていますが、このあたりはと言えば同じ県内といいながら、めぼしい観光地もなく、別荘もないことはありませんが、さほど有名でもありません。
それでいて、この地方の中心都市ということで、町としてはそこそこ大きく、それでも大都市圏には山を越えなければならないという不便な土地でございます。
そのせいで、さまざまな結びつきやお祭り、人とのつながり、大都都市圏に近ければ、なくなってしまう地域の特性が色濃く残っている土地でした。
だからこそ、あなたのような存在は目立ってしまったということでしょう。
そのあなたが私たちの小学校に短期編入してきたときは、私は本当に驚きました。
てっきり私はあなたが私たちの学校に転校してきたものと思っておりました。
こちらの小学校は冬が厳しいので、夏休みは短いです。
八月のお盆、過ぎには二学期が始まります。
先生に紹介されたあなたは不安そうにご自分のお名前を名乗ってご挨拶されました。
でもそれでおしまいでした。
クラスの女の子も話はしますが本当に打ち解けていない。
そしてあなたも必要以上に溶け込もうとしていない。
不思議でしたが、一男子の私にはどうすることもできませんでした。
そんなとき休みの日にあなたとばったり会ったことがありましたね。
「や、やー」と私はぎこちなく挨拶をすると、あなたはすぐにわたしが同じクラスの人間だということが分かったのか、
「こんにちは」と言いました。
私はてっきり、私のぎこちないあいさつで、私が同じクラスの人間だと分かったと思っていした。
ところが次の瞬間驚くべきことが起こりました。
あなたが私の名前を呼んだのです。
あなたは私が挨拶をするまでもなく、わたしが同じクラスの人間だとわかっていたのです。
「なんで俺の名前を知っているんだよ」と私は驚いたように言いました。
特別に私だけ名前を憶えてくれたのかな、と虫のいい想像が浮かびました。
でもそれは全然違っていましたね。
「クラス全員の名前を知っているよ」とあなたはあっさり言うと、楽しそうに笑いました。
「すごいなもう全員の名前を覚えたんだ」
「だって早く覚えないと」といってあなたは少し下を向きましたね。
その表情を見て私はあなたが少しでも早くうちのクラスに溶け込もうとしているんだと思いました。
「大丈夫だよみんないいやつだから。すぐ仲良くなれるよ。みんなちょっととまどっているだけだから。転校生なんて珍しいからね」
「そうじゃないの。わたし、もうすぐ帰っちゃうから」
「えっ。帰っちゃうって、どこへ」と私はぽかんと聞き返しましたね。
「さよなら。また来年来るね」といってあなたは走って帰っていきましたね。
それから一週間後にあなたは本当にいなくなってしまった。
私は一週間前、さよなら、と言って走って帰って行ったあなたの後ろ姿が、目に焼き付いて離れませんでした。
そしてそれが初めての夏の出来事でしたね。
それからの日々は、それはもう大変でした、いったいあなたは何者だったのか。
そしてまた来る言っていたけれど、それを本当に信じていいのか。
私は、その時点でも、まだあなたに対しての恋心に気づいていませんでした。
気づいていなかったと思います。
ただ気になる女の子というだけでした。
考えて見れば近所のことですし、あなたのことなど親に聞けばすぐにわかっただろうと思います。
でもあのころの私は、と言うより同級生全員、そいうことは恥ずかしくて親に聞くということが出来ないそういう年頃でした。
ただ、もんもんとあなたという不思議な少女の存在が私の心の中に沈殿していきました。
それからあなたは本当に毎年来るようになった。
必ずあなたは毎年夏の間一カ月この町にいて、最後の十日間だけ私たちの小学校の生徒になりました。
確かにいる間は皆にと打ち解けているように見えましたが、どうしても十日間しかいないと本当の意味で友達になることは難しかったようで、どうしても顔見知りという域をでませんでした。
自分でいうのもおこがましいですが、私を置いて、ほかにあなたとこれほどの友情を結べたものはいなかったと思います。
何しろほかの人間は十日間だけ教室での付き合い、でも私はあなたがこの町に来た日からの友達でした。
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